第14話 悪鬼退治

 オフィーリアを見送るに当たって、ノアは餞別として秘策を授けることにした。


「今回、俺は留守番だ」


「やむを得ませんね。不穏分子どもの監視をしなければなりませんから」


「ただ何もせず君にばかり負担をかけるというのも悪いからな。これを」


 ノアはこの日のために密かに鑑定して集めておいた兵士と刀をオフィーリアに授ける。


 その兵士達は赤い腕章を巻いていた。


「……これは?」


「対悪鬼用の秘密兵器だ」


 兵士A

 鬼殺し:C


 刀A

 鬼殺し:C


「赤い腕章を巻いた兵士には鬼殺しのスキルが備わっている。刀の方にも鬼殺しの特殊効果が付与されている」


「鬼殺し……。それはいったいどういう効果なのですか?」


「わからん。ただ、悪鬼と戦うにあたって有効なスキルなのは間違いない」


 鬼殺しのスキルを持っている兵士は過去に悪鬼を殺した経験があるとのことだった。


 鬼殺し効果の付与された武器も、悪鬼に対して有効だったという証言を得ている。


「この兵士と武器を組み合わせれば、悪鬼の攻略も捗るはずだ」


「かしこまりました。では、行ってきます」


 クルック領の家臣達はノアが悪鬼退治に乗り出したのを見て、ほくそ笑んだ。


 悪鬼は前領主および自分たちが長年かけても解決できなかった問題。


 並外れてバカでかい体躯に象でも持ち上げる怪力。


 兵士達は悪鬼を見ただけでも震え上がり、尻尾を巻いて逃げ出していく。


 いかにオフィーリアが化け物のような強さの女だとしても、本物の怪物には敵うまい。


 悪鬼退治に失敗して、面子が潰れれば、あの小生意気な若い領主はさらに追い込まれる。


 軍部からも離反者が出るに違いなかった。


 そうなれば、自分達の復権も間近だろう。


 クルックの重臣達はしめしめと思いながら、オフィーリアが惨めに失敗しながら帰ってくるのを待った。


 オフィーリアは馬を飛ばして数日。


 悪鬼が跋扈するというドレッセンの街近辺にある集落へと先着した。


 数人の供回りだけを連れて、後から来ることになっている1万名の兵士達に先立っての到着だった。


(これは……酷いな)


 まだドレッセンにもついていないというのに、その集落の荒廃ぶりは目に余るものだった。


 建物はほとんどすべて破壊され、廃屋同然になっていた。


 屋根がまともにある家の方が珍しい。


 路地裏からは必ずといってよいほど啜り泣きが聞こえてくる。


 住民は皆、げっそりと痩せこけている。


 おそらく悪鬼にすべての食糧を取られ、何も食べるものがないのだろう。


 働く者は皆、死んだような目で臼を引いたり、はたを織ったりしている。


 もはや何のために生きているのか分からない様子だった。


 集落には全体的に女の方が多かった。


 男はすべて殺されたか、あるいは逃げ出したに違いなかった。


 ほとんどの者は領主が助けてくれないことを悟り集落から逃げ出したのだろう。


 残っているのは、どこにも行くあてがない者、惰性で暮らしを続けている者、鎖に繋がれて逃げることもできない者、もしくは逃げる気力もなくなった者達だろうか。


 男女のいずれもまともな衣服は着ておらず、ボロを一枚纏っているだけだった。


 廃屋の軒先で小さな女の子が赤子をあやしているが、その赤子には角が生えている。


 悪鬼と人間の間に生まれた鬼人に他ならなかった。


 絶望が街中を支配していた。


(まさかここまで酷い状況だとは。これは即刻、どうにかしなければノア様の沽券にもかかわる)


 ちょうどその時、ドレッセンの街から下りてきたと思われる悪鬼がケラケラ笑いながらこちらにやってくるのが見えた。


 後ろには奴隷として使っている人間と鬼人が荷車を引いているのが見える。


 車には大量の食料や衣服、貴金属類などの物資が乗っている。


 おそらく住民から無理矢理徴収したものだろう。


 どうやら悪鬼達はさらに物品を徴収しに来たようだ。


(なるほど。あれが悪鬼か)


 確かに恐ろしい化け物だった。


 3体でこちらに向かって歩いてくるが、いずれもゆうに2メートルを超える巨体だった。


 筋骨隆々の体つきに頭には鋭い角、口からは犬歯のような牙が生えていて、人間を食っているのか生臭い匂いが漂ってくる。


 並の男では、彼らに立ち向かおうとは思わないだろう。


 オフィーリアと共について来た兵士達も実際に彼らの姿を見て後退りしていた。


「なんだなんだこの村は? 素寒貧じゃねーか」


「俺、思い出した。確かこの村には昨日も来た」


「やれやれ。これだから方向音痴は困るぜ」


「近隣の村からは奪うもんがなくなって来たなぁ」


「そろそろ、また遠征して新しい村でも襲うか?」


「遠いところに行くと、迷っちまうからな。俺達方向音痴だし」


「それより今日の飯だよ。また、収穫なしか?」


「しょうがない。女でも犯して帰るべ。おっ?」


 悪鬼達は立派な鎧を着込んだ見るも艶やかな黒髪の女騎士がいることに目を光らせた。


「見ろ。随分と立派な鎧を着ているぜ」


「あんな上等な服を着た人間、久しぶりに見たな」


「ああ、こりゃお頭へのいい土産になるぜ」


「しかも、うおっ。こいつ女じゃねーか?」


「貴様ら。誰の許可を得てこの領内を彷徨うろついている」


 オフィーリアは3体の悪鬼に臆することなく話しかけた。


 酔っ払っているのだろうか。


 よく見れば、頬や耳が紅潮していた。


「ここの領主、ノア様は悪鬼の居住を許可してはいない。即刻退去してもらおうか」


 悪鬼達はオフィーリアの体つきをジロジロと眺める。


 美しい娘だった。


 しかも身体つきも逞しい。


 人間の娘は抱いてもすぐに壊れてしまうことが多かったが、この女ならしばらくの間、楽しめそうだ。


「そんなことより姉ちゃん。少しあそこの路地裏にでも行こうや。楽しいことをしてやるぜ」


 悪鬼の一体が肩に手を置こうとする。


 オフィーリアは悪鬼の腕を切り飛ばした。


「あっ? あっ、あああああっ」


「汚い手で私に触るな。許可なく私に触れていいのはご主人様だけだ」


「おっ、俺の腕、俺の腕がぁああ」


「このあまっ。何しやがる」


 残る2体の鬼も手を伸ばすがことごとく腕を切り落とされる。


「ぎっ、ぎゃあああ」


「あっ、ああああー」


「ふん。虚仮威こけおどしだな」


 途方もない巨体、計り知れないパワーを持っている悪鬼だが、手先が極端に不器用なため、長い得物を扱うのは苦手だった。


 そのため素早い剣技にも対応できない。


「帰ってお前達の親玉に伝えろ。今すぐ街から出て行くなら見逃してやる。1週間以内だ。それ以上は命の保証はしないとな」


「ひっ」


「うわあああ」


 両手を失った悪鬼達は、血相を変えて逃げ出す。


 何度も転びながら村から出て行った。


 オフィーリアが剣を鞘にしまって、荷車を引いていた男達に近づくと、彼らは青ざめてガクガク震え出した。


「ひっ、ひいっ」


「た、助けてくれ。命だけは」


「安心しろ。私は新たにこの地の領主となったノア様によって派遣された武将オフィーリア。あなた達を助けに来た」


「えっ? 新たな領主様?」


「ということは……人間?」


 どうやら彼らはオフィーリアのことを悪鬼と勘違いしていたようだ。


 実際、悪鬼を倒せるのは悪鬼だけだと彼らは決めてかかっていた。


「あ、あんた。なんてことしてくれたんじゃ」


 この集落の長らしき老人が出てくる。


「あいつらは街を占拠しとる悪鬼の中でも頭領に近いもの。必ずやたくさんの悪鬼を連れて、この村に報復に来おるぞ」


「ご安心ください、ご老人。我々は奴らが来る前に街を攻撃するつもりです」


「な、なんじゃと?」


「皆の者、聞け!」


「クルック領の領主は変わった。新たな領主、アークロイ公は武勇知略に優れ、民への慈愛を忘れることがない。また、果断で迅速な行動を心掛けておられる真の勇者だ。私はアークロイ公より派遣されてきた武将オフィーリア。必ずや悪鬼供を駆逐し、この村に再び平和をもたらすだろう」


 この言葉を聞いた住民達は歓声に湧き立った。


 すぐにオフィーリアは悪鬼達が引かせていた荷車を住民達に分け与えた。


 住民達は久方ぶりのまともな食事にありつけるのであった。


 村には希望が満ち溢れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る