第15話 セーフティのセの字も無い

 戦場脱出口から隠れ家までのロードは一瞬で過ぎ、隠れ家に帰ってきた。


「ふぅ……やっぱり隠れ家が一番落ち着くね。帰ってきたときの安心感、半端ない」

「わかる。緊張がとける」


 出入口の天井に取り付けられた蛍光灯は不規則に点滅し、部屋の奥まで全て暗い。足元こそ見えるものの、私たちの帰還を歓迎するようなものではなかった。


「にしても……暗いね。雪柳、今うちって節電週間だっけ」

「いや、何も聞いてない。多分誰もいないんだと思う。最後に出た人が出入口以外の全部の電気を消したとか」


「これ今ログインした人めっちゃビビるくない? 照明一個もついてないって」

「ビビるねぇ。メインの部屋だけでも電気つけようか」


 私たちは仕方なく、みんなが主に使う部屋の照明をつけて回ることにした。


 いくら家と呼ばれていても、戦場に近い家であるためそれほど豪華ではない。集団生活前提の大規模シェルターを私たちは同じチームで共有している。シェアハウスのような感覚で住んでいるのもあって、皆が思うそれぞれの「快適」を反映させていた。そのせいもあって、インテリアに統一性は全くない。


「出入口の蛍光灯は買わなきゃいけないね。チームのプール金から資金降ろすか」

「そうだね。次はLEDとかにする?」

「高い高い。この世界のLEDマジで高いんだから。蛍光灯で十分だよ」


 このLPTでは全てのアイテムに「耐久値」が設定されている。その耐久値が減ってくると、整備不良が起きたり、蛍光灯なら電気の流れが不安定になり点滅するのだ。


「現実じゃあLEDなんてどこでも買えるのに、なんでこのゲームでは高いんだ?」

「LEDがレアドロップである理由はLPTの世界観に直結するんだけど、長いよこの話」


「いいよ、どうせ暇だし」

「……マジか。ウェブサイトに誘導しようと思ったのに」

「ヨミの方が話すの上手いでしょ」


 いつまでも玄関で喋っている訳にはいかない。薄汚れた白色のコンクリートの壁を触りながら、電気のスイッチを探す。大体の場所は覚えているが、真っ暗闇でスイッチの場所を一発で当てるなんてことはできない。


 パチッ。軽く力を入れてスイッチをオンにする。ジジ……ジジッという音が微かに響いてから、廊下の電気が付いた。


「現実で戦争をするのは効率が悪い、っていう未来の世界が舞台。いっそのことデータ世界で戦争やれたら経済的にも人的資源的にも被害が少なくていいよね、で世界規模で開発されたのが『Log:// Phantom Trigger』っていう戦争用の仮想現実」


「ふむふむ」


「じゃあ兵士を集めなきゃいけない、ってなったから『仮想世界の中で得た物資は現実の金に替えられる』というキャッチコピーを打ち出す。主人公……まぁ私たちプレイヤーはそれにつられて、仮想世界の戦争に傭兵として参加する」


「ほほー」


「そういうプロローグがあったんだよ。話聞いてる?」


「うんうん。めっちゃ聞いてる」


 実際に『仮想世界の中で得た物資は現実の金に替えられる』というキャッチコピーは、現実においても正しいし、売り文句の一つでもある。ゲームのシステムと世界観がリンクしているのも、面白いポイントだろう。


「でも知名度は低いよね……。LPTの世界観ってかストーリー」

「二年前のこと覚えてないもん」

「それもそうか」


 土足で歩くため、コンクリートの床は土や埃で汚れてしまっている。いつも掃除をしてくれる人が、しばらくログインしてないのだ。その人に任せきりの現状であるため、何か対策をしなければならないとも思っているが、何せ掃除、面倒だ。


 壁に立てかけられた誰かの銃が放置され、もはや何が入ってるかわからない段ボール箱が山になっている。


「レモネード、早く帰ってこないかな」


 雪柳がそう呟く。


 隠れ家の家事全般をやってくれているのは、レモネードというプレイヤーだった。いつもロボットみたいなフルフェイスのヘルメットを身に着けている礼儀正しい子である。LPTでは珍しい、「ロボットなりきりプレイ」を楽しむ、愉快で頼れるエンパスの仲間、それがレモネードだった。


「三日後に帰ってくるって」

「あ、そういえばそうだったね! 楽しみだなぁ~」


「この汚い家を見たら絶句しそうだけど」

「おっとっと……まぁ、そこは、まぁ、どうにかしてもらおう」


「隠れ家の事押し付けてるけど、レモネードは私らみたいな暇人の極みみたいな人じゃないもんなぁ……。学生っていったって、高校生とかそんなもんでしょ」


「ヨミ、ふと思ったんだけどこのゲーム、R18Gだよね」

「……ほら、FPSの低年齢化ってあるじゃん」

「ま、おれも気にしてないけど」


 リビングのドアを開ける。まぁここも真っ暗で、何も見えやしない。そもそも地下にあるため、外の時間など関係なく明かりが必要なのだ。


「電気消したやつ! 誰だよ、ほんとに」


 雪柳がそう怒りながら、リビングの電気をつけた。


「あっ」

「な、なにこれ⁉」


 水浸しだった。カーペットは水を吸い、踏むたびにじわりという感覚が足裏に伝わってくる。ソファの一部も濡れていて、座れそうにない。コンクリートの床に水たまりができ、その表面には埃が浮いていた。


「これを隠すための暗闇か……」

「はあああ? 誰がやったんだよ! 自分で片づけろよっ!」


 雪柳が声を荒げ、床を何度も強く踏む。小さな子どもの地団駄みたいでついクスリと笑ってしまう。幸いにも雪柳には気づかれなかった。


「本当に誰がやったんだろう、これ」

「でもおれ、こんなことやるやつ一人しか知らないよ」


 この水浸しの惨状だが、今日ログインしている人の中でやらかしを放置しそうな人と言えば……。



「神成かぁ……」



「あいつ寝るとか言ってたくせに、やらかして放置しやがって!」

「何があったらこんなことに……あ、もしかしたら」


 リビングには見慣れないバケツとモップが床に放置されていた。バケツは横倒しになっていて、モップは壁に立てかけられている。よく見ればソファのすぐ傍には水とは違う、半透明の黄色の液体がこぼされている。


「雪柳、これさ。もしかしたら神成は掃除しようとしたのかもしれない」

「これの? どこが?」


「多分、最初にリンゴジュースか何かをこぼして、それを片付けるついでに汚い床を掃除しようとしたら……バケツごとひっくり返しちゃったみたいな」


「そんなドジなやつだったっけ……」


 ドジって言葉知ってるんだ。私が思っている以上に雪柳の日本語理解能力は高いようだ。


 そう思っていると、入口の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。犯人が現場に戻ってきたのかもしれない。


「あ、すまん! 二人とも帰ってきとったんや!」


 片手にいくつかのタオルを抱えている神成が、息を切らしながら立っていた。

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