第2話 Angelic Pathfinder
「まぁごちゃごちゃ言ってもしゃあないし、今から戦場……ゴミ拾い行くか?」
「いいね、行こう。どれだけ世界が変わったかも知りたいし」
私たちは同じタイミングで立ち上がり、うーんと伸びをした。
「じゃあそれぞれ準備できたらまたリビングで」
「あいよ」
神成は足早に自室へ戻っていった。久しぶりに会ったからだろうか、どうにも気まずさがあった気がする。
スタートダッシュをミスっただけだと思いつつ、私も自室の前に行く。
私の部屋の灰色のドアにピンク色の蛍光塗料で絵が描かれていた。上下に二つ重ねた三角形、その横に天使の羽、上には天使の輪。他のメンバーの部屋にも同様のマークが描かれている。
「……懐かしいな」
これはエンパスのマークだった。
大会に出場するときに、メンバー登録以外に「チームアイコン」の提出を求められたことがある。当時はただのゲーマーだったことから、チームアイコンなるものを知らなかったというのもあり、メンバー全員で頭を悩ました。
そんなときに神成がペイントソフトを起動して、ささっと描いてきたものがこの「天使のマーク」だったのだ。
「
思い出に浸るのはほどほどにしておかなければならない。
ドアを開けて中に入る。隠れ家を買うときに初期からついてくる簡素なベッドが、その横には小さな机と椅子が置かれている。全盛期でさえ自室をあまり使ってこなかったからか、この部屋を見ても全く懐かしさを感じられなかった。
――ドアの方が懐かしいと思えるって、中々変だな。
空いたスペースには収納ケースがいくつも置かれていた。自分で持っておきたいアイテムや貴重品は、ちゃんと各自で管理する。現実では当たり前のことだが、ゲームの世界となるとそこが曖昧になってしまう。そうならないように皆でルールを決めたのだ。
「なんか良い装備ないかなー」
片っ端から収納ケースを開けていく。インベントリと同じように、アイテムがずらっと並べられた半透明の画面が出てくる。タブレットを操作するように上から下まで見ていくが……。
決して整理されているとは言い難い状態だった。アイテムの種類が分けられていることもなく、銃やアーマーやらヘルメットやら、治療道具やら、何に使うかわからない鍵やら、それら全てが乱雑に詰め込まれていた。
でもきっと、ここに詰まっているものは全て「かつての自分が必要だと思ったもの」なのだろう。
そう思うと余計に捨てられない。今の私には見いだせない関連性が、昔の私には見えていたのかも。
「アイテム見ても何も思い出せないな、ゆっくり思い出せばいいんだろうけど」
武器を捨て、装備に関する知識も無い。そうなると戦場での生存率も極端に下がる。
――まあ、でもいっか。殺されるくらいがちょうどいいでしょう。
適当なヘルメットとボディアーマーを取り出し、身に着ける。ぐっと身体が重くなったが、それでもほどほどに動くことができる。昔はもっと重い装備を着ていたような気がしたが、その装備の名前すら忘れてしまった。
リュックだけを背負って他のろくなアイテムは持たずに、私はリビングへと戻った。もう既に神成は準備を終えていたようで、ソファに寝転がって何かしらの画面を操作していた。
「おまたせ。何見てたの?」
「ん~? 暇つぶしにツイクス見てた」
ツイクスは日本でかなり主流なSNSで、青い背景に黒い鳥のアイコンとして知られている。
「ヨミはツイクス消したんやっけ?」
「うん。もう見てない。ソシャゲの連携のためにアカウントは残してるけど……」
ちょっとした炎上事件に巻き込まれてから、心無い言葉を送り付けられることが多くなった。コメントなり、ダイレクトメッセージなり、どこにでも湧いてくる悪意を受け止める器が私にはない。それがわかっているから、ツイクスを辞めたのだ。
「それがええよ。インターネットなんてろくなこと書いてあらへん」
神成は緑色のヘルメットを被り、きちんとボディアーマーを着用している。アサルトライフルらしき銃も傍らに置いていて、戦う気満々であることは十分に伝わってきた。
そんな神成がちらりと私の方を見た。
「……ぷっ」
神成が吹き出して笑うが、私には何がおかしいのかわからなかった。
「な、何か変?」
「ほんまに何も持たへんやん、って思って……てかそれ以上に装備どないなっとんねん!」
ああ、やっぱり。装備のことだったか。アップデートが来るたびに、強い装備というのは変わっていく。その流行についていけていない情報弱者であることを堂々と神成に晒していた。
「着られたらなんでもいいかなって」
別に恥ずかしいとは思わない。心を許せる親友なら醜態だって晒してもいい。もう既に散々晒した後だからこそ、開き直っているのかもしれないが。
「まあええわ。いちいち教えを乞うタイプでもないやろ、ヨミは」
「よくわかったね、流石マイフレンド。我流で生きるのさ」
そうカッコつけて言っているものの、ただの無知だ。自覚はしている。別にそれを気にするほどでもない。
「ほんならどこいく?」
「復帰勢に優しいところかな。あと、銃持ってないから敵がいない穴場とか」
「敵のおらん戦場は戦場じゃないんよ。そうやなー、初心者向けで有名なのは今も昔も〈イレイザー区〉やな」
出撃可能な戦場の中で、最も地形が分かりやすく、最も規模感が広いとされている戦場――イレイザー区。LPTの説明を借りるなら「もう既に戦闘を終えている、占拠済みの市街地」。
CPU――「コンピューターが操作するキャラクターの数」が少なく、マップも広大であるためまず人と出会わない。死ぬリスクが減る分、持ち帰れるアイテムはゴミか平凡なものが多い。
「それは変わってないんだ。安心安心。そんじゃ行こっか」
「待て待て待て、これ着けろ」
神成は私にエンパスのマークが蛍光ピンクで描かれた腕章を渡してきた。
特に効果がある訳でもない。ただのおしゃれアイテムの一つであるが、蛍光色というのもあり目立つことは間違いなしだった。
「敵に見つかっちゃわないか? それに、このマークは知れ渡ってて……」
別の懸念もある。これだけでヘイトを買うことだってあるかもしれない、ということを心のどこかでは怖がっていたのだ。
「ええねん、別に。エンパスであることを見せつけてやりゃあ」
それは自分にとってデバフにしかならないアイテムだったが、私を外の世界へ後押しする「誇り」でもあった。
「かっこいいとこあるじゃん」
ふんっ、と神成は鼻で笑った。それ以上は何も言わず、隠れ家の出入口へと向かっていく。
出撃画面が表示される。神成のパーティー申請を承諾し、イレイザー区・住宅街を転送先へ選ぶ。私は神成の傍まで行き、二人して戦場へと転送された。
次の更新予定
スローライフの化けの皮 ~元プロゲーマー、FPSで銃捨ててゴミ拾いするってよ~ 星部かふぇ @oruka_O-154
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