スローライフの化けの皮 ~元プロゲーマー、FPSで銃捨ててゴミ拾いするってよ~
星部かふぇ
Ep.1 黄泉の地に雷が落ちる
第1話 元プロゲーマー、復帰する
「半年ぶりだなぁ……この世界に帰ってくるのは」
コンクリートの壁と床、随分と無機質な隠れ家で私――ヨミは一人寂しく目を覚ました。
リビングスペースの真ん中にはこげ茶色の長方形のローテーブルを囲むように、様々な種類の椅子が置かれている。そのうちの一つである深緑色の一人用ソファに、私はそっと腰掛ける。パリッとした塗装が所々剥げて、中のクッション部分が露わになっているが、気にはしない。
「さて、誰が私の第一発見者になるかな」
そう独り言を呟いてから、慣れた手つきでメニュー画面を開く。板状の半透明な画面が現れ、右上端にある「チュートリアル」というボタンをタップした。
このゲームについて、思い出すために。
『誰かの今日を摘み、誰かの死を想え』
フルダイブ型VRMMOサバイバルFPS、『Log:// Phantom Trigger』、通称LPT。
ゲーム内容は至ってシンプル。銃を撃ち、敵を殺し、戦場を漁り、物資を手に入れて帰る。ただそれだけ。
自分とチームメンバー以外は全て敵、死んだら所持しているアイテムを全て失う鬼畜仕様。ゲーム内アイテムをプレイヤーに売ることが出来る独自のシステムがあり、「リアルマネーを稼げるVRゲーム」としても一定の人気を誇っている。
また、リリースから二年経ったというのもあり、かなりの量のサブコンテンツが実装されている。別にやらなくてもいいのだが、全てをやり尽くすにはまだまだ時間が足りないとまで言われている。このLPT沼に一度ハマってしまえば中々抜け出せないのは、そういう奥深いコンテンツが眠っていることも理由の一つだろう。
「チュートリアル画面は変わってないか、流石に半年しか経ってないもんな」
私はチュートリアル画面を消す。姿勢を崩してだらしない格好で座り、かつての頃を思い出す。
言ってしまえば、私はリリース初日からやっている古株だ。
しかし、ちょっとした炎上事件に巻き込まれてしまい、心身ともに療養が必要と判断されてしまった。LPTで生計を立てていた身としてはかなり致命的だったが、それでも何とか半年間の休みを確保して、インターネットからもLPTからも身を引いていたのだ。
「……遅いなぁ、あいつら」
そんな私にも仲間という大切な存在がいる。
その名も『エンパス』。私が休止する前までは、LPTの最前線で活躍してきたチームだった。
プロゲーマーと名乗るにはおこがましいが、プロが出るような大会に出て準優勝を勝ち取ったことがある。多少は功績を残し、ちょっとは界隈に名を響かせた。そうはいってもアマチュア集団には変わりない。
エンパスのメンバーは私含め七人。全員がLPTで生計を立てているガチ勢だが、一人だけ例外がいる。十八歳で受験生でもあるレモネードというメンバーだ。レモネードは炎上事件に巻き込まれる前からLPTを離れていたというのあって、もう随分長い間会っていない。
残っていたガチ勢も炎上事件に巻き込まれてからは最前線から身を引き、それぞれがやりたいことをやるというスタンスに変わったらしい。全力で攻略するのも楽しかったが、それ以外に楽しいことを見つける……そんな余生とも呼べるスローライフを送っていると聞いた。
起きている時間の全てをLPTに捧げるような奴らだったから、きっと今もログインしているはずだと予想したのだが……。
「……来ないな」
メンバーにあらかじめ「復帰するよ!」と伝えてなかった私も悪い。
暇を持て余した私はインベントリを開く。半透明の四角い画面が現れ、私の姿と所持しているアイテムが表示された。
少女型モデル。肩にかかりそうでかからないくらいの長さの黒髪が、雑なハーフアップでまとめられている。透明感のある青色の瞳が虚空を見つめていた。灰色のナイロンパーカー、黒色の長ズボン、可愛らしさの一つも無い地味な格好をしている。
LPTはプレイヤーの身体モデルをいくつかに分類している。成人女性型、成人男性型、少女型、少年型の四種類あるが、現実の身体の性別と一致していなくたっていい。私はそういった趣味を持っていないためリアルの性別と合わせているが。
「こんな見た目してたなぁ。てかアイテム何も持ってない、マジか」
そう呟いて立ち上がろうとした瞬間、奇抜な色が目に入った。
「え」
「あ」
同じエンパスの仲間である、
成人男性型モデル。左が水色、右がオレンジ色のツートンカラーの派手な髪色に、凛とした黒色の瞳。その派手な髪色の割には、顔面のキャラメイクを比較的シンプルな――チャラい系イケメン。ちょうど戦場帰りだったのか、脇にヘルメットを抱えて迷彩柄の現代的な兵士っぽい装備をしていた。
「神成じゃん。やっほー……。あ、あはは。久しぶり」
絶妙な気まずさを抱えながら、そう挨拶する。何を言えばいいかわからず、ぽっと出た言葉はどうにも頼りない。
神成は目を丸くしたまま固まってしまった。次の言葉が出てくるまでの時間が妙に長く感じられた。
「……ヨ、ミ? ヨミよな⁉」
「そう疑わなくてもヨミだよ。半年ぶりだね」
ドドドドドッと大きな足音を立てて、一直線に私のところに走ってくる。二人で大きく手をあげて、そのままパチンと力強いハイタッチをした。
「事前に言ってくれたら皆で迎えたのに! なーんで言わへんねん!」
「その日にいけるとは限らないというか……。今日は偶然調子が良かったんだよ」
「まぁええわ。にしてもタイミング悪いなあ」
「タイミングが悪い? 今日やけに静かなこの隠れ家と関係ある?」
「おん。まぁ待てや。装備なおしてくるから」
神成は自室に戻っていった。この隠れ家ではメンバー全員に個室が与えられており、そこはプライベートスペースとしてそれぞれが自由に使っている。私にも部屋があるが、荷物置きとしてしか使っていなかった。
「うぇーい、ただいま」
「おかえり。それで?」
「昔ほど激しく活動してへんって言うか……。まぁぼちぼち起きるみたいな感じになってな」
ローテーブルの真正面にある灰色のL字ソファに神成は腰掛けた。
「知ってる知ってる」
「前はもう全員おるの当たり前! みたいな感じやったけど、今はそうじゃないっていうか」
「そんなもんだと思ったよ」
「まぁでもどうせ明日には大半に会えるわ、きっと」
「楽しみだな。やっぱ、会って話したい事とかもあるし」
私は肩の力を抜いて、思いっきり椅子の背にもたれかかった。その様子を見て安心したのか、神成もぐでーっとソファに背中を預けた。
「んで? 戻ってきたってことはまたしばらくやるんやろ?」
「一応そのつもり。君らがガチ勢してないってのも知ってるから、次はのんびりスローライフでも送ろうかなって」
「ええやんええやん。やりたいサブコンテンツ見つけたら一緒にやろな」
そう言って神成は煙草の箱をインベントリから出現させた。ライターも出現させた後、慣れた手つきで一本抜き取り、煙草を吸い始めた。ここ、地下室なんだけども。まぁゲームだから換気を気にしなくていいんだけども。
「あ、あともう一つ、LPTを続けるにあたって縛りプレイをしようかなって思って」
「お! いいねぇいいねぇ。なに縛るん?」
「武器持たずに戦場を漁ろうかなって。ゴミ拾いみたいな感じで遊びたいんだよね」
「ッスー……」
神成の口から空気が音を立てて漏れ出ていった。煙草を持つ手が止まり、もう片方の手で顎のあたりを触り考える素振りをする。どうやら、私の発言は神成にとってはかなり斜め上のものだったらしい。
「ちょっと待ってくれ。お前、マジ?」
「本気だよ。もう攻略勢をやる頭も体力も無いしね。それに……」
「それに?」
半ば呆れられていることを感じ取りながらも、胸を張って言い放つ。
「君たちに守られるのも悪くないかなって思って、さ!」
私のドヤ顔に神成は屈することなく、ニヤリと笑って返される。
「はははっ! それでこそエンパスよ。あーあー、もう、問題児ばっかりやねんから」
その声に負の感情は混じっていなかった。むしろ、エンパスの蘇りに期待をしているかのようにも聞こえた。互いに目を輝かせながらグータッチをするが、拳の奥に見える神成の瞳にはやり場のない困惑が沈殿している。
――ああそうだ、きみはこういうのが苦手なんだ。ごめん、忘れてたよ。
「これからのエンパスに、幸あれ。だね」
神成は私を横目に、そっと煙草を灰皿に置いた。
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