第25話 投資と交易

「あの、どなたですか?」


 ルーシーは胡散臭そうにノアのことを見る。


「ああ。ごめん。俺はノア。大公の四人目の息子だよ」


「ああ、なんだ。イアン様の弟様でしたか」


 ルーシーは警戒するのをやめて丁重な態度になる。


「お話は聞いております。なんでも私の配置を決めてくださるのだとか。わざわざ出向いてくださり、なんとお礼を申し上げればよいか」


「いや、いいんだ。ただ、君は……ちょっと手がかかるかもしれない」


 ノアはルーシーがせっせと集めている裁断済みの布に目を落とした。


「君はその……ずいぶん節約志向なんだね。一体なぜそこまで?」


「ふっふっふ。決まってるじゃないですか。お金のためですよ。こうしてボロ切れを集めていざという時のために取っておけば、服が破れても縫い合わせることで新しい服を買わずに済みます。つまり経費削減になるというわけですよ」


「……そうか」


 ノアはとりあえず彼女を自分のところに預けてくれないかとイアンに提案した。


 彼女の吝嗇はかなり根深いものがありそうだったので。


 イアンは承諾した。




 こうしてルーシーはノアのメイドとして働くようになった。


 オフィーリアは自分以外がノアのお世話をするのを嫌がったが(彼女は結構独占欲が強かった)、将来の独立のための布石だと言うと、渋々了承した。


 それにこの頃にはオフィーリアは長男アルベルトの陣中に派遣される予定だったので、ノアのお世話をするメイドを新たにこしらえなければならないのも頭ではわかっていた。


 ノアのメイドとなったルーシーは実際のところ、かなり真面目に働いた。


 ただ、吝嗇は相変わらずだった。


 よくもまあここまで節約の方法を思いつくなと思うほど、ノアの生活費は削減された。


 ただ、イアンの疑っていた金銭の着服のような悪どいことは一切しなかった。


 稼いだ利鞘はちゃんとノアに報告して戻していたし、時折お小遣いや報酬を請求されることはあっても、無断で抜き取るようなことはしなかった。


 少なくともノアの観測する範囲では、彼女が金や備品をちょろまかした形跡はなかった。


(ということは、誰か別の奴がルーシーの作った利鞘を着服してたってことか?)


 ノアはイアンに報告するかどうか迷ったが、なんとなく拗れそうな気がしたのでやめておいた。


 ルーシーが犯人ではないとしたら、今もイアンの管轄する教会内で犯人が働いているはずだし、イアンもルーシーではないことに早晩気づくだろう。


 証拠もないのに下手に人の職場の人間を犯人扱いしたら、面倒なことに巻き込まれかねない。


(それよりもルーシーだ)


 だらしなくて強欲なら怠惰な方向に堕落していくが、真面目で強欲となれば、それはただの強欲ではなく勤勉な欲深さだ。


 統制された倫理観と計画性の下、延々と金稼ぎを続ける、まさしく底なしの強欲。


 将来、独立国を作るにあたって、彼女は国の経済を支える心臓部になってくれるかもしれなかった。


(だが、今のままではただのケチ臭い奴だ。ルーシーの強欲をいい方向に刺激する必要がある)


 ある日、ルーシーを呼び出して、同じメイド仲間から苦情がきていることを告げた。


 彼女が夜中ゴミ漁りをするのが気味が悪いということだ。


 実際、彼女の髪や服にはゴミ漁りした時に付いたと思われる汚れがそこかしこに見られたら。


「ルーシー、もうゴミ漁りはやめるんだ」


 そう言うと、ルーシーはシュンとする。


 あまり自分の行動が周囲から好かれていない自覚はあるようだ。


「ところで、ルーシー。金儲けは好きか?」


「はい。大好きです。見てくださいよこれ」


 ルーシーは懐から金貨を取り出した。


 真面目にゴミ漁りに取り組んで、転売できるものは転売し、節約できるものはギリギリまで節約する。


 そのようにして小銭を集めた結果、ついに手に入れた資産だった。


 一介のメイド風情には到底稼げる額ではない。


 彼女の吝嗇と勤労の成果、金への執着の賜物だった。


 ルーシーは二ヒヒと笑いながらその金貨を弄ぶ。


「よし。なら、節約以外で金儲けする方法を教えてやろう」


「ほう。そんな方法が?」


「資本主義という概念があってだな」


「シホンシュギ? なんですそれは」


「まあ、すげーざっくり言うとだな、お金を使えば使うほど、お金を増やせるシステムだ」


「なん……だと?」


 ルーシーは呆然とする。


 思わず手に持っていたお盆を落としてしまった。


「いったいどういうことですかそれは」


「まあ、もうちょっと正確に言うとだな。投資をすればするほど儲かる仕組みだ」


(そんな。そんな世界がこの世に……)


「そうだな。これを理解するためにはまずは交易トレードを理解することから始めるといいかもしれない。商売に手を染めることになるけど、やってみる?」


「やります!」


 ルーシーは明るい顔でそう言った。


 ノアは手始めにルーシーのスキル収納を利用した商売を始めることにした。


 スキル収納は要するにアイテムボックスのことだ。


 その重さや容積に関わらず一定の個数のアイテムを異次元の空間に収納することができる。


 ノアは自分の名義で高利貸しから金を借りて、ルーシーと一緒に旅に出た。


 市場や生産地で収納できるだけの商品を買い取り、売り捌いた。


 主に塩、砂糖、酒、鉄、穀物、香辛料、貴金属など、まず需要がなくなることのないものから手をつけていく。


 ノアとルーシーの運んだ商品は、他の商人の品よりも安く卸すことができた。


 何せルーシーの収納スキルがあるから運送費用がほとんどかからない。


 人件費もルーシーのみなので、一人分だけで済む。


 在庫スペースを借りる費用もかからない。


 ルーシーは瞬く間に商人としての心得を掴んでいった。


 市場の値動きには鋭敏になったし、帳簿の付け方も覚えて資金の管理もできるようになったし、商人には信用が大事であることもわかって身だしなみにも気を使うようになった。


 今まで触れたことのない未知の市場に触発され、ルーシーの強欲と収納のスキル・ステータスレベルは瞬く間に伸びていった。



 ルーシー

 収納:C(↑2)

 強欲:B(↑1)

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