第10話 雪よ、純粋であれ
白から赤にかけてのグラデーションになっているウルフカットのようになっている髪。人を惹きつける強烈な赤色の瞳。白いジャケットに黒のシャツの私服は至ってシンプルだが、余計にその顔を引き立てる。
その美人さとは裏腹に、喉から発せられた声は少し高めの男のものだった。
「ヨミ~! 久しぶり! 元気してた?」
雪柳はローテーブルからぴょんと飛び降りて、私のところへ近づいてきたかと思えば、抱きしめてきた。それは少しの間のハグであったが、ここで一応はっきり言っておこう。雪柳の中の人は「男」である。
「元気にはしてないかもー」
「あわわー、可哀想なヨミ……。でもゲームやれるくらいには復活したってことだよね?」
「まぁほどほどにって感じかな」
雪柳の発音には所々イントネーションが妙なところがある。
そもそも雪柳は日本人ではなく韓国人だ。しかしそれすらも感じさせないくらい、文脈的に自然な日本語を習得している外国人というすごい人でもある。そんなものだから、多少のイントネーションの違いなど気にならないのだ。
「ヨミがオンラインになってるの見てね! 飛んで来たんだよ!」
「テンション高いなぁ。今日は気分が良くてさ、空気を感じに来たみたいな」
「ねえねえ、早速さ! 戦場行こうよ! 俺前にめっちゃレアな銃手に入れてさ! 名前忘れたけどヨミにも貸してあげるよ。大事に仕舞ってあるんだ!」
「あ……」
言わなければならない。別に隠すようなことでもないが、それでも抵抗感がある。
神成のときはさほど「期待」を感じなかった。だからこそスッと言えたというのはきっとある。
「ヨミ……?」
大丈夫。雪柳は無垢で無邪気なだけ。そこに悪意は一滴も混じっていないことを私は知っている。
「……もう、銃持つのはやめようかなって思っててさ。LPTは敵を殺さなくても楽しめるコンテンツっていっぱいあるし」
「そ、それはー……」
きっと雪柳なりに言葉を選ぼうとしてくれているのだろう。困惑しているのは見て取れた。それに何より雪柳はあの炎上事件を知っている。
雪柳は少しだけ黙って考える素振りをした。
「それは、戦場にも行かないってこと?」
「ううん、行かないわけじゃないよ。さっき神成と一緒に行って守ってもらったんだ」
「おれが守れば一緒に行ってくれるってこと?」
「まぁ、そういう感じ」
「ならおれヨミのこと守るよ! 絶対に守れる自信あるし!」
雪柳はLPT最多キル数の称号を持っている。これは半年に一度変わるシーズンごとにもらえる称号なのだが、雪柳はシーズン1からシーズン3まで全て制覇している。言葉を選ばずに言うなら、とんでもない化物だ。
ちなみに今はシーズン4が始まったばかりの時期であった。
「力強いなぁ。過剰戦力な気もするけど、守ってもらう立場の人間はとやかく言えないからねぇ」
「おれに守られるのは嫌?」
「全然。むしろハイパーキャリーだと思ってる」
キャリーというのは、FPSゲームにおいて実力あるプレイヤーがそうでない味方プレイヤーの分まで戦って勝ち、チームに貢献することである。雪柳を前にすると誰も勝てないので、最強の護衛とも言えるだろう。
「じゃあさっそく戦場行こう! おれもう戦いたくてウズウズしてるよ!」
「ちょい待ちい!」
私が返事をするよりも先に、キッチンから戻ってきた神成が割り込んできた。満足いくまで煙草を吸い終えたのだろう。
「神成もいたんだね。料理? ヤニでも吸ってた?」
「ヤニ言うな。ヤニやけど。口が悪いで」
「どっちもどっちだと思うけどなぁ」
神成は雪柳と共に、灰色のL字ソファに座った。
「話戻るけど、ついさっき俺とヨミは一緒に戦場行ってん」
「うんうん」
「別に行ってもええんやけど……俺はもうちょい時間置いてからにしたほうがええと思う」
「うんうん」
「俺が制限するようなことでもないのはわかってんねんけど――てか雪柳お前ちゃんと聞いとる⁉」
「うん! めっちゃ聞いてる!」
私の話をしているのに私が一切会話に入っていない、なんとも愉快な状況である。
神成の提案は理にかなっているものだった。神成が落下して死にかけた際に、パニックになっているのを見たからこそ私を思って言っているのだろう。
精神衛生上、時間は置いた方が良い。それは自覚している。でもここで休むことを選ぶのは「向き合うこと」に反しているのではないか。わからない。私の中に答えが無かった。
「つまり、ヨミは久しぶりに帰ってきたから、刺激の強いことはやめる……ん? えっと、なんて言えばいいんだろ。時間をとって休む、必要がある? みたいな感じであってる?」
「おんおん、大体そんな感じや。LPTは色々リアルやからな、半年ぶりとなるとゆっくり体を慣らさなあかんねん」
「ヨミ! これで合ってる?」
ようやく私に会話のキャッチボールが回ってきた。
私に「向き合え」と言ってきた神成が「休め」と言っているのだから、それが最善策なのだろう。
今の私の精神状態は悪いよりの平常で、雪柳が死にかけるようなことがあればまたパニックになるに違いない。私の中ではどうしようもないことだが、これで迷惑をかけるのも嫌だった。
「合ってるよ。とりあえず今回は見送らせてほしいな」
「じゃあ次会ったときに行こ! 代わりに神成もらってくね!」
雪柳は神成の片腕に自分の腕を絡め、がっつりとホールドした。
「えっ、俺⁉ 俺も行くん? ソロで行きゃあええやん」
神成は慌てて立ち上がるも、くっついた雪柳も立ち上がり振りほどくことはできない。
「一人はさびしいって、よく神成言ってなかった?」
「え、いや、まぁよく言うとるけど、けどよ? 待って待て待て腕引っ張らんといて! 準備くらいはさせろって!」
強引に雪柳は神成を連れて、廊下へと出ていった。恐らく自室が並ぶ方面に連行したのだろう。
「雪柳は元気だなぁ……。神成のときの気まずさなんて全然なかった」
別に神成が悪いとは言わない。言わないが、それでも――人によって気遣いの仕方は全然違うのだと知った。神成も雪柳も根本にあるのは優しさで、楽しさを求めることは変わらない。
十人十色なんて言葉があるが本当にそのとおりだ。その人が何を経験したかによって、するアドバイスも行動も全て変わっていく。神成は向き合う機会と期限を、雪柳は最も純粋な優しさを与えてくれた。
私も応えなければならない。
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