第24話 命がとっても軽いゲーム

「死ぃねぇえええええええええええええええええええ!」


 突如として女性の力強い暴言が工場内部に響いた。声の主は鍵穴天覗の背後から迫り、勢いと怒りに任せて襲撃してきた。


 バララララララララッ――!


 鍵穴天覗の背中越しに見る火花と硝煙は、私が先ほどまで抱えていた鬱屈とした気分を吹き飛ばし、より一層「戦場にいる兵士であること」を自覚させてくれた。


「はああああ⁉ お前っ、どこから来やがったんだよっ⁉」


 鍵穴天覗は慌てて私を突き飛ばし、銃を構えて襲撃者とやり合い始めようとする。

 私に突き付けてきた小さな銃から、背負っていた大きな銃にすばやく持ち替え、襲撃者の方へと向ける。


 バララララララララッ――!


 その間も止まぬ銃声。渦中の人物である自覚はあったが、こんなことに巻き込まれる想定はしていない。

 私は反射的に頭と耳を手で押さえながら、近くの機械の後ろに身を隠した。


「死ね! 死ね! 死ねええええ!」


 バララララララララッ――! バララララララララッ――!

 恨みの籠った暴言が銃声と重なり、より一層カオスな戦場が生まれる。


「っ……! ってめぇ!」


 鍵穴天覗が苦境に立たされる。


「ヨミに、ヨミちゃんに……触れるなっ!」


 襲撃者が私の名を呼んだ。鬼の形相のトパースだった。


「あ……」


 私がぽつりと声をこぼしたと同時に、鍵穴天覗の目が見開かれる。


 その目線の先にいる襲撃者――トパースはその場にある物を上手く使いながら、アクロバティックな動きでどんどん距離を詰めていく。鍵穴天覗の放つ銃弾に当たっても、掠っても、それでも止まることを知らずに己の殺意のみで突き進んだ。


「やっばっ⁉」


 やがて近接戦と呼ばれるような間合いに二人が立った頃、私の脳裏に最悪な未来が予想された。


 それと同時に、人生で一度は言ってみたいセリフ第四位くらいにランクインする、あのセリフを言える唯一のチャンスだと感じ取った。


 二人の仲間が殺し合っている。そのキッカケは私。どちらが生き残っても、どちらかは死ぬ。その事の重大さを、今の私は受け止めきれるだろうか。そして、この状況を止められる画期的なセリフは――。



「わ、私のために争わないでーっ!」



 大きな機械から半分ほど身体を乗り出し、やや恥ずかしいド定番セリフを出せる限りの大声で言い切った。


 若干棒読みのセリフ、恥ずかしさ混じりであったが故の中途半端さ、空気読みを失敗したかと思うくらいの沈黙。


 鍵穴天覗とトパースが、目をぱちくりとさせながら私の方を見て固まっていた。

 二人はゆーっくり私から目を逸らし、互いの顔を見合う。


「やあ、トパース。過激な挨拶をドーモ」


 私のセリフは綺麗に無視されたようだったが、二人の激しい戦いを止めることはできた。

 傷つきはした。何か失ったような気分だが、話し合いのテーブルへ持って行けたのは確かだ。と、自分に言い聞かせて恥ずかしさを相殺しようとする。いや、無理。恥ずかしい。


「……え? 誰?」


 トパースは聞いたことのないような低い、ローテンションな声で問う。銃撃戦が終わってもなお警戒心を解かず、銃を鍵穴天覗に向けたままだった。


「はっ⁉ お前オレが誰だか気づいてなかったの⁉」


 鍵穴天覗は銃撃戦前の大真面目な会話のトーンとは違い、一段階上げたような、通常私たちと話すときのトーンに戻っている。鳩が豆鉄砲を食ったような顔で話をしていること以外は、見慣れた鍵穴天覗に戻ったようだった。


「あ、鍵穴じゃん。あー、もうびっくりした」

「へ⁉」


「変質者がヨミちゃんを攫って行ったんじゃないかって思って怖かったわ……」

「エ⁉ 気づいてなかったの⁉ ハァ⁉ マジ⁉ 嘘デショ⁉」


 ここでようやくトパースは銃を下ろした。その様子を見て安心したのか、鍵穴天覗も背に銃を戻した。


「敵の敵は味方っていうように、味方の味方は敵じゃない?」


 鍵穴天覗の手から銃が無くなったタイミングを見計らって、トパースは素早く銃を持ち直し、躊躇いなく引き金を引いた。

 バララッ――。バララッ――。

 短く連続した銃声が響く。


「痛ってぇ!」


 もはや血だらけの鍵穴天覗だったが、撃たれた瞬間は痛いと言うも、それ以降に痛さを引きずる様子は見せなかった。


「軽めに設定してるんだ?」

「そりゃそうよ。何でわざわざゲームで痛い思いしなきゃならねーんだよ」


 痛みの設定度合いでは動ける、動けない、の差が大きく出る。それがかなり前からLPT界隈で問題になっていたが、この世の中のほとんどの人が痛みを「軽め」に設定するので、重く設定している方の自己責任だという結論になっていた。


 臨場感を取るか、ゲーム性を取るか、人の価値観までも他人に指図されたくはない。

 だから私は痛みを「重め」に設定している。命の有無を感じられるから。


「仲間を……罠にかけて楽しい?」

「心外だなぁ。オレがいつ仲間を罠にかけた? そりゃ、そんなもん楽しいに決まってるデショ?」

「そんな人間だったわ」


 ここは「命」と「ゲーム」と「信頼」が絡み合った「戦場」。それぞれの思惑がぶつからない、なんてそんな都合のいい話は存在しない。

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