第5話 灰色の世界に熱量はあるか?
「なあ、もしかして三階もダメになってるんじゃないんちゃうかな」
「三階もダメ、とは?」
二人でまた瓦礫だらけの階段を上る。
「二階があれぐらい酷い状況になってるんやったら、三階の床とか壁も崩れかけになってるかもしれへんな。って思ってん」
「あー、それはあるかもね。一度乗ったら崩れる床になってるかもしれないし」
「それが一番嫌かもな。最初から穴が開いてるなら避けられるけど、崩れる床はなぁ……どうにもならんやろ。それこそわかりやすくヒビが入ってたら避けられんねんけど」
そうこう言っているうちに三階に着いた。
壁こそきちんとあるものの、肝心な床に目をやる。隣で大きなため息が聞こえると同時に、私も思わずため息をついた。
二階ほどではないものの、一部の床が抜けてしまって穴が開いていた。
「なんか、中途半端な崩れ具合だね」
胴体がすぽっと入りそうな大きさの穴で、それ単体なら大したことは無い。
「私はその、マップとか漁る場所とか覚えてないからあれなんだけどさ。……もしかして、この建物って結構ショボい?」
アイテムが落ちているような場所が無かったのだ。
「ショボいどころの話ちゃうけどなこれ。まぁ爆撃受けてたし、しゃあないっちゃしゃあないんかなぁ~? まぁ最初の方は結構いいアイテムあったし、まぁまぁまぁ納得はしてへんけど」
神成は床に落ちていた小石くらいの大きさの瓦礫を勢いよく蹴り飛ばした。
神成の言葉に「まぁ」が増えていることに気づいただろうか。本人はほぼ無意識なようだが、自分を無理やり納得させるために及第点を見つけようとしている。それでも言葉通り納得がいっておらず、その苛立ちが行動にまで現れてしまっているのだ。
「ふふっ」
「何や」
「いやいや、神成らしいなと思って」
「なーにが俺らしいやねん。俺は俺や。それ以上でもそれ以下でもあらへん」
妙に納得してしまった。私の記憶の中の神成と目の前の神成の、二つのイメージが重なっただけで私は笑った。でもよくよく考えてみれば、それは期待と予想の押し付けでもある。本人からすれば厄介極まりない期待と予想であることに、私は気づいていなかったのだ。
それもあってか、いや、あまり関係が無いかもしれないが。神成の苛立ちが余計に増したような気がする。でもそれらは全く神成の行動に出ていない。……つまりはこれも予想だ。
私の悪い癖だ。
「屋上、行かん?」
「いいね。……あと、私はどこへでもついていくよ。提案なんてしなくとも」
「ヨミの意思は大事やろ。でも今のお前は随分と空っぽや、誰かどう見ても空っぽや」
「空っぽなら何か悪いことがあるのかい?」
さも当然かのように、常識を問うように聞いてみた。
神成は半ば呆れながら、私の身体をぐるっと回転させて階段のある方へと向かせる。そして背中にそっと手を添えたかと思えば、ぐっと力を込められ押された。自然と足が一歩、二歩と進み、段差の前まで押され続けた。
「空っぽやとな、面白くないねん。ヨミも、俺も、同じ面白さを共有できへんねん」
「熱量の差みたいな?」
「そうそう。『あれやりたいこれやりたい』の欲望にどんだけの熱が籠ってるか、どれだけ馬鹿馬鹿しいか、そんでどれだけ大真面目に馬鹿をやれるかによってテンション感って結構変わるやろ?」
「それはそうだね」
「今のヨミにはその全部が無い」
容赦なく事実を突きつけられると、言葉は出なくなるものである。
私たちは屋上の転落防止柵にもたれかかりながら、雲がまばらに散らばっている空を眺めていた。
屋上にアイテムを漁るようなスポットは無く、高所から地上の敵を狙いやすいというメリットくらいしかない。破壊された街並みを今にも崩れそうな建物から見たって感動できるわけもなく、ただ戦場という事実だけを突き付けてくる。
「やっぱ敵がおらんと、ヒリつきがなくてつまらんな」
「確かに。って言っても私は戦わないけど、生きるか死ぬかのドキドキ感がやっぱり……」
頭の中の何かが引っかかる。空っぽの中に突如としてパンドラの箱が現れたかのような感覚がした。
「そこがウリのゲームやから、ってのもあるんとちゃう? LPTはサブコンテンツも多いけど、それだけを楽しむ人って滅多におらんしさ。メインコンテンツありきのサブコンテンツやん」
「そう言う神成は気に入ってるサブコンテンツあるの?」
すると神成はうーんと悩む素振りをした後、少しの間を置いて返事をした。
「やっぱ金庫開けかな」
「金庫開け? 新しいやつ?」
「いや、ずっと前からあってん。ショッピングモールとか豪邸とか、そこら辺に行くと金庫があって、それを開けるミニゲームがおもろくて。ダイヤルくるくる回したり、二本の細い棒を使ってカチカチ鍵を開けたり……繊細な作業やけど、中の報酬が意外とおいしいから」
神成はニコニコと子供らしい笑みを浮かべながら、そう語っていた。
バキッ、ガゴンッ――という鈍い金属の音がした次の瞬間には、神成の姿がなくなっていた。
「え?」
左右を見渡すがどこにもおらず、瞬間移動でもしたか、もしくはネットワークが切れてゲームから追い出されてしまったか、そんな可能性を必死に頭で巡らせる。
しかし、その必要は無かった。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」
下の方から、聞いたことも無い神成の悲鳴が響いた。
「えぇっ⁉」
私が状況を飲み込むより先に、ドスッ――という鈍く重たい落下音が耳に入ってきた。
「へ……あ、あ……」
引きずるような歩調で一歩、二歩、三歩、下がる。
どうしてここまで恐怖しているのか、私でもわからなかった。いや、わかりたくなかったのかもしれない。その恐怖の理由について考えるのが私の中でタブーになってしまっている。
触れたくない、触れたくもない、『Log:// Phantom Trigger』から離れた理由に繋がってしまう。
現実に、現実に集中しなきゃ。ここが現実かバーチャルかなんてどうでもいい、目の前の景色と事象だけに意識を向けなければならない。思い出してはならない。頭の中の世界を覗くのはまだ早い。
向き合うには、まだ早い。
「……た、助けに行かなきゃ。まだ生きてるかもしれない」
ここはゲーム、LPTという名の戦うゲームだ。
何度だって死に、何度だって生き返る。命を奪い合うゲーム。戦争の疑似体験。平和な時代の中で争いを求める者たちの受け口。立派な、eスポーツ。
階段を踏み外しそうな勢いで駆け下りる。何も考えず、意図的に頭を真っ白にし、神成の元へと向かった。
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