第7話 オフィーリアの統率

「領主様。どうか鬼人達にも居住権をお与えください」


「彼らから土地を取り上げてはこのアークロイは立ち行きません」


 アークロイの代表者達がノアに対していの一番に訴えてきたのはそのことだった。


「よきにはからえ」


「おお、ありがとうございます」


 代表者達はノアの物分かりのよさに感動した。


 実際、ノアからすれば鬼人を兵力労力として活用できるのはメリット以外なかった。


 ノアは彼らの相手をしながら練兵場のことを考える。


(今頃、オフィーリアは兵士達を統率している頃か)


 騎士1人につき兵士9人動員が通例となっているのには、一応合理的な理由がある。


 統率はレア適性であり、ほとんどの人間は統率Dが限界なので、1人につき10人までしか指揮できないのだ。


 ゆえに一旦城に集まってから出撃する。


 城は1つにつき1000人まで騎士を収容することができ、兵力1万人を維持するには城1つに匹敵する施設が必要だった。


 ノアは今のところ城を1つも持っていないため、せっかく集まった1万の兵を維持することができない。


 しかし、統率Aの者がいれば話は別だ。


 統率Aの者はその類稀なカリスマ性により、一度配下にしさえすれば、常時1万人の兵力を維持することができる。


 つまり動く城なのである。


 ノアが1万の兵をオフィーリアに一任したのにはそのような背景があった。


(頼むぞ。オフィーリア。集まった兵力を統率できるかどうかは君の手腕にかかっている)


 ノアはオフィーリアが軍団の掌握に務めている間、地元の有力者達に会って税制の整備など内政に専念する。




「さて、みんなよく集まってくれた。私はオフィーリア。領主様からアークロイ軍の最高司令官に任命された者だ。以降、君達を鍛え、共に戦うことになるのでよろしく頼む」


 練兵場に集まった志願兵達は、オフィーリアのその言葉にキョトンとする。


「なんだ。領主様が指揮を取るんじゃねえのかよ」


「しかし、デカい女だな」


「冗談じゃないぜ。こっちは深夜家を発って隣の村から馳せ参じたっていうのに」


 集まってきた者達は拍子抜けして口々に不平をもらす。


「さて、訓練に先立って、まずは君達の実力を見ようと思う。腕に覚えがある者は誰でもいい。そこにある模擬剣を取って私に打ち掛かってきたまえ」


 兵達はこの冗談にも聞こえる提案にどう反応していいかわからず互いに目配せする。


「もし、私から一本でも取ることができたら、領主様から金貨1枚が下賜される」


 オフィーリアは傍の箱を開けて、中にぎっしり詰まった金貨を披露する。


 男達の目の色が変わった。


 オフィーリアは箱に鍵をかけて、鍵を胸元にしまう。


「ただし、もし私に負けたら日が暮れるまで走り込みしてもらう。さ、時間が惜しい。誰でもいいからかかってこい」


「よし。俺がいくぜ」


「いや、俺だ」


 男達はオフィーリアに剣を浴びせようと我先にと進み出る。


 気合いのかけ声の後、何か重い物が壁に激突する音、剣が弾き飛ばされる音、そして悲鳴と悶え苦しむ声が練兵場に響き渡る。


「ぶっ」


「ぐはぁっ」


「ひでぶっ」


「どうした。来ないのなら私から行くぞ」


「ちょっ、待って」


「ぎゃああああ」


「う、うわああああ」


「だっ、誰か助けっ」


 その日1日、訓練場から男達の悲鳴が途切れることはなかった。


 翌日から馬に乗ったオフィーリアを先頭に志願兵達が走り込みをする様子が領内のあちこちで見られた。


 オフィーリアは兵達が自身の威令に服したことを確認すると、彼らを連れて領内の村々を練り回り、新領主が着任したにもかかわらず挨拶に来ない有力者や、兵役に耐えうる身体を持っているにもかかわらず募兵に応じない者達を見つけては、新領主の威光に服しない者がどうなるかわからせていった。


 ついでに領内を荒らしている盗賊団も見つけ次第討伐して、殲滅したり、自軍に吸収したりした。


 そうして、領内の村々を隈なく巡回した頃には、動員できる兵力のほぼすべてを自分の指揮下に組み入れ掌握した。


 彼女の後について来た者達も、長閑な暮らしをしていた頃からは比べ物にならないほどたくましくなっており、すでに地獄のような戦場を何度も経験してきた歴戦の猛者のような雰囲気を漂わせていた。


 しばらく家を空けていた夫が帰って来たと思ったら、すっかり人相が変わっていて仰天した妻や家人の姿が、村のあちこちで見られた。


 彼らは家に帰ってスープを一口含むとおもむろにポロポロと涙を流し始めて、家族をオロオロさせた。


 何せ彼らはオフィーリアについて回っている間、まともなものを食べられなかったのである。


 それでも「ついて来れない者はもう一度私と試合をしてもらう」とオフィーリアに言われたため、どれだけ過酷な行軍でも必死に彼女について行くしかなかった。


 しかも彼女は兵卒1万人の顔と名前をほとんどすべて覚えているため、この領内のどこにも逃げ場はなかったのである。




 領地に赴任して1週間。


 オフィーリアによる軍団の掌握が済んだというので、ノアは閲兵式を執行とりおこなうことにした。


 領主の館から少し離れたところにある広場に足を運ぶ。


「軍団の掌握は済んだそうだな。オフィーリア」


「はい。今からご覧に入れようと思います」


「ふむ。誰もいないな」


 見渡す限り閑散とした平原だった。


 人っ子1人見当たらない。


「少々お待ち下さい」


 オフィーリアは角笛を吹いた。


 竜の咆哮を思わせる勇ましい音色が響き渡ると、それに応えるように別の複数の場所でも角笛が木霊した。


 やがて丘の向こうに土埃が立ちのぼったかと思うと、大人数の足音が聞こえてきて、武器を持った兵士達が広場を埋め尽くす。


 兵士達は叫んだ。


「うおおおおお」


「領主様万歳! 司令官万歳!」


「オフィーリア司令、我々に指令をください!」


 声の壁が大気を通してビリビリと伝わってくる。


(やり過ぎだろ)


 1万人近い兵士が雄叫びをあげるのを前にして、ノアは若干引いてしまった。


(独裁国家かな?)


「いかがでしょうか」


「うむ。ちゃんと領内の兵士を1つにまとめているようだね。ちょっとやり過ぎな気がしないでもないが」


「えへへ」


 オフィーリアはノアに褒められて照れ臭そうにする。


「1週間は水とクッキーだけで走り続けられるように鍛え上げるつもりです」


(モンゴル軍かよ)


「領主様の方で何か希望などありますか?」


「うーん。そうだな」



 兵士

 統率:E→C



「統率Cクラスの資質持ちが100名ほどいるようだ。彼らを育てて、小隊長にするといいかもしれない。いざとなれば独立小隊として運用できるからな」


「なるほど。それは気づきませんでした」


「一定の権限を移譲して責任感を芽生えさせると共に競争を促進させれば自然と成長するだろう」


「かしこまりました。そのようにさせていただきます」


 オフィーリアは軍団の前に進み出る。


「諸君。領主様は君達の中から小隊長を選抜し、任命される予定だ」


「「「「「うおおおおお」」」」」


「能力のある者は身分にかかわらず、取り立てられるだろう。弛まずに訓練を続けておくように」


「「「「「うおおおおお! 領主様、ありがとうございます!」」」」」


 1万人近い兵士達が一糸乱れず声を張り上げ、敬礼する。


 任せておいてなんだったが、怖かった。




 オフィーリアが領国の兵を統率している頃、隣国クルックの上層部では僻地アークロイに訪れた新領主について謀議を巡らせていた。


「アークロイの領主が新たに任命されたようだ」


「困りますなぁ。今更、新領主など来られても」


「我々の中でアークロイ公はすでに存在しないことになっているのだから」


「新領主は緋色の外套で館に着任したそうな」


「武力による平定を宣言したようなものですな」


「さらに鬼人の居住も認めるつもりのようだ」


「ますます困りますなぁ」


「聞くところによると新領主はユーベル大公の4男坊なれど、大層なうつけだとか」


「他の3人の息子達はいずれも優秀なのに1人だけ不出来すぎて。愛想を尽かされ僻地アークロイを手切れ金代わりに家を追い出されたとのこと」


「元々、あの土地はユーベル大公領とは孤立無縁。切り取ることなど造作もないだろう」


「ちょうど隣国との係争も片付いたことですし、いっちょ仕掛けてみますか」

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