第15話 魔を討ちし者

 ドレッセンに居を構える悪鬼達の首領オイスゲンは、お気に入りの子分達が腕を失って帰ってくるのを見て、目を丸くした。


「なんだ。お前ら。ドラゴンにでも遭遇したのか?」


「ドラゴンなんてもんじゃねぇ」


「悪魔のように強い人間の女だった」


「人間の女ぁ?」


 オイスゲンとその取り巻き達は大笑いした。


「まさかお前ら人間の女にやられたとでも言うのか?」


「急いで逃げないと。あいつこの街にも攻めてくるって」


「1週間以内に立ち去れって言ってたぜ。さもないと命の保証はしないって。速く逃げる準備をしないと」


「ふん。バカを言うな。ここの生活は快適なんだ。わざわざ動物を狩らなくても人間から食物を奪うだけで腹を満たせる。あいつらは支配者に弱いからな。一度上下の立場を分からせてやれば永遠に奴隷として働く便利な生き物よ。ここでの暮らしは快適なんだ。誰がここから立ち退きなんてしてやるものか」


「でも、あの女が来るぜ」


「ふん。来るなら来い。この俺、オイスゲンが迎え撃ってやろう」


「ああ、そうかい。なら、勝手にしな」


「俺達はひと足先に逃げさせてもらうぜ」


 オフィーリアに腕を斬り飛ばされた鬼達は、ドレッセンのさらに西にある山の向こう、ホーンズの森へと立ち去っていった。


 悪鬼達は不思議そうにそれを見送る。


 いったい人間なんかの何に怯える必要があるのかと。




 後になってやってきた兵士達と合流したオフィーリアは、ドレッセンに入る前に兵士達を悪鬼に慣れさせることにした。


 悪鬼達は人間とは比べ物にならないほどの怪力を持つ一方、鬼殺しの付与された武器や兵士からの攻撃に対して繊細なことがわかった。


 鬼殺し持ちの兵士が攻撃すれば、投げ槍や弓矢、それに小石レベルの痛みでも耐えられずに怯(ひる)んでしまう。


 また、懐に入られるとその巨体から逆に人間を見失ってしまい、無防備になることもわかった。


 そこでオフィーリアは3人1組で鬼一体に当たるように指示した。


 1人は飛び道具で悪鬼を怯ませる役、1人は槍の穂先で牽制する役、そして最後の1人は懐に入り込んで悪鬼の脚を切り落とす者。


 槍は通常の2倍の長さにして、飛び道具も追加でたくさん作った。


 悪鬼の脚を斬り落とすには、通常の剣よりも鉈(なた)の方が有効なことがわかった。


 街からフラフラと出てくる悪鬼に対して3対1で戦いを仕掛けてみたところ、あっさりと討伐することができた。


 続いて集団戦を仕掛けてみたところ、これも案外簡単に倒せることがわかった。


 自信をつけたオフィーリア軍は、ドレッセンの街に向かって進撃した。


 悪鬼達はすっかり油断しきっていて、また日頃の怠慢もあってほとんどは酒に酔っ払って眠りこけていた。


 オフィーリア軍はあらかじめ用意していた通り、火矢を放って首領オイスゲンの寝ぐらになっている屋敷に火をかけると、慌てて出てきた悪鬼達を飛び道具や槍で追い込み、殺していった。


 悪鬼の首領オイスゲンがやられたのを見ると、ほとんどの悪鬼達は、街から逃げて山を越え、ホーンズの森へと帰っていった。


 その後、周辺に逃げ隠れした悪鬼達を狩り尽くして、ここら一帯の悪鬼達は掃討された。


 その後はオフィーリアが指揮しなくても、小隊長達が自力で悪鬼狩れるようになり、あれこれと指示を出す必要もなくなっていった。


 住民達は解放され、元の生活を取り戻した。


 オフィーリアはノアが新たな領主として君臨したことを住民に周知すると、現地民だけでも悪鬼と戦えるように訓練した。


 住民達の経済が周り、警備の仕組みが完成すると1000人だけ守備隊を残して一旦ノアのいるクルック城へと帰ることにした。




 城へと戻る道中、兵士達は鼻高々だった。


「へへへ。やったぜ。俺達、ついに魔族まで倒したんだ」


「きっと唸るような褒美が出るだろうな」


「あの鬼に占拠されていた街は誰のものになるんだろう」


「決まってるだろう。オフィーリア様のものだよ」


「俺達にも土地が分け与えられるかな」


「当然だろう。何せずっと前領主達が解決できなかった難題を解決したんだぜ」


「領主様にはたっぷり褒美を出してもらわないとな」


「ああ、そのためにもオフィーリア様にはたっぷりと領主様に褒美を要求してもらわないとな」


「というか、もうオフィーリア様がいれば、あの領主様いらなくね?」


「そう言えばそうだな」


「……」


 兵士達は顔を見合わせた。




 ノアはオフィーリアが鬼退治を終えたと聞いて、凱旋するのを待っていた。


 今回は住民達もオフィーリアが帰ってくる街道に詰めかけていた。


 さながら街はパレードの様相を呈していた。


 だが、近づいてくるにつれて、様子がおかしいことに気づく。


 オフィーリアに対して民衆達がのっぴきならぬ尊敬の眼差しを送っているのだ。


 それこそ領主である自分に対する以上の。


 ノアはここでようやく思い至った。


 この世界では、魔族を討伐した者に一方(ひとかた)ならぬ敬意が払われることに。


 そして気付いた。


 オフィーリアに手柄を与えすぎたことに。


(あれっ? ちょっと待て。これってヤバいんじゃ)


 実際、オフィーリアがこれまで立ててきた手柄の数々に鑑(かんが)みれば、そろそろ考えたとしても不思議ではない。


 独立したい。


 そこまではいかなくてもこれまでの働きに値する褒美が欲しい。


 実際、彼女がそう望んだとして誰が責めることができようか?


 彼女はほぼ独力でこのクルック領を切り取り、根深い問題として残っていた悪鬼の討伐までやってのけたのだ。


 このクルック領をそっくりそのまま寄越せと言っても不思議ではなかった。


 また、それを実力でもぎ取ることもできた。


 彼女が離反しようとすれば小隊長のうち何人が自分のために忠誠を尽くしてくれるだろう。


 そっくりそのまま彼女についていくかもしれなかった。


 たとえ、彼女がそれを望んでいなかったとしても、果たして周囲はどうだろうか?


 彼女を唆(そそのか)して、ノアから離反するように仕向け、その運動において自身が主導的な立場を取れば、棚ぼた的に自分も沢山の土地やたくさんの褒美がもらえるかもしれない。


 それこそノアによって規定された小隊長の地位を越えて、1000人の部下を持てる、万人の家来を持てる、さらには一国一城の主も狙える。


 そして周囲の声に押されて、彼女がそれに心動かされないと誰が言えようか?


 また、この数週間の間に彼女の中でノアに対して愛想が尽きていないと誰が言えようか?


 彼女とて自分のために働いてくれた部下達のことは可愛いはずだ。


 そんな部下達にちょっと多めに褒美を与えたいと思うだろうし、出来心からついつい多めに褒美をやることを約束してもおかしくはない。


 そしてそれをしないノアに愛想を尽かしたとしてもおかしくはない。


 まして、世は戦国乱世。


 下剋上が当たり前の時代なのだ。


 誰もが一旗あげる野心を抱き、力ある者だけが認められる。


 確かに彼女の忠誠はAクラスだ。


 だが、それがノアに対してのものでないとしたら?


(ちょっ。ヤバくね? 今、オフィーリアに反乱されたら、俺終わるんじゃ)


 やがて馬に乗って凱旋してくるオフィーリアの姿が見えた。


 オフィーリアの姿は少し前とは見違えたものになっていた。


 魔族を討伐して、万の軍勢を率い、貫禄がついたようだ。


 軍勢を率いながら帰ってくる凱旋将軍には勢いと圧があった。


 漫画だったら背後に「ズドドド」とか「ドンッ」といった文字が浮かんでそうだった。


 そして、案の定、兵士達の間から歓声が上がった。


「オフィーリア将軍万歳!」


「最強の将、オフィーリア!」


「聖なる将軍、オフィーリアに栄光あれ!」


 兵士達の間でそのような叫びが起こる。


 そこにノアに対する賞賛はなかった。


 住民達も兵士達の主張に喝采を送る。


 兵士達の賞賛はどんどんエスカレートしていった。


「神よ。かの聖なる将軍に多大な褒美を与えまえ!」


「神よ。神聖なる将軍オフィーリアに相応しい褒美を与えたまえ」


「悪鬼から解放した土地はすべて彼女のものだ!」


「いや、神よ。クルック領の半分を彼女に与えたまえ」


「いやいや、神よ。クルック領の2倍の土地を彼女に与えたまえ」


「もし、彼女の多大な功績に対して、報酬をケチるような領主がいれば、神よ、その領主に天罰を与えたまえ!」


「神よ。神聖なる将に褒美をケチる領主は地獄に堕としたまえ」


 領民達は無邪気に拍手と喝采を送った。


(おいい。こいつら焚き付ける気満々じゃねーか)


 そしてついにオフィーリアがノアの前まで進み出る。


 ゴゴゴゴゴゴという背景音が聞こえてきそうな凄まじい迫力に、ノアはタジタジになってしまう。


 彼女が褒美を寄越せと言えば、あっさり何でも引き渡してしまいそうだった。


 しかし、オフィーリアは馬から降りるとノアの前で膝を曲げて、臣下の礼を取る。


「アークロイ公の忠実なる騎士オフィーリア、ここに悪鬼の討伐を終えて帰還したことをご報告いたします。ドレッセンは解放され、住民達はご主人様のご威光に服しました。以下、回復した土地も兵士もご主人様に返還いたします」


「う、うむ。ご苦労であった。君の変わらぬ忠誠と献身に感謝するよ。何か褒美は欲しいかね?」


「誰にどれだけの褒賞をもたらすかは領主様の決めることであります。私から要求するようなことは一切ありません」


「ふむ。そうか。見上げた忠誠心だ。天晴(あっぱ)れだよ。ところで、先ほど、君の兵士から何やら不穏な発言が聞こえてきたように思えたが。領主に天罰をとか、領主は地獄に堕ちろとか、領土の2倍の褒美を寄越せとか」


「はて、私にはそのような声は聞こえてきませんでした。ただもし、私の部下にそのようなことを言う連中がいるようであれば、私自らその者達を縛り首にして、領主様の前に差し出し、見せしめとして街の広場に晒しましょう」


 すると先ほどまで煽っていた連中は、顔を青ざめたかと思うと慌てて、別のことを叫び始める。


「りょ、領主様ばんざーい」


「神よ。英明なる領主、アークロイ公に全てを与えたまえ!」


「神よ。我らが領主を侮辱する者はすべて地獄に堕としたまえ」


「アークロイ領に栄光あれ!」


「アークロイ公に仇なす奴らは俺が全員縛り首にしてやるぜ!」


(いや、それオメーらだろ)


 真面目な兵士は心の中で突っ込んだ。


「「「「「アークロイ公万歳!!!!!」」」」」


 住民達はまた無邪気に拍手する。


 オフィーリアとノアも拍手した。


 煽っていた兵士達は、どうにか有耶無耶にできてほっと胸を撫で下ろすのであった。

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