第12話 カジュアルな殺戮
甘くなったコーヒーをちまちま飲みすすめていると、急に自室の方面が騒がしくなった。
「あああああああああああああああああああああ!」
次は誰がログインしてきたのかと思っていたら、ついさっき聞いたような声が聞こえた。
ドタドタドタと力強い足音がリビングに近づき、勢いよくリビングの扉が開かれる。
そこには悔しそうな顔を浮かべる神成と、その後ろには頬を膨らませて不機嫌そうな雪柳が立っていた。そのままぞろぞろ入ってきて。灰色のL字ソファに勢いよく座ってきた。
「死んだの?」
私が問うと、雪柳が答えた。
「しんじゃった。おれら雑魚だ」
「そんなことないと思うけどな。最強ちゃんは最強ちゃんに変わりないよ」
LPTでは、戦場で死ぬとそのとき持っていたアイテムを全て失った状態で、隠れ家の自室に戻されるのだ。
このゲームにおいて「死」というものはあっという間に訪れる。銃弾が頭に一発当たるだけでもすぐ死ぬし、高い場所から飛び降りれば骨折、出血は免れずにすぐ死ぬ。どこに埋まっているかわからない地雷を踏んで死ぬことだってある。
たまに死因もわからず死ぬこともある。それぐらい理不尽に「死」が訪れるのだ。
「ちなみに何で死んだの?」
「俺は普通に撃ち殺されて死んだ。マジで悔しい。マジでぇ……ゴミカスヘルメットしか装備するもんなかったのマジで悔しい。普通にヘッドショットでヘルメット貫通とかありえんすぎ」
死因だけでこれだけマシンガントークができ、敗因までちゃんとわかっているのだ。理解の速度だけで言うなら、神成は普通に優秀な人物である。
「雪柳は?」
「相撃ち。殺るには殺れたけど、出血止めるのが間に合わなくて」
「まぁ雪柳がタダで死ぬ訳ないよね」
状況を打開するのに長けた雪柳。「リスク&リターンは考えず、ひとまず敵を殺す」を体現したような人物であり、物事を根本から焼き尽くして解決するような粗さもある。
「ところでさ、ヨ~ミ」
「なに? 雪柳」
「もう落ち着いた? 戦場いける?」
雪柳は嬉々として私の返事を待っている。
私としてもかなり心の整理がついている状態で、今なら出かけられそうだと思っていたところだった。
「さっき、トパースが起きてきてね。ちょっと話したんだ」
「え⁉ そうなの⁉」
「そう。入れ違いで戦場に行っちゃったんだけど、色々……話してさ。まぁちょっとはマシになったから、戦場行けると思うよ」
「え⁉ やったあ!」
ペットボトルのコーヒーは半分ほど無くなっていた。
「じゃあ後でまた落ち合おう。準備してくるからさ」
「うん! おれも準備してくる! 絶対守ってあげるからね、ヨミ!」
「力強い味方だなぁ」
雪柳はくるっと振り返って、神成に語り掛けた。
「神成は来る?」
「行かない。俺もう疲れたからこのまま寝ようかなって思ってる」
「そっか。おやすみ!」
「おん、おやすみ」
私と雪柳は一緒にメンバーの自室が立ち並ぶ廊下へと行き、それぞれの部屋に入っていった。
飲みかけのコーヒーは何も置かれていないテーブルの上に置いておくことにした。
相も変わらず簡素な部屋で、顔も知らぬプレイヤーのドッグタグが飾られていること以外は普通だ。私はまた荷物箱を漁り、ボディアーマーとヘルメットを着用する。神成と探索した際に身に着けていたリュックを背負う。
そうだ、せっかく戦場に行くのならクエストを終わらせよう。
クエストというのはいわばゲームから与えられた任務である。クエストの種類は様々で、アイテムを提出するものもあれば、敵を何体倒せというのもある。また、特定の地域に行きクエスト専用アイテムを集める、なんていうクエストもある。
クエストをやればやるほどLPTの世界観が深まっていくのだが、正直クエスト内容と報酬しか見ていないことがほとんどだ。
私はメニュー画面を開き、受けられるクエスト一覧を確認する。
「なんかほどよいクエストはないかなぁ……ってか多っ⁉ 半年やらなかったらこんなに溜まるの⁉」
と、思わず呟くくらいには画面いっぱいに受けられるクエストが表示されていた。
その中でも難易度が低く、敵を倒す系じゃないクエストとなるとかなり絞られる。かつてガチ勢だった影響もあり、難易度が高いクエストがほとんどだったのだ。
「お、これは楽じゃない?」
それは「イレイザー区・住宅街で『軍事資料A』というアイテムを見つけ、提出すること」という内容のクエストだった。この「軍事資料A」というのはクエスト専用アイテムで、クエストを引き受けた後じゃないと出現しないものだろう。
イレイザー区というのの初心者向けの場所であるため、私はこのクエストを受けることにした。
「終わった? どこに行きたいとかある?」
リビングには、何やら強そうな装備を身に着けた準備万端な雪柳が待っていた。
「クエスト終わらせたいかな。イレイザー区の住宅街で軍事資料集めるやつ」
「あー、あれか。おれ、場所知ってるから案内できるよ」
「そう? なら助かるよ。戦闘はよろしくね。見ての通り、武器を持ってないからさ」
もうここまで来たら開き直る態度でいるしかない。言うなれば姫プレイ――弱い立場のプレイヤーが強い立場のプレイヤーに「お姫様のように守られている」ような状態なのだ。この姫プレイ自体に嫌悪感を示す人が多いが、うちの「エンパス」のメンバーはどうなのだろうか。
嫌悪感があるなら最初から私と戦場に出ようとは思わないだろうが。
「ヨミ、余計なこと考えてるでしょ」
「え?」
「ヨミは甘えていいんだよ。今までヨミがエンパスを引っ張ってきたんだからさ」
「そ……うだっけ?」
「え?」
楽しい記憶よりも辛い記憶の方が脳に残りやすい。
脳は機械じゃない。私にとっての不都合も好都合も、まとめて勝手にやってくれる。
「あれ……なんか、私……」
辛い記憶が、強烈すぎる刺激であるとするならば。
「覚えてないかも……エンパスの日々、私、どんな感じだったっけ……」
それに関連する記憶ごと封じてしまっていてもおかしくない。
「ヨミ、まさか――」
エンパスの仲間の人格や関係性は確かに覚えている。
記憶喪失なんて大層なものではない。もっともっと単純な、人間に最初から備わる忘却の機能。
そこから欠如してしまった「私」の姿。
「はは……やっぱり私、今に精一杯みたいだ。とりあえず戦場に行こう」
炎上事件によって燃やされ消されてしまった、本来の私とは一体どんな人物だったのだろう。
「わ、わかった」
その答えは仲間だけが知っている。
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