第19話 飛んで火にいるネットのゴミ

 鍵穴天覗はいつにも増して真面目な表情で語り出した。


「インターネットのゴミどもっていうのは『飛んで火にいる夏の虫』みたいなものなんだよ」

「絶対に意味が違うと思うんだけど」


「まぁまぁ、一旦聞けって。確かにそのままの意味とは違う。でもな、実際炎上しているところにむやみやたらと首を突っ込んでは、油を撒いて、好き勝手ものを言って、何が燃えているかなんて考えずに去っていく。変に知能をつけたハエなんだわ」


 その言い方は無いだろう、と思いながらも妙に納得はする。


「んで、いざ実際鎮火された後にやってくるハエってのはいない訳じゃん。餌も無ければ、注目を集める火も無い。燃えカスに寄ってくるのは『何が燃えていたのかを知っているハエ』しか来ないワケ。でもハエってそんな賢くないじゃん。だから誰も『その後』に興味ないんだよ。見に来ないんだよ。……例外はあるよ、一応ね」


 トークを専売特許にしているのもあって、鍵穴天覗の言いたいことがすっと頭に入ってくる。理解のしやすさが段違いというか、大して頭を使わずとも言い分に納得ができるのだ。


「ぶっちゃけさ。あの事件で散々ヨミのことを好き勝手言ってた奴は、誰もヨミの今なんて興味ないんだわ」

「……っ」


「真偽がどうであれ、その後がどうであれ、ハエには関係ないの。燃えてるものと推しっていうエサにしか興味無いから。ヨミがさ、またオレみたいなエンターテイナーだったらアドバイスする事とかも変わってくるんだけどさ。少なくともヨミは違うじゃん。一般ピーポーに近いジャン?」


「……言い方はむかつくけど、そうだね」


「だから気にする必要はない! とはいっても傷ついてムカついて生活に支障が出て困っちゃったっていう人もいる。そういう人たちに向けた、ハエを自滅させる最高のプランが『発信者情報開示請求』。簡単に言うなら、悪口言った人を訴えて金をむしり取りましょうプラン」


 鍵穴天覗の言いたいことはもちろんわかる。インターネットの誹謗中傷が深刻な現代社会で、自分の持つ権利を行使することはとても大切だ。


「ま、実際問題むしり取れはしないんだけどね。お金持ってないとか、話し合いで解決したケースとか、色んなパターンがあるから。ヨミはそういう手段があることを知ってた?」


「知ってはいたよ。流石にほら、ネットニュース見てたらどこでもある話だし……」

「どこでもある話なのに、しなかったんだ」


「する気力も無かった、の方が正しいのかな。打ちのめされたら何もできないっていうか、まともに病院すら行けなくなってるし。そんな奴が裁判とか訴えるとか、そういうことに手を出せなくない? っていう」


「ま、ヨミはというか、大半の人はそこがネックだよね~。自分が耐えればいい話だとか、費用と得られるものを天秤にかけた結果やらなかった人とか、ヨミみたいに滅多打ちにされて再起不能状態になってるとか」


 他人の口から再起不能だと言われると、古傷を抉られたような、改めてショックを与えられた気分になる。一歩間違えれば、目の前にいるコイツを訴えるところだった。


「私は、お金とかは別にだし……」

「え⁉ お金いらないの⁉ 大事だよ⁉」


「大事だけど、よっぽどそれよりも大事なものが……」

「何がある?」


「……エンパスの仲間たち、とか」

「ふーん。ま、それはオレもわかるわ。金と同じくらい大事」


 鍵穴天覗の口からそんな言葉が出るとは思っていなかった。いや、どうだろう。きっとそうなのだろうけれど、あえて口に出していなかっただけなのかもしれない。


 鍵穴天覗は素直である。思ったことはすぐ口に出すし、それが良いことも悪いこともある。それがある意味信頼できるところなのだが、どうにも、どうにも「Vtuberの鍵穴天覗」という作った人物がチラついて、ちょっとした疑心暗鬼を生む。


 私の考えすぎかもしれない。


「エンパスは皆優しいよ。優しいけど、それが全部ヨミのためになってるかって言われたらオレはそうじゃないと思う」

「……え?」


 身構える。怖い、いや、怖いんじゃない。心の中を燻る煙がうずめく。これは、不安。


「ヨミが抱えてる苦しさ……っていうのは、他の奴らにも直接伝わってると思った方が良いかな」


「ど、どういうこと?」


「同じ苦しさが他の仲間に伝わってるってこと。伝わってるっていうか、感じてるに近い」


 聞き直しても、理解が出来なかった。鍵穴天覗の言葉でわからなかったことは無いのに、これだけはどうしても、脳が理解を拒否するようで、それでいて分かろうとしていて、そこから生まれる苦しさがまた、鍵穴天覗に伝わると、もう、訳が分からない。


 でも、心のどこかではわかってる。それを意識したくないだけで。あえて目を逸らしている。


「オレはー……それが『迷惑』だとは言わないけれど、今のエンパスの空気感は超最悪、かな。ヨミが帰ってきてからオレはそう感じる。他の奴はどうかな? 知らないけれど。気は遣ってると思うよ」


 それだけ言い残して、鍵穴天覗はリビングを出て戦場に行ってしまった。


「……まぁ、そうなんだよ。そうなんだろうけどね。……わかってはいるんだけど、どうしても……」


 やっぱり、戻ってこなかったほうが良かったのではないか。

 でも、きっとそうじゃない。歓迎してくれた仲間たちだっている。

 その仲間が、気を遣っていたとしたら。別に、いいんだけども。

 言いたいことはそうじゃない。苦しさが、同じ苦しさが伝わってしまったら。

 それは違うんじゃないか。この苦しさは私のもので、私がどうにかしなければいけないものだ。


「……解決、しなきゃ」


 それでも心は疲弊して、これ以上どこか戦場に出かけられる気力は残っていなかった。


 私はゲーム内のチームチャットで「おやすみ」とだけ書き残して、ログアウトした。

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