第14話 貴方の前で嘘はつけない

「ドア壊れるって。ただでさえ取れそうだってのに」


 壊れかけの扉だって立派な遮蔽物だ。LPTでは一発の銃弾でも死ぬことはある。そんなシビアな世界で、死ぬ確率を減らしてくれる遮蔽物は心を休める場所であり、身を隠す場所でもあるのだ。


 数秒後には銃声が響く。一発、二発、ちょっと間を置いた後に、連続で何発も。それで決着がついたのか、それ以上銃声が聞こえることは無かった。


 LPTの上位勢ともなれば、銃声だけで何の種類の弾かわかる人がたまにいる。雪柳なんかは、ざっくりならわかると前に言っていた。ピストルか、何か、何か……。


「装備品は元から覚えてなかったけど、銃も結構忘れちゃったな。昔は覚えてたんだけど」


 形状だけがぼんやりと頭の中に浮かぶ。ああ、アサルト。ああ、サブマシンガン。ああ、ああ?


 それはそれは、私にも全盛期というものはあった。大会にも出て、優勝を逃して、ちょっとした事件も起こして、それでガチ勢からは身を退いた。今は生活資金を稼ぐエンジョイ勢。死ぬ気で覚えなくたって、稼げるものは稼げるもの。


「……でも、ぼんやりとしか覚えてない。どうして思い出せないんだろう」


 私の呟きを掻き消すくらいの大声が次の瞬間には響いた。


「たっだいまーっ!」


 声と同時に扉は蹴破られた。元々外れかかっていた金具が、雪柳の蹴りで完全に取れてしまったようで、扉は床に激突し一部が砕け散った。


 雪柳が勝って帰ってくるに違いない、とは思っていたけれどその帰還方法には文句がある。


「……雪柳」

「ん? なに?」

「私があの死体を漁ってたら直撃食らってたよ」


 のんびり棚を見ていたからよかったものの、死体のアイテムを取りに行っていたら蹴破られた扉が頭に直撃していただろう。ヘルメットはあるものの、それが低レア度の粗悪品であることくらいはわかっていた。もし直撃してたのなら、間違いなくダメージを負っていただろう。


「まぁでも、死にはしないでしょ」

「そうだけどね」


 私は仕方なく、外れた扉という不安定な足場の上に立って、死体に手を付けた。


 雪柳が取らなかったアイテムを全て回収した。そのあと、妙に惹かれるアイテム――ドッグタグも忘れずに奪い取った。それが誰のものなのかなんて私には関係がない。ただのドッグタグ。ドッグタグであるからこそ価値がある。私にはドッグタグが必要だ。ドッグタグが無ければだめなのだ。……どうしてこんなに必要なのかは、わからないけれど。


「雪柳ー、また新しい死体が増えたんでしょ? 漁りに行ってもいい?」

「うん、いいよ。行こう、おれが守るから」

「それはそれは、いつも頼もしいね」


 私が部屋から出ようとしたとき、雪柳がついてきていないことに気づいた。


「雪柳?」

「あ、あのさ」


 雪柳は一向に私と目を合わせてくれない。どこか、部屋の隅を見ているようだった。私も雪柳が見ている方向と同じ方を見てみるが、それらしい何かは無かった。


「もう、大丈夫、なの? そのトラウマっていうか、結構、つらそうにしてたから」

「辛そうにしてた? そうかな?」

「……死体を漁ってるとき、怖いくらい、真っ直ぐな目で、死体と向き合ってたから」


 完全な無意識だ。そんな顔をしていた自覚は無かった。


「久しぶりだったからこわばっちゃってたのかも。あー……緊張、みたいな感じだよ」

「緊張、緊張してただけ?」


「……うん。このゲームの死体って結構リアルじゃん。だからぞっとしちゃってさ」

「無理はしないでね……?」


 純粋な心配が込められた言葉だとわかっていた。わかっていたからこそ、答えなければならないと思わせられる。


「ふとしんどいのが楽になるときがある。今日はとても調子が良くて……気分も良かったから、LPTに戻ってこれたんだ」


「じゃあ、明日も調子が良いといいね! いつでもおれは待ってるからさ」

「ふふっ、ありがとう」


 その無邪気さに癒される。


「ほら、新しい死体まで案内してくれない?」

「そうだね、いいよ。行こう」


 心臓がバクバクとしているのを感じている。ただの拍動であることはわかっているのだが、どうしても意識が向いてしまう。それはきっとゲームの中で感じているものじゃない。現実の身体が反応している。


 まずいな、と思いながら部屋を出て、雪柳の後ろをついていった。


 廊下を奥に進むと、雪柳が殺したであろうプレイヤーの死体があった。床に力なく横たわり、無残にも顔面に穴が開いていた。


「ヘッドショットじゃん。なにこれ、一発?」

「もちろん」


 じゃあ、あの時の銃声のほとんどは敵だったのか。立派な撃ち合いをしていると勝手に思い込んでいたが、案外そうでもなかったらしい。


「雪柳は本当にいつもすごいね」


 死体に近寄り、そっとしゃがむ。余ったアイテムを詰められるだけリュックに詰めて、お目当ての物に触れようとした。しかし、そこにドッグタグは無かった。

 雪柳が取るはずがない。つまり――。


「CPUか。コイツただのコンピューターだったんだな……残念」

「……? まぁ、そういうものだよ」


「もう荷物いっぱいになっちゃった。帰らない?」

「うん、おれもそろそろ帰りたいと思ってた」


 私たちはアパートから出て、土煙の舞う道路の上を走っていく。近場の脱出ポイントまで向かい、そのまま隠れ家まで帰った。

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