第6話 緋色の外套

 家来の選り分けが終わると、領主の息子達はそれぞれの荷物を馬車に積み込んで出発の準備をする。


 ノアも旅立とうとするが、アルベルトに声をかけられる。


「ノア。これから大変だろうが、そう気を落とすな」


「兄上。私は落ち込んでなどいませんよ。兄上こそ、これから隣国アングリンとの熾烈な戦いが待っています。どうかお気をつけて」


「ノア」


 アルベルトは目頭が熱くなったのか目元を手で覆った。


「とにかく持ち堪えろ。私も今の任務が終われば、必ずお前を助けに行く。その頃には父上の怒りも収まっていよう」


 ノアは内心苦笑した。


 今のアルベルトのやり方では何年経ってもアングリンを打ち負かせはしまい。


 兄の助けを頼りにしていてはそれこそジリ貧になるのがオチだった。


 ただ、自分のことを心配してくれているのは確かなようで、そこは素直に感謝しておくことにした。


「兄上、ご心配下さりありがとうございます。でも、そうですね。もし、我儘が許されるのなら、兄上の部屋に飾ってある緋色の外套を私にくださいませんか?」


「緋色の外套? あんなものをどうする気だ?」


「あれはかつてアークロイを平定した将軍が身に付けていた外套です。その後、時を経てアークロイの一部が我がユーベル領に割譲されるに当たって外套もユーベル家に献上されました。僻地では今もその権威が生きていると言われています。あれを私が身に纏って行けば、現地民の協力を得られやすくなるかと思いまして」


「ふむ。あの外套はそんな代物だったのか。変なことに詳しいな。いいだろう。私からの餞別だ。持っていけ」


「ありがとうございます」


 兄姉達が馬車に荷物を積むのに手間取っているのを尻目に、ノアとオフィーリアは最低限の荷物だけ持って、馬に乗り颯爽と館を後にした。


 その日のうちに領内から出て、関所を通過する。


 この時点での兄弟達の勢力は以下の通りである。


 ・アルベルト

 城:2つ

 配下の騎士:2000人

 兵力:2万人

 税収:2万グラ

 友好国:3つ


 ・イアン

 城:2つ

 騎士:500人

 兵力:5千人

 税収:4万グラ

 友好国:3つ


 ・ルドルフ

 城:1つ

 騎士:300人

 兵力:3000人

 税収:5千グラ

 友好国:3つ+10(予定)


 ・ノア

 城:なし

 騎士:1人

 兵力:1人

 税収:0グラ

 友好国:なし


 ちなみに城1つにつき騎士1千人を抱えることができ、通常1万グラの税収を得られるとされている。


 騎士1人につき兵士9人を動員するのが通例となっている(騎士本人も含めれば10人動員できる)。


 アルベルトはその卓越した人望により、城2つで騎士2千人を抱え、兵力2万まで動員でき、限界まで人員を埋めている。


 イアンはその卓越した内政能力により、城2つにもかかわらず通常の倍、4万グラの税収を得ている。


 ルドルフは騎士と税収においては2人の兄に劣るが、外交能力において10の友好国が味方につく予定である。


 ノアのみオフィーリア以外何一つ頼るものもなく自身の領地へ赴任しようとしていた。




 大公領を出たノアとオフィーリアは、友好的な隣国を経由して僻地アークロイを目指し、なるべく馬を飛ばした。


 都会の雑然とした空気が薄まり、田園風景が長く続くにつれて、明らかに人口密度が下がって長閑のどかになっていくのがわかった。


 そうして田園すら見えなくなり、荒地をいくつも経由すると、草深い田舎、僻地アークロイへとたどり着く。


 ススキのような背の高い植物を掻き分けて進むと、どこまでも続く田園と共に茅葺き屋根の家が点在する景色が広がった。


 一見、長閑な風景だったが、家のそこかしこには破壊の跡があり、田舎の脇には外敵を追い払うための槍が立てかけられている。


 決してこの僻地も乱世の風雲と無関係ではないことが見て取れた。


 畦道の向こう、ウネウネと曲がりくねりながら続く緩やかな上り坂の先、小高い丘の上に、少しくたびれてはいるが周囲の家々に比べれば格段に立派な門構えの屋敷が見える。


 あれが僻地アークロイを治める地方官、もしくは領主のためにあつらえられた屋敷に違いなかった。


「予定通り事を運ぶことができましたね。お父上の方からアークロイを押し付けてもらうという、ノア様の思惑通りに……」


「ま、もらえなくてもどの道ぶんってたけどな」


 ノアが緋色の外套を身に纏いながら館に向かって馬を進めると、家々が騒めき始めた。


 みんな緋色の外套を見てハッとする。


「おい、あれ」


「来たぞ」


「まさかあれが」


 その騒めきは、家から家、人から人へと小波さざなみのように広がっていき、やがて大きなうねりへと発展していく。


 あらかじめノアが赴任する旨は現地の有力者に手紙で伝えていたが、どうやらその知らせは現地民に遺漏なく伝わっていたらしい。


 領民達は期待に目を輝かせながら、ノアが進める馬について来る。


 ノアが広場についた頃には、どこにこれだけの人がいたのかと思われるほど大勢の住民達が集まっていた。


 領民達の中には角の生えた者もいる。


 半人半鬼の亜人、通称鬼人に違いなかった。


 ノアの狙い通り、緋色の外套も新領主のやる気の現れとみなしてくれた。


 老齢の者の中には緋色の外套を見ただけで、神に縋るように跪き祈りを捧げる者までいる始末だった。


「あれが我らの新しい領主様か」


「緋色の外套を着ているぞ」


「立派なお方じゃないか」


「お供の方も物凄い背丈じゃな」


「これは期待できるのでは?」


(聞いていた以上だな)


 ノアは予想以上の好感触を感じていた。


 アルベルトには黙っていたが、この緋色の外套にはもう一つの意味がある。


 武力でもって僻地を平定する。


 アークロイの現地民に緋色の外套はそう捉えられていた。


 実際、アークロイの領民達は、戦乱の世に不安を抱き、武力によって自分達を導いてくれる領主の到来を待ち望んでいたのだ。


 隣国や悪鬼からの侵略・略奪を度々受けて、場当たり的に対応しているものの、纏められる権威の持ち主がいない。


 アークロイの領民達は再三に渡って大公に代官を派遣するよう要請していたが無視されていた。


 そんな中、側室の子とはいえまさかの実子が着任してくれるという知らせに領民達は湧き立った。


 領民達に導かれるようにして、ノアは広場の中央に置かれた台座に立ち、演説を始める。


「皆の者、朝早い中よくぞ集まってくれた。私がユーベル大公の4番目の息子にして、今後このアークロイの地を治めるノアだ。皆の窮状については私もよく聞き及んでいる。他国の侵略や悪鬼の襲撃に領地を脅かされているにもかかわらず、地元の騎士を纏められる者がおらず、対応に苦慮しているそうだな。だが、私が来たからにはもう安心だ。今日からでもすぐに軍団を編成して、事に当たることを約束しよう。早速、私は一軍の兵を募集することにする。腕に覚えのある者ならば騎士でも領民でも構わない、こぞって志願してくれ。立ち所にこのアークロイを強化し、侵略して来る隣国および悪鬼どもを撃退してみせよう」


「「「「「う、うおおおおお」」」」」


 領民達は新領主の期待を裏切らない演説に湧き立った。


 その日のうちに館の付近はおろか近隣の村々からも志願兵が集まってくる。


 ノアは集まってきた志願兵をオフィーリアの指揮下に置いた。


 そしてこれ以降、彼はノア・フォン・ユーベル改め、ノア・フォン・アークロイとなり、アークロイ公を名乗ることとなる。


 ・ノア・フォン・アークロイ

 城:なし

 配下の騎士:1人

 兵力:1万人(+9999)

 収入:?

 友好国:なし

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