第8話 蛍光ピンクの輝きとゴミ

 ひび割れた道路の真ん中。放置された車の影に隠れて撃ち合いをしていたのだろう、地面に倒れている男の姿があった。


「なんかやけに装備が堅かったんだんだよなー、やっぱ初心者狩りが目的の野郎か」


 胴体から首にかけて多数の血の痕が残っている死体を前にしても、負の感情は湧いてこなかった。


 神成が死にかけたときは、頭の中が真っ白になってパニックも起こしていたのに。


 たくさんの違いはあるだろう。大切な仲間か敵か。死にかける瞬間を見たか見てないか。苦しむ姿を捉えたか捉えていないか。偶然によって死に晒されたか、仲間が死を与えたか――。


「俺はもう持てへんから、好きなだけ持って帰りや」

「う、うん。そうする」


 触ることも、アイテムを漁ることにも抵抗は湧かなかった。


 装備や治療アイテムを貰い、自分のインベントリに仕舞っていく。銃を手に取りかけたが、今の私には必要ないとそのまま置いていくことにした。


 これでもう漁り終えたかな、と思った瞬間に、ふとキラリと光るアイテムが目についた。


「これは……ドッグタグか」


 プレイヤーが生きている間は認識できず、死んだ直後に可視化されるアイテム。プレイヤーの名前、ランク、フレンドコードが書かれたものでもある。


 言ってしまえば無限に増えるアイテムでもあるため、売値は低く、誰も欲しがらないものでもある。


 そんな役に立たないアイテムに、なぜか心が惹かれた。


「貰っておこう。なんかせっかくだし」


 漁り終えて立ち上がると、背後で神成が車にもたれて伸びをしていた。


「何貰ったん?」

「装備とかアイテムとか全般は貰ったよ。あとドッグタグ」


「ドッグタグ? 売れもせんし加工もできへんゴミやん」

「なんか惹かれたんだよね。理由は特にないんだけどさ」


「ふーん。ま、最初言ってたゴミ拾いっていう目標に合っててええやん。ドッグタグも割とゴミやし」


 偶然の一致かもしれないし、私の無意識の中で何かが繋がったのかもしれない。理由を説明できなくとも、ドッグタグを持つことで心が落ち着くのであれば、少しくらい気にかけて漁ろうとも思えた。


「ほんとはもっと色んなところ漁りたかってんけどな、一旦帰ろか」

「賛成、ちょっと疲れてきたし」


 そして私たちは戦場の脱出口を目指して歩き出し、しばらくした後に脱出し隠れ家に戻ることが出来た。



 ◆◆◆



 私は隠れ家の自室で集めたアイテムを収納箱に整理していた。


 改めて見ると、銃のパーツを始めとするいらないアイテムが多く入れられている。かつての私が使おうとしていたものだが、銃を持たないという縛りを解く気にもなれない。


 そこで私はLPTのアイテム売買システム「ログトレード」の画面を起動した。


 これはLPTのレアな物資、レアな武器、レアなスキン、を仮想通貨で取引をするというシステム。この仮想通貨は現金に換えることができるため、「金が稼げる」というのはこのシステムのことだ。しかも、これは公式がリリース当初から実装している正規のものである。


 ログトレードの画面を操作して、銃のパーツを出品登録していく。あまり高値では売れないが、少なくとも欲しがる人はいると踏んで相場よりも少し安めで出品した。


「これで生計が立てられるんだよなぁ。ほんと、LPTはどこで利益を得てるんだか」


 もちろん、生計を立てるためにはレアなアイテムを出品し続けなければならない。今私が売ったものはレアでもなんでもないものであるため、生活の足しにもならない程度の金額しか稼げないだろう。


 実際、半年も引きこもれるくらいの貯金を作れたのはLPTのおかげである。本当に頭が上がらないと思いながらも、人生壊しやがってどうしてくれようか、とも恨んでいる。しかしまたここに戻ってきたというなんとも滑稽な話だ。


「さあてほとんど出品できたし、あとは片付けだけか」


 リュックの奥底にキラリと光るドッグタグがあった。


 思入れはないし、特別でもない。ただなんとなく惹かれただけのドッグタグをどうしようかと悩んだとき、壁に設置されたコルクボードが視界に入った。もう既に二枚の写真が貼られていたが、それでもまだスペースは空いていた。


「あ、これ懐かしい。エンパスの集合写真だ」


 二枚の写真にはどちらも七人の人物が映っていた。右から順番に見ていく。



 顔をヘルメットで隠し、ロボットロールプレイをする献身者――レモネード。


 幻想的なオーロラ色の髪をもつクール男子、戦場を駆け巡るレーサー――鼠氏ねずみし


 紅色ポニーテールの長髪男性、金が大好きなVtuber――鍵穴天覗かぎあなてんし


 薄紫色のショートヘアの美人、エンパスを集めた姐御肌の女性――トパース。


 LPT最多キル数の称号をもつ、白髪の最強のレディ――雪柳ゆきやなぎ


 水色とオレンジ色のツートンカラーの髪をもつ、関西弁の遊び人――神成。


 そして、黒髪ハーフアップのどこにでもいそうな少女――私、ヨミ。




 この二枚ある写真は、結成時と大会準優勝後に撮ったものだ。装備や使っている武器が変わっているのも時間の流れを感じる。


「三日後、か……どうにかなるかな。どうにかするのは私だけど」


 その写真の横に、誰のものかも知らないドッグタグを飾った。

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