第2話 成人の儀

 成人の儀はこの世界の貴族の子弟が成人すると共に必ず行う儀式である。


 この儀式により、彼らはギフトと呼ばれる天職と称号、守護霊が告げられ、この世界に生まれた理由、使命、適性、身に付けるに適した技能を悟ることになる。


 家系や血筋を重視する貴族階級において、とりわけこのギフトは重要であり、領主達は自分の領地を継ぐ息子娘が恵まれたギフトを授かることを願ってやまない。


 戦乱の世である今世において、ギフトの重要性はますます高まっており、領地の将来性、戦の趨勢、抱える家臣に対する影響力を占うための指標として位置付けられている。


 ギフトは成人になってから授かるのが望ましいとされ、現状貴族の特権となっている。


 ギフトの授与は教会の聖堂にて行われ、神官から言い渡される。


 領主は息子達を連れて、新たに与えた領地を発表した部屋からすぐ隣の聖堂へと足を運び、ルドルフとノアの成人の儀を執り行った。


「では、ルドルフ、この水晶に手を触れなさい」


 神官がそう言うと、ルドルフは水晶の前に進み出る。


「はいよ」


「おおっ。これは!」


 神官は目を丸くした。


「いや、なんと今日はめでたいことか。レア度Aのギフトが2つも出るとは」


「と申すと?」


 大公が身を乗り出す。


「この文字を見てください」


 神官にしか読めない神聖文字。


 とはいえ一応模写すれば証拠として成立する。


 すでに聖職者の位を得ている次男イアンも眼鏡の位置を直しながら、神聖文字に目を凝らしている。


「大公様、お喜びください。ルドルフ様の授かったギフト、それは【大富豪】と【天馬の加護】です」


「なんと! 真か!」


「神に誓って間違いありません。この神聖文字はどこからどう見ても【大富豪】と【天馬の加護】としか読むことができませんとも」


「父上、神官殿の言っていることは真です。この私が保証しましょう」


 イアンが神官の診断に太鼓判を押す。


「ルドルフよ。お主はなんと親孝行なことか」


 大公は感激のあまりルドルフに抱きついてしまう。


「ははは。やめてくださいよ父上。気が早すぎますって」


「そんなことはない。これでお前の未来は約束されたも同然だ。父として誇りに思うぞ」


 大公だけでなく、家臣達も惜しみない拍手をルドルフに送る。


 ルドルフは満更でもなさそうに家臣達に手を振って応じる。


 大公も先ほどまでカリカリしていた態度を和らげニコニコと愛想のいい笑みを浮かべる。


 ルドルフが素晴らしいギフトを得られた。


 この分ならノアもいいギフトを得られるだろう。


 なるほどノアは、奇行ばかり繰り返すうつけで、人格・能力共に短所の多い息子だが、ギフトさえよければそれらマイナスを補って余りあるプラスをユーベル大公領にもたらしてくれるだろう。


「さて、それじゃあ次はノアの番だな。神官よ。早速、我が息子の輝かしいギフトを判定してやってくれ」


「はっ。では、神の子、ノアよ。前に出てこの水晶に触れなさい」


「はい」


 ノアは流石に神妙な態度で水晶に触れる。


 大公は殊更愛想のいい笑みを浮かべながらその様子を見守る。


 先ほどノアに対して見せた神経質な態度が嘘のようだった。


 水晶に神聖文字が浮かぶ。


 神官は目を見開いた。


 目に穴が開きそうなほど、水晶を凝視している。


 あまりにも熱心に水晶を見つめるため、眼球がこぼれ落ちるのではないかと心配になるほどだ。


 その様は必死で何かを探しているようだった。


 目には細長い赤い線が無数に走り、唇は震えている。


「どうした神官よ。神聖文字は出ているではないか。早く、ノアのギフトを皆に教えてやってくれ」


「……はい」


 大公に声をかけられて、ようやく神官は水晶から目を離した。


 一瞬、ノアに同情の目を向けた後、大公の方に向き直る。


「大公よ。どうか落ち着いてお聞きください。ご子息に与えられたギフト、それは【鑑定士】です」


「うむ。そうか。他には?」


「他にはありません」


 聖堂は水を打ったようにシーンと静まり返る。


「では、お主はノアに与えられたギフトが【鑑定士】だけと、そう申すのか?」


 大公は唇を震わせながらようやく言葉を発した。


「はい。まさしくその通りです。ノア様に与えられたギフトは【鑑定士】。それだけです」


「なんだ結局、【鑑定士】だけか」


 ノアの気の抜けた声が、静まり返った聖堂に妙にはっきりと拡散される。


「これならギフト判定なんてしなくても……」


「この痴れ者が!」


 大公は手に持っていた杖でノアの横っつらを思い切り殴った。


「ぐあっ」


 ノアは床に倒れ込む。


「いうに事欠いて【鑑定士】だと!? そんな何の役にも立たないギフトを授かるとは。このうつけめ。他の兄弟達が優秀なギフトを授かる中、貴様だけだぞ。こんな役立たずのギフトを授かったのは」


 ノアは切れた唇の血を拭いながら起き上がる。


 殴られたにもかかわらず、その顔には不敵な笑みを浮かべていた。


「ふっ。お言葉ですが父上。どんなギフトも使いこなせなければ、宝の持ち腐れですよ」


「よりにもよって家臣を集めたこの場でわしに恥をかかせおって」


「逆にどんなギフトでも使いこなすことができるなら、誰もが一廉ひとかどの人物になれる!」


「だいたい貴様はいつもいつもこうだ。ワシの手を煩わせることばかりしおって、このうつけが!」


「会話になってませんね」


 イリーナが可笑おかしそうに言った。


「ああ。こうなっては父上はもう何を言っても無駄だ」


 イアンが諦めたように言った。


「もう我慢ならん。ノア、貴様は今日限りでこの領地を追放じゃ」


「お待ち下さい、父上」


 長男アルベルトが大公の前に進み出て言った。


「この愚弟はうつけといえど、ユーベル家の末息子。いくら側室の生まれとはいえ、追放処分というのはいささか外聞が悪いかと」


 流石の大公もアルベルトの進言とあっては、耳を傾けて冷静にならざるをえない。


「ふー。確かにそうだな。追放処分はやりすぎか。だが、どうする。こんな【鑑定士】などという何の役にも立たんギフト持ちに領地を持たせるわけにはいかんぞ」


「父上、私に一計がございます」


 ルドルフが意地悪そうな笑みを浮かべながら進み出た。


「ノアにはかの僻地アークロイを与えるというのはいかがでしょう」


「アークロイを? はっ。そうか。わかったぞお主の言いたいことが。あの何も生み出さぬ不毛の地をこやつに与えて、厄介払いしようというのだな」


「はい。アークロイは我がユーベル大公領の中でも飛び地な上、鬼も住んでいるという治めるのが難しい土地です。かと言って、何もせず放置すればそれはそれで外聞が悪い。他国に攻め取られれば我が国が負けたかのように吹聴されますし、領民達の反乱にあえば我が家は飼い犬に噛み付かれた間抜けとそしりを受けかねません。それをこのうつけに領地として分け与えたことにすれば……」


「そうすれば、たとえ他国に攻められたり、領民の反乱に遭ったとしても、ていよくこの馬鹿者に責任を押し付けられるというわけだな。ふはは。さすがはルドルフ。なかなかよくできた計略ではないか。よし。ノア、お主には僻地アークロイを与えよう。異論はあるまいな?」


 聖堂に大喝采が響き渡る。


「おめでとうございますノア様」


「ノア様万歳!」


「僻地アークロイに栄光あれ!」


「いやぁ。よかったよかった。懸案事項が2つも片付いて」


「これで我が領も安泰ですな」


 その後は歓談の場が設けられ、大公一家と家臣一同、和やかな雰囲気で食事と社交を楽しんだ。


 一家の問題児など初めからいなかったかのようである。

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