第24話 強欲の魔女

(港!? この教会が? どういうことだ? ノア様はいったい何を?)


 オフィーリアは教会をマジマジと眺める。


(確かに港は国力を上げるうえで、強力な施設だ。港があれば、海を通じて大量の物資を輸送することができ、貿易ができるとともに、軍の移動も容易になるが……)


「怪訝な顔をしてるな」


「ご主人様。お言葉ですが、この教会は港とはかけ離れているように思えます。確かにこの教会はアークロイ一帯の中でも最大のもの。容積も大きく荷物の積み下ろしをするだけの空間も充分にあります。しかし、港の要件を満たすのに最も必要なもの、船と海がありません」


「おっ、流石にいいところを突くな。だが、船はともかく海はすでに用意してあるぞ。あの尖塔を見ろ」


「尖塔?」


(尖塔。ただ高いだけで、周りには空しかないが……。待てよ! 空?)


「まさかご主人様」


「気付いたか。そう。空から輸送することができればあの尖塔が港になる。あとはあいつさえ来れば……」


「おーい。ノア坊っちゃま」


 箒を片手にやってくるとんがり帽子の娘が1人。


「貴様は……ルーシー!?」


 オフィーリアは久しぶりに会った昔馴染みに目を丸くする。


「おお、待ちくたびれたぞルーシー。今までどこ行ってたんだよ」


「えへへ。ご無沙汰しております。ちょいと大魔女様との交渉がこじれちゃいましてね。合流に時間がかかりました」


 ルーシーはひょこひょこと変な歩き方をしながらこちらにやってくる。


 長時間、飛行したせいで足が痺れているようだった。


 そして、教会が視界に入ると顔を顰める。


「坊ちゃま。積もる話は後にして、とりあえずここから離れません? ご存知の通り、私達魔女は教会に睨まれていましてね。ここまで歩いてくるのも大変だったんですよ。教会に見つからないように離発着しないといけないから」


「大丈夫だよ。ここは俺の領土。教会の聖女とも懇意にしている。君のことも今から話を通すつもりだ」


「はあ。そういうもんですか」


「おい、ルーシー」


 オフィーリアがルーシーの前に立ちはだかる。


(うっ、相変わらずデカい奴だな)


 ルーシーはちょっと気圧けおされる。


「さっきから坊ちゃんはやめろ。ノア様はもうすでに立派な領主様だ」


「ああ。そうでしたね。アークロイ公でしたっけ?」


「貴様、本当にご主人様に仕える気はあるのか? ご主人様に忠誠を誓えないならこの領地の領民にはなれないぞ」


 そう言われるとルーシーはムッとする。


「失礼な。私だってノア様に忠誠を誓っていますよ。ノア様のお金を元手に、金になりそうな商品を売り買いして、そして実際に金儲けしますよ」


(金の話ばっかりじゃないか。相変わらずの守銭奴っぷりだな)


 オフィーリアはイマイチこのルーシーのことが信用できなかった。


(どう考えても金目当てでご主人様に近付いてるだろ。金に魂を売って、あっさりノア様のことを裏切ったりしないだろうな)


「心配ないよ。オフィーリア」


 オフィーリアがルーシーのことをジトっとした目で見ているのを見て、ノアがフォローを入れた。


「ルーシーの金儲けに対する執着は本物だ。そうそう裏切ることはないよ」


(ご主人様、むしろ私はそこが一番不安なのですが……)


 ノアは思い出す。


 初めてルーシーに会った時のことを。




 あれはオフィーリアがすでに領内随一の剣の手練になっていた頃、ノアは独立の次のステップ、経済政策を担える人材を探していた。


 この段階では正直、独立するかどうか迷っていた。


 というのも特産品のないアークロイでは商業政策が採れず、自ずと活動に限界が見えてくるからだ。


 そんな折、次兄イアンから手癖の悪い吝嗇なシスターについて相談されたのだ。


「吝嗇なシスター?」


「ああ。とんでもなくケチな奴がいてな」


 イアンは困り果てたように眼鏡を直しながら、ため息を吐く。


「食材を買いに行かせたら極端に質の悪いものを買ってきて、客人に不味い食事を出す。燭台の油もケチって大切な儀式の途中で火が消えて部屋が真っ暗になる。屋根を修理する木材を手配させたら質の悪い木材を少なめに注文して、すぐに雨漏りするように修理する。とにかく一次が万事その調子なんだ」


「なるほど。それはかなりケチな人だね」


「ああ。まったくだよ。おかげで僕の管轄している教会に苦情がきている」


「そのシスターはなんでそこまでケチ臭いことをするのかな?」


「わからん。だが、余った金を着服したり、材料を転売しているんじゃないかという噂もある」


「それは……相当悪質だね」


「そういうことだ。お前、どうにかできないか?」


 イアンはノアの適材適所を見出す才能に関しては評価していた。


 人見知りなシスターを来客対応から内務に部署替えする。


 気が強過ぎるシスターを交渉役にする。


 その他、様々な点でノアの力に頼っていた。


「わかった。とりあえず会ってみるよ」


「ああ。頼んだ」


 そうしてノアはケチなシスター、ルーシーに会ってみることにする。




 ノアがルーシーの作業場に行ってみると、何かコソコソと集めているところだった。


 どうも裁断した布切れを集めているようだ。


 本来捨てるはずの布切れを集めて何かに使おうとしているらしい。


「ルーシー」


 声をかけると振り向く。


 なるほど。


 確かに貧乏性が板についたような娘だった。


 そのメイド服には信じられないほどのツギハギが使われていて、エプロンは茶色くなっているのに替えようとしない。


 よく動く瞳はなんとも抜け目なさそうだった。


 疑り深くこちらをジロジロと眺めている。


 とりあえず鑑定してみる。


(!? これは!?)



 ルーシー

 飛行:F→A

 収納:E→S

 補給:C→A

 強欲:C→A



(飛行と収納が非常に高い。レアスキルの才能。いや、それよりも……こいつただのケチじゃない。モチベーションスキルが強欲。それも強欲Aの持ち主だ)

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