第13話 物理的な情報の扱い

 戦場に行くなり、私たちは走っていた。


 気を紛らわせるには走るのが良い、気づいてしまったことから目を背けるには別のことに集中するのが良い。そんな雪柳の意見をそのまま取り入れて、マラソンのような走りで廃墟となった住宅街を駆け抜けている。


「この先のアパートにクエストアイテムがあるんだよ!」

「何でただのアパートに軍事資料があるんだ……」

「さあ? 軍人さんが住んでたんじゃない?」

「だとしたらこの世界の機密情報って扱いがかなり雑な気がするよ」


 雪柳の走るスピードが徐々に落ちる。そのまま雪柳は立ち止まったため、私もそっと立ち止まる。


 その理由はすぐにわかった。


 私たちは道路の反対側にあるアパートのような建物を見つけた。しかし、肝心の道路はひび割れ、凹凸の激しく、歩くことすらも警戒してしまうような荒れ様だった。


 ちょっとでもミスれば足を捻って負傷してしまいそうなものだが、慎重に歩き、ほどなくして問題なくアパートの入り口に着く。


 かつては両開きの戸がついていたのだろう。片方は完全に外れてしまって戸がなく、もう片方は外れかかって斜めに傾いてしまっている。この世界ではそんなに珍しいことではない。


 私たちはアパートの中に足を踏み入れた。


「ふと思ったんだけど、ヨミの装備はどうなってるの?」

「それ、神成にも言われたよ。もう何が環境装備なのかわかんないから、隠れ家にあるゴミを着てる」

「クラフトで作ればいいのに。資源いっぱいあるんだからさ」


 隠れ家にはクラフト場というものがある。元となる材料さえあれば、銃のパーツから装備、家具やおもちゃなど、様々なものが作れる。作れるものとなると種類は限られるが、多少は使える装備というのも作れたはずだ。


「うーん、気分がノッたら作る。今日はノッてない」

「気まぐれさんだ。ネコちゃんみたい」

「ネコみたいに何も考えずに生きられたらいいんだけど、生憎私は人間だ」


 アパートは二階建てて、かなりたくさんの部屋があるように見える。これは探すのが大変だ。


 ひとまず一階から順に探索することにした。ロッカーに残されたアイテムや、地面に落とされたままのアイテムをちゃんと回収していく。どれも私にとって「魅力的なゴミ」ではなかったが、それでもリュックが許す限り集め続けた。


 それもそのはず、アイテムをクラフト場で作るとき元となる材料が必要になるのだが、その材料は既存のアイテムを溶かしたり加工したりして入手する。言うなれば、ゴミをリサイクルして役に立つものに変えるというものだ。


「さて、次の部屋へ」


 私が「105」と書かれた部屋の扉を開けると、そこにはプレイヤーの死体があった。


 死体はひどく汚れたシングルベッドのサイドレールにもたれかかっている。部屋はワンルームしかなく狭いが、棚やクローゼットも置かれていて、探索する場所はそこそこありそうだった。


「失血死かな」


 雪柳はそう呟いた。そこに感情は無く、目の前の事象をそのまま口にしただけのようだった。


「よくわかるね」

「装備品が漁られてない。ここまで逃げたけど、回復アイテムが無かったんだろうね」

「死にたてほやほや」


 雪柳はクスリと笑った。声にもならないような笑いだったが、私は聞き逃さなかった。


「ほやほや~」


 雪柳が復唱すると同時に、私はドアを閉めた。雪柳はしゃがみ、躊躇いなく死体を漁り始める。


「プレイヤーの死体?」

「うん、そうだね。ドッグタグもあるし、何より良いアイテムをいっぱい持ってる」


「じゃあ好きなだけ漁りな? 私は残り物だけでいいから」

「本当にいいの?」

「うん。私はこっちの棚を漁っておくから」


 私は死体と雪柳に背を向けて、棚のアイテムを探り始める。しばらくしないうちに見慣れないアイテムがあることに気づいた。


「これは……」


 内容までは読めないが、クリアファイルにまとめられた書類が雑に置かれている。それを手に取ると「クエストアイテムを入手しました」と小さな文字がどこからともなく表れて消えた。そうか、こんなものが『軍事資料A』なのか。呆気なさもあるが、そんな資料をアパートに放置するなよ、という世界観に対する不満も湧いてきた。


 世界観の整合性と、クエスト難易度の両立はきっと難しいのだろう。そんなことは安易に想像できる。でももうちょっと何かあっただろう、という小言を心の中で吐いていた。


「クエストアイテムあったよ」

「え、早っ。おれのときはもっと時間かかったのに」


「もうちょっと難しいのでもよかったんだけどな。まぁこれで一旦私は帰れるくらいの収穫を得た」

「まだ敵にも出会ってないよ~……」


 雪柳は敵と戦いたいらしい。私というお荷物がいながらも、敵と遭遇したいという思いは「難しいゲームをクリアしたい」という欲求と似たようなものなのだろうか。よくよく思い出してみたら、雪柳は元よりバトルジャンキーの素質があった。私関係なしに戦いたいだけなのかもしれない。


 そんなフラグが立ったと同時に、私の耳は微かに異音を聞き取った。


「……待って、物音がする」


 私の声を聞いた途端に雪柳が銃を持ち、部屋の廊下側に近づいて息を潜める。ゆるかった空気が一気に緊迫したものに変わり、思わず私も息を呑む。


「……私、武器持ってないからね」


「わかってるよ。大丈夫。ヨミはここに引きこもってて。おれ、殺ってくるから」

「これほど頼もしいセリフは無いわぁ……。よろしくね」


 覚悟を決めた雪柳は勢いよく扉を開けて出ていった。あまりに強い力で開けたのもあって、その反動で扉が閉まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る