Ep.3 鍵穴から深淵の形を覗く

第18話 Vtuberの裏の裏

 次に目覚めたときには日が回っていて、デジタル時計は午前四時を表示していた。


 昼夜逆転というものか、ただの不規則で堕落的生活を送っているのか、どちらにせよ不健康極まりないことなのだが、今のところ害はない。そもそも害を感じる瞬間すら無いのかもしれない。何もしていないから。


 それ以上に精神的な苦痛の方が上回り、肉体の衰えを感じることができないくらいに麻痺してしまっている可能性だってもちろんある。というか、きっとそうなのだろう。


 芋虫のようにモゾモゾと動き、ヘッドスペースギアを頭に装着する。


 ヘッドスペースギアにログインを拒否されることも無く、再びLPTの世界に意識を飛ばした。




 隠れ家の自室。質素かつ無機質な、必要最低限の物しか置かれていない部屋。そんな風に認識していたが、もう「必要最低限の物だけが置いてある部屋」とは言い難い。確実に無駄はある。謎に惹かれるドッグタグというゴミとか、何に使うか分からず放置しているアイテムとか。


 ログアウトする前に戦場で集めたアイテムを片付けていたおかげで、今やるべきことが限りなく減っていた。


 私はクエスト画面を開く。達成できるクエストを絞り込みで表示させ、「軍事資料A」とやらを提出した。しばらくしないうちに報酬が送られてくる。ゲーム内通貨と経験値。あとは信頼度。


 戦場の敵としてもCPUが出てくるが、それ以外にも「依頼人」や「取引相手」としてもCPUが存在する。プレイヤーに友好的なCPUには信頼度があり、それを上げることで新しいクエスト受けたり、アイテムを取引することができる。


 依頼人はその名の通り我々プレイヤーにクエストを依頼する人。取引相手は戦場で集めたアイテムを確実に買い取ってくれたり、必要なものを売ってくれる人。


 信頼度は放置していると下がっていくため、定期的に上げなければいけないのだが、如何せん半年も放置していたせいで信頼度が地に落ちている。


「……まぁもうガチらないから、別にいいんだけど」


 しっかり意識と五感がゲームの世界に反映されたのを確認して、私は自室を出た。




 どこに行くか迷ったらリビングに行くのが吉。それぐらい誰かがいる。


「あ、トレンディガールじゃん。ういっす~」


 軽いノリで挨拶をしてきたのは、鍵穴天覗かぎあなてんしだった。


 成人男性型モデル。紅色のくせ毛であり、紫色のリボンを使って後ろで一つ括りにしているポニーテールのような髪型。その長さは背中あたりまである。橙と紫のオッドアイ。そこに厨二らしさはなく、ある意味ミステリアスな大人の雰囲気を纏っているように見えた。


「トレンディガールって何だよ。初めて聞いた」


 鍵穴天覗はL字型の灰色のソファに寝転がっていた。


「今エンパスで一番話題なガールってコト」

「言いたいことはわかるんだけどね。もう朝の四時だよ、いいの?」

「さっき配信終わって~、今からがオフの時間っていうか?」


 そう、鍵穴天覗はVtuberである。


 LPTの中で使っているアバターと似たようなガワを使っており、名前まで同じものを使っている状態で我々「エンパス」と絡み、活動している。


 軽快なトークとノリの良さから着々と人気を集めており、個人で活動していながらもチャンネル登録者数は10万人を超えた。こう聞くと少ないかもしれないが、登録者数が三桁の頃から見ている古参勢の身としては「大きくなったねぇ~」と心底思えるくらいのコンテンツになったのだ。


 無論、私はROM専だが。もうこれも死語かもしれない。インターネットスラングの廃れは早い。


「昼夜逆転は当たり前か。……LPT休んでる間も見てたよ。気分が沈んでるときに見ると、結構気が楽になるからね」

「貢いだ?」

「いや全然」

「ちぇっ」


 鍵穴天覗というVtuberはクズキャラとして売っているらしい。


 とにかく強欲で、お金が大好きで、それでいて声とガワが良いもんだから案外貢がれているのだとか。正直、それがキャラクターとしての演技なのか本音なのかはわからない。どちらの名前も「鍵穴天覗」であり、私たちの前でも演技している可能性は否めないから。


 それでも多少は違うような気はする。あちらはクズキャラだが、こちらではある程度素直なキャラな気がする。気がするだけである。他人から見た他者なんて、何も見えてないのと同義であるから。


「あのときはごめん」

「……え?」

「君の配信にも飛び火したみたいでさ……ほら、名前が一緒だってちょっと話題になったじゃん。それで迷惑をかけたっていうか、謝れてなかったから」


 インターネットの出来事はあっという間に広まっていく。それこそ炎上なら、ましてや、同名のVtuberがいるのならば、悪意に目を付けられることは間違いない。


「まー? インターネットはやべえ奴しかいないってこっちだってわかってるからさ。しゃあないと思うわ。オレは別に気にしてないし」

「ま、まあそれはそうだよね」

「んで? まだそんなゴミみたいなやつらの戯言を気にしてんの?」

「……」


 誹謗中傷。無数の悪意。それらを一度に浴びた人間はどうなるか。


「はぁ、わかったわかった。こっちおいで。椅子にでも座ってさ」

「……うん」


 私はいつもの深緑色のソファに座った。


「あくまでオレの対処法っていうか、オレの考え方を伝える。インターネットのゴミどもにどう向き合えばいいか、そもそも向き合わなくていいのかっていう話をね?」

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