第13話 強固な砦
騎士ヴァーノンによって伝えられた命令によって、アークロイに動揺が起こった。
大公の見当外れな想像によって出された命令にもかかわらず、大公は未だそれを撤回しようとする動きを一切見せなかった。
旧クルック領の家臣達の間でノア降ろしの気運が高まる。
軍事力を取り上げられた彼らに直接的な行動を取ることはできなかったが、外国の勢力を利用してノアを追い出し、旧クルック領主を呼び戻してかつての実権を奪還することならできそうだった。
彼らは外国勢力と頻繁に連絡を取り合い始める。
また、周辺領主の間でも反アークロイ公の動きが目立つようになってきた。
一応はノアのことを新領主と認め、お祝いの言葉を述べにやってきていた彼らだが、大公による旧領主への返還命令が下されると、これを大義名分にしてノアに対抗しようとする気運が高まった。
ノアの勝因が、農民達を動員して兵力に組み込んだことだと分析した周辺領主達は、ノアの真似をして自分達も兵力を増強しようとする。
これらの不穏な動きを察知したノアは、周辺領主との同盟締結を急ぐことにした。
とりあえず、パーティーでもかなりの好意を寄せていたルーク公との攻守同盟を締結しようとする。
というのも、このルーク公の領地にはノアの領地との国境に強固な砦を有しており、この砦に立て篭もられて抵抗されれば攻略するのに相当手こずりそうだったからだ。
オフィーリアもこのルーク領との同盟締結を急ぐよう進言する。
幸い、ルーク公は同盟締結に前向きだった。
ところが、ルーク公は例のパーティー以降、急に態度を変えて、同盟締結を渋るようになる。
ノアが催促しても、今はまだ時期ではないと言い始める。
そしてついには「どうしても急ぐようなら、我が領地までお越しいただきたい」などと言い始めた。
ノアは納得いかないものを感じたものの、ルーク領まで出向くことにした。
しかし、実際に砦まで来ると、砦兵が妙にソワソワしている。
危険を感じたノアは連れてきた部下に先に砦の中に入って様子を見てこいと言って砦内に派遣した。
そうして部下が帰ってくるのを待っていたが、部下は待てど暮らせど、一向に帰ってこない。
おかしいと感じたノアは、ルーク公に対して使節を寄越すも「同盟を結びたいのであれば我が城までお越しいただきたい」の一点張りで一向に話が進まない。
また、帰ってきた使節によると、砦の中は守備兵が詰めかけており、とても同盟締結予定の人間を歓迎する雰囲気ではないという。
それどころか入ってきたところを罠に嵌めて絡め取ってやろうという気配がそこかしこに感じられた、と報告してきた。
これでは埒が明かない。
ノアが「同盟を結びたいなら、さっさと国境付近まで来い」と最後通牒を突きつけたところ、ルーク公は「じゃ、お前と同盟結ぶの無理だわ」と答えを返してきた。
ルーク公が同盟を結ぶ気がないと悟ったノアは、やむなく自分の領地に帰る。
砦の兵士達は、「アークロイ公が砦の前に怖れをなし、一戦も交えることなく敗走」と自分達の成果を大袈裟に喧伝した。
そうして自分の領地に帰ったノアを待ち受けていたのは、反抗的になった旧クルック領の家臣達だった。
「かーっ、ぺっ。なんでオメーの言うことを聞かなきゃならねーんだよ。おう?」
「だりー。マジやってらんねーわ」
「おうおう。新領主さんよぉ。ルーク公と同盟締結するって話はどうなったんだよ。ん?」
いい歳したおっさんが中学生みたいな態度を取ってくることにオフィーリアはキレそうになった。
重臣数名がノアの前に進み出てくる。
「アークロイ公。武力ですべてを解決できると思っては大間違いですぞ」
「そうですぞ。彼らのやさぐれた態度を見てみなさい。あなた様の武断的な態度にすっかり不貞腐れて、このような態度を取っております」
「かーっ、ぺっ」
「そのように乱暴なことばかりするからうつけなどと呼ばれて、大公からの信用も失うのです」
比較的穏健なおっさんもこの有様であった。
少し面子を損ねただけで昨日の友が今日の敵となる、政治の怖いところであった。
「ノア様。こいつら殺していいですか?」
「あっ、ちょっと待って」
剣に手をかけようとするオフィーリアをノアは制止した。
「いきなり家臣を殺すのは流石にマズい」
「けれどもこいつら絶対反乱を企ててますよ。ルークの領主が急に態度を変えたのだって、おそらくこいつらが一枚噛んでるでしょうし」
「とはいえやっぱ殺すのはマズい。ルーク公との戦争は決定的だ。もうどうせ外交は失敗だし、内政でポイントを稼いでおこう。そのためにもここいらでガス抜きしておくのも悪くない。いったん泳がせといて、彼らの言い分を聞いてみよう」
オフィーリアとのヒソヒソ話を打ち切ったノアは、彼らの方に向き直る。
「ふむ。では、お聞きするがご老人方よ。いったいどうすれば私は再び支持を得られるのかな?」
「うーん。そうですなぁ。一度離れた人心を取り戻すのは、至難の業ですが。ドレッセン地方の悪鬼を退治すればあるいは……」
「悪鬼を退治?」
(そういやこのアークロイには、悪鬼が出るんだっけ)
悪鬼とは鬼人の中でもダークサイドに堕ちた者達のことを言う。
元々は鬼人だったが、人間や同族の鬼人を食い続けたために魔族化したという。
人間の姿に角が生えただけの鬼人と違い、豚のような顔つきになってしまってもはやどう見ても人間とは思えない見た目になっているという。
また、理性を失っているため、人間との共存は不可能であると言われている。
一度、人間の味を覚えてしまうと、食すのをやめられなくなってしまうのだ。
その一方で、体つきは頑強になり、凶暴化して、残忍になり、暴虐の限りを尽くす。
悪鬼の暴虐に晒された鬼人達は、対抗するために自分達も悪鬼になろうとする傾向があり、歯止めをかけなければどこまでも悪鬼化の連鎖が止まらなくなる。
「クルック西端の土地ドレッセンでは、長年悪鬼どもが跋扈して、集落を占拠しておりましてな。前領主もほとほと手を焼いていたこの問題を解決することができれば、今回の外交の失敗を取り返すこともできるかもしれませんなぁ」
(結局、武力でしか解決できないことじゃないか。この無能どもが)
オフィーリアは内心で毒付いた。
「ただ、これは我々が何十年かけても解決できなかった問題ですからなぁ。新人領主であるアークロイ公には少々荷が重いのではないかと思いますがねぇ」
「ま、いいだろう。その件、請け負おう。悪いけど、オフィーリア、ちょっくら調査および悪鬼退治に行ってくれる?」
「やむを得ませんね」
オフィーリアは兵1万と共に悪鬼の跋扈すると言われるドレッセン地方へと向かった。
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