第23話 ブレーキランプは光らない
「あれ、冷静だ。お嬢ちゃん?」
同じエンパスの仲間である鍵穴天覗が私の命を狙っていた。突然のことで何が何だかわからないが、ひどく頭は冷静である。まるで、この状況をピンチだと思っていないようで、自分でも気味の悪さを感じていた。
「答えになってないよ。天覗」
「ああ、そう? じゃあこれは?」
鍵穴天覗は私にナイフを突きつけたまま、器用にもう片方の手でグレネードのピンを抜いた。
「はっ……?」
かなり間を置いて、上投げでかなり高いところを目掛けて投げた。瞬く間に爆発したかと思えば、その衝撃を受けて古びた金属パイプや天井の一部が落ちてくる。それはあっという間に私たちが先ほどまで通っていた通路を塞ぎ、壊してしまった。
「トパースは大丈夫かな」
そんなことを呟きながらも、今もずっと唇を噛みしめている。唇に飽きたら舌を、舌に飽きたら口内を、歯を、食いしばる。
「……ねえ、今殺されそうになってんだよ? なんかもっと危機感とか持つべきじゃない?」
「そういうものなのかな。でも、殺してきそうなのは仲間だよ? それこそなんかじゃない?」
「昔はよくフレンドリーファイアでよく遊んでたのに……っつか、そんときでも危機感はあったでしょ⁉ どんな心境の変化があったら殺されることの恐怖が無くなるんだよ⁉」
確かにそんなことをしてよく遊んだような気がする。
フレンドリーファイアというのは、戦闘中に何かしらの原因があって味方を攻撃してしまい、被害を出すことを言う。こういうと良くないことのように聞こえるが、私たちにとっては遊びの一環、模擬戦のような感覚で互いを撃ち合っていた。
要するに、私が休止する前はふざけて殺し合っていた、ということである。
「ヨミ、殺されるのは怖いか?」
「まぁ怖いと思う」
右肩の違和感がより一層強まる。
「逃げることは恥ずかしくないか?」
「敵前逃亡のこと? 恥ずかしくないよ。帰る場所は仲間の場所だからね。生きることが大前提」
どうして首にナイフを当てられながら、こんな質問攻めに遭わなければならないのか。
不満がそろそろ顔に出てくる頃、身体を強引に引きずられる形で移動させられる。鍵穴天覗が何を考えているかわからないが、どうもトパースから逃げたがっているように思える。
あの姉御は、怒ったら怖い。
「じゃあ、ヨミ。向き合わないことは停滞だと思わないか?」
やっぱり。鍵穴天覗は私に向き合わせたいんだ。トラウマに、あのときに、あの炎上事件に。
ようやくそのことを忘れて戦場を純粋に楽しめそうだったのに。
「休むことだって大切だと、思うよ」
「生ぬるい優しさに浸っているうちは良い気分だろうな」
鍵穴天覗が私の負傷した右肩をどつく。
「そっ、……んな棘のある言い方を……するやつだったっけ」
「その必要があるから言ってんだよ!」
気が付く頃には、向けられていたナイフが拳銃に変わっていた。
銃口を突きつけられる気分は驚くほど不快だが、恐怖は抱かなかった。
「これも、怖くないと? 余裕綽々みたいなカオしやがって」
「なんかあんまりだね」
「はぁぁぁぁぁぁ……。オレ、ヨミのこと初めて怖く思った」
「それは心外だね。私が君に何か害を加えたことは無いのに」
「そんな淡々と喋られてもなあ! 抑揚をもっと付けろ! 人間らしく喋れよ!」
「そっちの方が心外かも」
文句を、そこまで文句を言うならいっそのこと殺してくれよ。
殺されることへの恐怖を持っていない。今、それに気づいたところで何の意味もない。
結局、アレらと向き合えてないのだから。
「やっぱり……」
鍵穴天覗はそれだけ呟き、改めて拳銃を握り直した。そうして、少しだけ銃口の位置をずらして私の頭に向ける。
「……」
私は鍵穴天覗の方をチラリと見る。身長差もあることから上目遣いのような形で鍵穴天覗の表情を伺うことになった。
ある意味、怒りというか、私に対して気味悪さを抱いているように見える。
私の頭と銃口の間には空間があった。私にとってその空間があまりにも気に食わなかった。気に食わない理由すらもわからない、それぐらい論理的な思考力を持っていないほどの心的疲労を抱えていたのだろう。
銃口に、私はコンッと頭をぶつけてみた。電車内でイチャついているカップルのように、彼女が彼氏の肩に頭を乗っけるように。現実はそんな甘くない。銃口に頭をぶつけるトンチキな少女だ。
「何がしたい」
「衝動だね。したくなった」
鍵穴天覗はそっと、銃の引き金に指をかけた。
「ヨミ、あんた色々壊れてるよ」
「何を今更」
「特に恐怖のアクセルとブレーキがない」
「今でも怖いものは怖いよ」
「……でも、
銃そのものに恐怖を抱いていない、そんなことはLPTにログインしてきたときからわかっていた。
事象が怖いのであって、その原因となる武器には何の感情も抱いていない。
なんなら、銃だって持てるかもしれないし、撃てるかもしれない。でもそれをする勇気が無い。恐怖と勇気は似ているようで全くの別物だ。恐怖を乗り越えた先に勇気がある? そんな馬鹿げた話を信じるほど子供じゃない。
「ふふっ……」
「何笑ってんだ、ホントに、ホントにあんた……事実を見るべきだろ。あんたはいい加減、ちゃんと現実と……」
「うるさいよ、鍵穴」
鍵穴天覗はそう言いながらも拒絶を示している訳でないように見えた。
だから何だ。安心でも何でもない。実際の私は、次に出てくる言葉がどんなものかと、今にも泣きそうだというのに。
「――冥土の奴らが本当に恐れていることって何だと思う?」
息を呑む。鍵穴天覗は気づいている。私の、私の致命的な欠陥に。
「どんな地獄の恐怖よりも、どれだけ痛い罰よりも、最も恐れていることは」
認めたくはない。でも、それは現実だ。
「忘れられることさ」
私だって忘れちゃいけないことを忘れている。それが「エンパスとの思い出」であることは明白なのだが、トラウマと一緒に封印してしまったかのように。
それと同時に、私はエンパスの皆に忘れられることを最も恐れている。
だから、戦場に戻ってきたのだ。
あの事件の恐怖よりも、寂しさが勝ってしまった。ひとりになりたくて、でもひとりぼっちは嫌で、そんな、そんな面倒臭い人間なのだ。
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