第8話 宣戦布告

 あれはノアとオフィーリアが18になった頃だったか。


 2人は大公の命により、とある崩れた城の修築工事現場に訪れていた。


 これは息子達の築城能力をテストするという意味合いもあった。


 大公の4人の子供達はそれぞれ当てがわれた城の修築に取り掛かる。


 そんな中、ノアは監督をオフィーリアに任せっきりにして、自分は工事現場の若者や作業員をたぶらかして、サイコロ博打に興じていた。


「噂通り、とんでもないうつけの坊ちゃんだな」


 作業員はそう口々に噂し合いながらオフィーリアの指示の下作業に取り組んでいた。


 彼女は万事、作業場の担当者とタスクの優先順位、期限を決めて統括し、効率よく回していく。


 作業場の者達は「あのうつけにはもったいない立派な騎士だ」と口々に言い合うのであった。


 しかし、ノアには狙いがあった。


 1つはオフィーリアの統率能力を高めること。


 もう1つは統率クラスの限界値を見極めることだった。



 作業員

 統率:C



(ほう。すでにCクラスか)


「君、何か人の上に立って仕事したことあるの?」


「いやー。バレちまいやしたか。あっしはこう見えて、若い頃、100人くらいの盗賊団を率いていましてね」


(100人か)


 ノアはその男を100人いる部署の責任者に任命した。


 するとその部署の作業効率が格段に上がった。


 その他、ノアが統率能力を見極めたところおおよそ以下のような限界値が 把握できた。


 Eクラス:1人〜9人

 Dクラス:10人〜99人

 Cクラス:100人〜999人

 Bクラス:1000人〜9999人

 Aクラス:1万人〜?


 その後、工事は異例の速さで進み、3ヶ月以上かかると見込まれていた修築は1ヶ月で終わった。




 僻地アークロイに新領主として就任して2週間。


 ノアにもアークロイの情勢があらかた掴めてきた。


 現在、アークロイにはノア以外に5つの勢力が存在している。


 クルック公、ルーク公、ファイネン公、キーゼル公、ヴィーク公の5人である。


 彼らは元々アークロイ公に服属する騎士達だったが、ユーベル大公がアークロイをほったらかしなのをいいことに勝手に独立して、城を作りそれぞれ領主を名乗っていた。


 ここまではすでにユーベル大公も半ば黙認していることであり、ほとんどの周辺諸国および法王も承認していることだった。


 だが、話はそれで終わらなかった。


 彼らは独立するだけでは飽き足らず、それぞれ自身がアークロイ公であると称して勝手に覇権争いをしていたのだ。


 しかも、決着がつかなかったため、彼らは現在停戦状態であり、停戦中は誰もアークロイ公を名乗らないことで合意していた。


 つまり、彼らの外交文書の上ではアークロイ公は存在しないことになっていた。


 そこに爆弾のように投げ込まれたノアのアークロイ公就任である。


 しかも彼らは鬼人から土地を取り上げる政策を取っており、ノアの方針と真っ向から対立していた。


 土地を取り上げられた鬼人は野盗や悪鬼となりアークロイの土地を荒らしていた。


 ノアとしてはさっさと彼らを再び服属させ、鬼人に土地を返却させなければ格好がつかない。


 ノアは5人の自称領主達に自分の元へ来て、服属するよう命じた。


「ノア様、クルックからの使者が来るのは今日でしたか?」


 オフィーリアはノアに尋ねた。


「ああ、彼らはアークロイ公の存在を事実上無視している。一刻も早く態度を改めさせないと」


「ノア様に無断でアークロイ公の権威を否定するとは。不届千万な輩どもですね」


「うん。特にクルックの騎士団がウチの領土を荒らしたり、クルックからきた悪鬼がウチの領土に侵入している件に関しては早急に協議する必要がある。お、そうこう言っているうちに来たみたいだぞ」


 クルックからの使者が訪れる。


 いかにも文官というなりをした男だった。


「ユーベル大公のご子息、ノア様。アークロイへの赴任おめでとうございます。我が主君クルック公もお祝い申し上げたいと述べております。つきましては、我らがクルック城まで御足労いただけますでしょうか?」


(ご子息……。やはりノア様をアークロイ公とは意地でも呼ばない気か)


「随分なご挨拶だな。まず、俺のことはユーベル大公のご子息ではなく、アークロイ公と呼んでもらおうか? それに俺の就任を祝いたいというのであれば、そっちからこちらに出向くのが筋じゃないのか?」


「おお、これは申し訳ありません。我が主君は現在、多忙ゆえこのような辺鄙な場所まで足を運ぶことができない状況です。ここは就任間もなく領地も少ないご子息の方が、我が主君の城まで御足労願うのがよろしいかと思います」


「就任間もない? 領地が少ない? なんだお前、就任期間や領土の大小で勝手に序列を決めてるのか? それがお前の主君の考えか? 俺はユーベル大公から由緒正しいアークロイ公の地位を受け継いだ者だぞ?」


「そうは言いましてもねぇ。どうかそう睨まれないでくださいよ。長年領主を務めておられるご主人様が、あなたのようなうつけを相手に、おっと、これは失礼。あなたのような来たばかりの方を相手に礼節を弁えろと言われましてもねぇ。返答に困りかねます」


「お? なんだ。お前。喧嘩か? この俺に喧嘩売ってんのか? お? やんのかコラ?」


「んん? なんですか? 喧嘩を売るというのですか? クルック様の名代である私に対して? それはクルック様に喧嘩を売ることと同義ですよ?」


「よーし。ならばいいだろう戦争だ。アークロイ公ノアはクルックに対して宣戦布告する!」


「かしこまりました。その布告、我が主君の耳にもしかと届けさせていただきます」


(ふっ。噂通りのうつけだな。こんな安っぽい挑発に乗るとは。この戦楽勝だな)


 クルックの使者はアークロイ公の館を後にした。




 後に残されたオフィーリアはノアに尋ねる。


「よろしいのですか? あのように売り言葉に買い言葉で戦争を始めてしまって」


「以前、クルック公はキーゼル公との間で領土争いをしていたそうだ。その時に1万の軍を集結するのにかかった期間はどのくらいだと思う?」


「さあ? どのくらいかかったのです?」


「1ヶ月だ」


「それはまた……、随分と時間がかかったようですね」


「つまりクルック城には統率E〜Dの武将しかいない。ふっ。まさか向こうから喧嘩を売ってくれるとはな。色々手間が省けたぜ」


 ノアはうつけの仮面を脱ぎ捨てて、その本性を表す。


「将軍オフィーリアに命じる。速攻で片をつけろ」


おおせのままに」




 オフィーリアは早速お触れを出した。


「クルックと開戦! アークロイ公に仇なす逆賊を討つ! オフィーリア様はすでに出立なされた。軍団兵は3日以内にルイニカに集結すること。遅れた者は厳罰に処す」


 オフィーリアのお触れは、領内の各地を雷電のように駆け巡った。


 それまで農作業をしていた者も角笛の音色を聞くやいなや「すわ戦か!」と農具を放り出して、武器を取り、急ぎオフィーリアの下に駆けつけた。


 すでにオフィーリアが領主の館を発ったことを知ると、その足で戦場に向かう。


 オフィーリアに躾けられた彼らは、オフィーリアの下に駆けつけることしか頭になかった。


 1秒でも遅れれば、オフィーリアによる地獄のようなしごきが待っている。


 武器を持った者同士、道の途中で見かければ、何も言わずとも一緒に走り集まって指定された場所を目指す。


 途中、小隊長クラスの者を見かければ、隊に加わったり、情報を共有したりした。


 隊の中に敵地に詳しい者はいないか?


 オフィーリア司令は今、どの辺りにおられるのか?


 敵の位置は?


 これらのことはすべて走りながら機動的に行われた。


 特に小隊長は100人の兵士を敵に削られることなく、戦地まで連れていかねばならないため、大変だった。


 彼らは昼夜を分たぬ強行軍で戦場に到着する。


 その甲斐あって、1日も経たないうちにルイニカには兵士1000人が集まった。


 オフィーリアが戦場に到着した次の日、ようやくクルック軍は200名の兵を引き連れてルイニカまでやってくる。


 オフィーリアの軍勢を見た敵将ゴドルフィンはうろたえる。


(バカな。ここは我が領内なのに。なぜ敵の方が集まるのが速いんだ)


 オフィーリアは敵が少勢な上、士気が低いことを見て取ると、まだ全軍が集まっていないにもかかわらず、攻撃を仕掛けることにした。


(やはりご主人様の将器を計る目に狂いはない。敵地だというのに5倍以上の戦力差で圧倒的に有利だ。今こそ、騎士に取り立ててくださったご恩を返す時)


 オフィーリアは大公領での日々を思い出した。


 今、思うとオフィーリアは大公のことを恨んでいた。


 両親を死地に追いやった上、騎士にさせてもらえず、両親の土地を継がせてくれなかった大公のことを。


 何よりもノアとノアの母を冷遇したことに心の底で怒りを覚えていた。


(ノア様は言ってくれた。私のために大公と戦うと。ならば私はノア様を守る。ノア様に敵対する者は全て滅ぼして!)


「かかれ」


 オフィーリアが低い声で命じると、兵士達は槍を構えて敵陣にゆっくりと歩み寄る。


 まだ戦う準備もろくにできていないクルック軍は、一糸乱れぬ隊列を組みながら進んでくるオフィーリアの軍を見て、恐れ慄き、戦う前から背後をチラチラと見る始末だった。


 オフィーリアの軍が一撃与えただけで、クルック軍は蜘蛛の子散らすように逃げ出した。


 敵将のゴドルフィンは、逃げていく味方を見てあたふたすることしかできなかった。


(あれが敵将か)


 オフィーリアは馬を駆って、目にも止まらぬ速さでゴドルフィンの下に詰め寄ると、首をねる。


 クルック軍は最高司令官を失い潰走した。


 こうして、このいくさの趨勢を決める戦闘はあっさりと終わった。


 オフィーリア圧勝の報は、その日のうちにアークロイ中に知れ渡る。

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