第21話 我らエンパス、決して堕天使ではない

 イレイザー区・工場地区。初心者向けのマップの中でも比較的入り組んでいて、探索する場所が多岐にわたるスポット。しかし、マップの面積だけでいうならばかなり狭い方であった。


 ほとんどの工場は動いていないが、一部では誤動作を起こして今でも物音を立てている工場もある。


 今まで行ってきた住宅街に比べたら地理も複雑で高低差もあるため、より基礎的なテクニックを求められるところだ。


「えーと、足音を立てない。物音を立てない。よくクリアリングする。物音を聞いたら……なんだっけ。トパース?」

「遮蔽物に隠れる」


 トパースはロリータ服で戦場に出るような真似はしない。


 至って地味な格好――現代的な歩兵の装備をきちんと装備し、足並み合わせた風を装っているが、エンパスのマークが描かれた腕章はフリルとリボンで可愛らしくアレンジされていた。


 トパースにとって、地味なヘルメットやボディアーマーはあまりにも受け入れがたいものだったのだろう。自我が顕著に見られる。


「そう、それ。あとはー逃げるなら素早く判断して撤退する。同じ場所で物音を立て続けない」

「LPTの基本、ざっくり覚えてたみたいね」


「一年半は絶対にやってるから、そりゃあ多少は、ねぇ?」

「ぷっ、何その自慢げな顔。ヨミちゃんらしくない」


 強がりが、空回り。それを明言されたような気がした。


「○○らしくないって、割と悪口」

「でも、ヨミちゃんが一番よく使う言葉でもあると思うわ。もはや口癖レベル。じゃない?」

「そこまでじゃ……、いや、特大ブーメランだと思って受け止める」


 私たちは薄暗い工場内部の狭い道を進んでいた。


 もはや何を作っている工場なのかわからないが、大型の機械がいくつも立ち並んでいる。右を見ても左を見ても、薄汚れたベルトコンベアや人の背を超えるほどの大きな加工機械が奥までずらりと。私にはひとつひとつの機械の区別などつかない。


 キュッキュッ、という工場もとい学校の廊下を思わせる緑色の床材の上をなるべく音を立てずに歩こうとする。しかし、滑り止めが効いているのか、はたまた侵入者防止用なのかわからないが、どうしても鳴るときは鳴る。


 完全な隠密行動ができずにいるのもあって、不安も湧いてくる。それが敵の襲撃を心配する不安なのか、そうでないのかは置いておこう。


「トパースはどうしてこの場所に?」

「ん~、単純にクエストがあったっていうのもある」


「も、とは?」

「ほら、どうせヨミちゃんのことだから一番雑魚くて簡単なイレイザー区の住宅街にしか行ってないんだろうなって思ってね。たまには連れ出してやりたいと思うのが、姉たる立場の宿命なのよ」


「良いこと言ってる風だけど、適当言ってるだけじゃない?」

「バレちゃった」


 公園の滑り台の階段のような、金属でできた階段を上っていく。


 トパースが思い切り、カーンカーンカーン、と足音を立てていくのに対し、私は抜き足差し足でひっそりと足を進めて上りきった。


 工場の二階……という意味では少し変だろう。ただ工場全体を上から見下ろすことができる、壁に沿って作られた足場のようなところを二人で進む。この足場は大型の機械の間を縫うようにも広げられているが、どこもかしこも老朽化が目立ち、今にも崩れそうな見た目をしていた。


「どこへ向かっているの? ただ見下ろしたかっただけ?」

「この先にちょっとした漁りスポットがあるの、覚えてない?」

「覚えてない」


「事務所みたいな小さな部屋があるの。そこはレアなアイテムが出やすいスポットだし、隠れるのにも最適だし、なにより死体がありがちなのよ」

「ミイラ取りがミイラにならないように気を付けていこう」

「それもそう。でもアタシたちはミイラになんてならない」


 トパースは私の先を進んでいるためその表情は一切見えないが、それでも想像がつく。今、トパースはニヤリと笑っているに違いない、と。


「ピチピチの人間だもんね」


「ふっ、ピチピチなんて今頃聞かないわ……。もうちょっといい言葉無かった?」


「黄泉帰りたての不死鳥とか? 私たちにぴったりなのは堕天使あたりだね」



「確かにね。アタシたちは『天使の開拓者Angelic Pathfinder』だもの」



 最初に「このチーム名はどう?」と聞いてきたのは鍵穴天覗だった。これはとあるサブクエストで得られる称号の名前であり、その響きと見た目がカッコいいという理由で採用された。言うなれば、鍵穴天覗はエンパスの名付け親でもあった。


「だとしても、わざわざ名前を変えたいとは思わない」

「……そうね」


 そう言っているうちに、壁で区切られた小さな部屋の前まで着いた。


「ここ?」

「そう。事務所っぽいでしょ」


 トパースはドアノブを回そうとしたが、何かが邪魔をして開かないようだった。


「……ヨミちゃん、離れて」

「何をす、いや、いいや。お好きにどうぞ」


 私は言われたとおりに数歩下がる。

 建付けの悪いドアだったのか、何か重いものが邪魔していたのか、その原因を突き止める前にトパースは――勢いよく足を振り、ドアを突き飛ばした。


「バカげた怪力……」


 ドアは外れなかったが、少なくとも人がひとり通れるくらいには開くようになった。その分、ギィィィ、という不気味さすらある音を響かせるようになったが、ここはあえて触れないでいようと思った。


「さ、中を探索しましょ」

「イ……イエッサー。ボス」


「やだね、ボスじゃないよ。七人みんなでリーダーなんだから」


 エンパスは設立メンバー全員に対してリーダーというチーム内役職を与えている。普通は一人なのだが、私たちは誰もリーダーになる気が無かったので、間を取って全員リーダーにしてやろう、という事の顛末だ。


「そのバカげたパワーはどうやって手に入れるんだい? トパース?」

「サブコンテンツのひとつに筋トレってあるでしょ? あれやれば最強になれる」

「……トパースを敵に回したくはないね」


 そうして私たちは、工場内部の小さな部屋へと入っていった。

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