第3話 現実と変わらない戦場

『誰かの今日を摘み、誰かの死を想え』


 ふとそんな言葉が頭に過る。これは――かつてのLPTのキャッチコピーだった。

 ずっと心に残り、へばりついて剥がれない汚れのようになってしまっている。血と火薬のにおいで上書きしてしまいたい。早く、早く、戦場へ……。



 読み込みが終わると、私は崩壊した町の真ん中に立っていた。


 崩れた建物。道路に散乱している大小様々な瓦礫。焼け落ちて骨組みだけになってしまった車。人が住めなくなり、放棄された住宅街。そこは今、見える景色全てが薄茶色に染まってしまったかのようだった。


 近くに神成の姿は無かった。きっとまだ読み込んでいる最中なのだろう。


 ひび割れたアスファルトの上をなるべく音を鳴らさぬように歩く。もはや地面の欠片なのか建物の破片なのかもわからないが、そんな壊れた道路を直す人もいないのがこの世界だ。


 二階部分が大きく削れた三階建てのビルの前で立ち止まる。爆撃を直接受けたのだろうか、今にも崩れてきそうな建物だった。

 その前には燃えカスのように黒く焦げた車らしきものがあり、私はその前で屈んで神成を待つことにした。


「そうそう、こんな感じだったよなぁ」


 付近の建物はどこもかしこも窓ガラスは割れている。その周辺の地面は光が当たるとキラキラと反射するが、一部は土埃が被さっているせいでその輝きを失っていた。


 こんなところまで美しさとリアリティを両立させて最高のグラフィックを追及する、それがLPTの魅力でもあった。戦場というきな臭いものを扱う上で、常に見るフィールドはゲームのモチベーションに直結するとかしないとか。どこかのインタビュー記事で読んだ気がする。


 ここまで現実と遜色ない仮想世界のせいで、余計に苦しめられた。


「何も起こってない。何も起こってない。何も知らない。何も知らない」


 ぼそぼそと呟いて自分に言い聞かせる。


「ああ。本当に、この世界に生きてるみたいだ」


 気分を切り替えるために空を見上げていると、急に影が覆いかぶさった。敵襲か何かと思い、そのまま驚いてしまって地面に座り込んでしまった。


「あははっ! そんな驚く?」

「神成じゃん……。あーびっくりした、心臓に悪い」


 悪戯な笑みを浮かべる神成が私の手を引っ張る。神成の腕にぐっと体重をかけてゆっくりと立ち上がった。


「だってヨミの姿が見えなかったんだもーん。そりゃ探すよ」

「まぁまぁまぁ……そういういことなら」


 周囲には私たち以外に人の姿は無く、しばらくは安全が確保されてそうだった。


「とりあえず、この建物探索しない?」


 私は真隣の二階が崩壊した建物を指さす。

 途端に、ゴー、という強い風が吹く音を耳にした。パラパラと小さな砂埃が指さした先の建物から降ってくる。


「いーよー。行きたいところ行こう」


 あの砂埃が目に入ったら痛いだろうな、と少し速足で建物の中へと入った。


 いくらリアリティ重視のゲームとはいえ「砂埃が目に入る」なんて、細かいシチュエーションを想定していないと思う。それでも現実のように見える世界で一瞬でもそう思わせることができたら、ゲーム制作会社として冥利に尽きるものがあるんじゃないだろうか。


 私はそんな作り物に人生を狂わされたんだ。

 腹立たしくも、それだけ熱中できたことに関心もする。


「ヨミー! ここ結構アイテムあるわ。まだ漁られてないか、更新されたばっかなのかもしれへんわ」


 私が感慨にふけっている間に、神成はサクサクと探索を進めていたみたいだった。気が付く頃には神成の姿がなくなっていて、一人取り残されているような状況に置かれていた。


 この土地が住宅街なのか市街地なのかはっきりしないが、少なくともこの建物は雑居ビルの類に入るものだろう。


 一階入り口、入ってすぐに少し広めのスペースに、薄汚いソファやテーブルが散らかっていた。壁に貼られたポスターやテーブルの上の資料から見るに、ここは不動産のようだった。


「神成ー! どこー!」

「ここやー!」


 奥の方……この不動産のバックヤード的な場所だろう、と私もそこへ向かった。

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