第4話 破壊の衝撃に触れる
「ちょ、俺の今日のリュックあかんわ」
バックヤードは少し狭いように思えた。成人男性型モデルが両手を広げた程度の横幅しかない。奥行きこそあるもののプラスチックケースやラック、デスクトップパソコンなどとスペースを取るものが置かれているため、どうにも狭いように感じられた。
「リュックがダメなことってあるんだ。穴でも開いた?」
「いや、ちょっと小さめのリュックだから全然入らねぇ。ヨミ、悪いけど荷物持ってくれん?」
「あくまでも神成のものなんだね」
ちょっとだけ嫌味を吐いてみる。
「いや、別にあげたっていい」
気にしていないどころか、そもそも嫌味であると受け取っていないような軽い返事をされてしまった。
神成はあからさまな悪口なら流石に気づいてくれるが、皮肉や嫌味といった悪意には鈍感である。面白ければいい、という考え方が根底にあるからか、面白そうなことがある方面へのアンテナは恐ろしく敏感なのだ。
逆に言えば、面白くないこと全般には手を抜くことでもある。
「何を持てば良い? あんまり重いのは勘弁だよ。あと銃もダメだからね」
「わぁってる、わかってる」
私が手を差し出すと神成は朱色のポーチを雑に乗せてきた。
朱色のポーチの中央には白色で十字のマークが描かれている。その下に、LPTの世界の独自の文字で何かが書かれているが、私にはこれを読むことはできなかった。
何らかの治療アイテムだろう。
そう思い、そのままインベントリ画面を開く。朱色のポーチをインベントリに押し込むと、物体としてのポーチは消えた。次の瞬間には、インベントリ画面にアイテムのアイコンが表示される。
「あ、もしかしてこれ」
そっとアイコンに触れると、アイテムの詳細が表示される。
「『ファーストエイドキット』……ね。まぁ場所を取るアイテムではあるか」
「そそ、だから持ってほしかったってワケ」
現実では登山なんかで持ち運ばれる簡易救急キットのようなもの。怪我をしたときに最初の処置を行うための道具が詰め合わせられている。
LPTの中では割と万能な治療アイテムとして知られている。出血・骨折・鎮痛、その全てに効くのだから、それなりに重宝されているレアなもの。
「おっし、それ以外はもうええわ。結構アイテム残ってるはずやから、漁りたいんやったらお好きにどーぞ」
軽く見た感じ、銃のアタッチメントや飲食物がまばらに残されていた。神成は相当取捨選択を強いられているのだとも感じ取れる。
リュックの大きさや頑丈さによって持って帰れるアイテムの量が変化するのも、LPTのリアリティの部分だろう。神成はそれほど大きくなく頑丈でもないリュックを背負っているため、場所を取るファーストエイドキットを持ちたくないのもなんとなくわかる。
「漁るって言ってもねぇ」
神成が残したアイテムに全く惹かれなかった。
戦わずに逃げて物を集めるだけのプレイスタイルをゴミ拾いと称したものの、いざゴミを前にすると拾う気にもなれない。
「あれ? もうええんか?」
「うん、なんかねぇ。ゴミはゴミでも役に立つゴミを拾いたいというか。惹かれなかった」
「ふっ、ああ、そう? 気に入るゴミが見つかるとええな」
神成は軽く鼻で笑い、そのままバックヤードを出ていった。
またも私はその後をついていく。内心、カルガモの親子みたいだと思いながらも、私の意思がないように見える行動だとも思ってしまう。
「二階行くで」
「はーい」
二人で瓦礫が転がっている階段を上っていく。瓦礫のせいで足の踏み場が減り、人ひとり分通るのがやっとなくらいになってしまっていた。この場所をスニーカーで歩こうものなら、靴裏がズタズタになってしまいそうだった。
「うわ、これ……探索する場所あるんか?」
二階は壁に大穴が開き、町の様子や空が見えるようになっていた。
外から見てもわかるくらい大きな爆撃跡。瓦礫が重なり合い、歩き進めることも困難な状況だった。もはや二階にどんな店が入っていたのかもわからない。それぐらい、人が生活した跡が破壊し尽くされていたのだ。
神成の呟きにも納得がいく。ここに私たちの欲しいものはないことは明白だった。
「今回の……シーズン4のアップデートから、マップが変化するようになったんだっけ」
「そうそうそう。これもきっとそうやろな」
神成は穴の向こうを見つめながら、私の方を向くことなく返事をした。
「戦争がより激しくなってることを示す、みたいな感じやった気がする。イレイザー区はまだマシな方やねん。もっと酷い変化の仕方してる地区もあるみたいやし」
「いつも漁ってた場所がなくなった人たちもいるだろうね」
「まぁそれは……災難としか言えへんわ」
破壊の衝撃とやらは、私たちの心に酷く干渉してきた。
神成は普段からふざけてばかり、おちゃらけてばかりいるが、それでもこの瞬間は目の前の仮想現実を真摯に受け止めていた。それは私だって同じで、心に思う何かがありながらもそれを言語化できずにもやもやしている。
少し冷たい風が大穴から吹き付け、二人の隙間を縫って流れていった。
正体が分からずとも私の中のもやもやは消えた。きっと感じることに満足しきったのだろう。
「神成、行こう」
「ああ」
私たちは三階へと向かった。
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