僻地に追放されたうつけ領主、鑑定スキルで最強武将と共に超大国を創る

瀬戸夏樹

第1話 大公領のうつけ

 聖と魔が混在する大陸ギフティア。


 その大陸の東南に位置する国、ユーベル大公領。


 領主フリード・フォン・ユーベルによって治められたこの国は、広大な領地を有し、発展した商業都市と17の堅城を傘下に入れ、数多の国が綺羅星のように興っては破れる戦乱の世においても安定した繁栄を誇り、大陸でも有数の大国として名を馳せていた。


 この日、大公領主の館ではフリードが主だった家臣と子供達を謁見の間に呼び寄せていた。


 ユーベル家では代々子供達が成人を迎えるに当たって、領地の一部を譲り、統治させるならわしがあった。


 この日は3男ルドルフと4男ノアが成人の儀を執り行う予定だ。


 大公フリードは集まった家臣と息子達にその白くなった髭を綻ばせながら語りかけた。


「我が国を支える家臣達よ。今日はよくぞ集まってくれた。お主らの日頃の貢献の数々はすべてこの耳に届いておる。いずれも戦いとなれば万力の勇者となって敵を撃ち破り、その地を治めれば賢臣となって民を安らかに慰撫する。おかげでこの国はますます勢威盛んになり、民は豊かさを享受している。戦乱の嵐が吹き荒ぶ今世にあって、我が国はまるで凪のように静かだ。さて、今日お主らに集まってもらったのは他でもない。3男ルドルフと4男ノアが揃って成人の儀を迎えることとなった。それに加えて、すでに成人済みの2人の息子達にも新たに領地を安堵した上で、改めて皆に紹介しようと思っている。子煩悩と思われるかもしれんが付き合ってくれるかの」


 家臣達は領主の計らいに賛同を示すように喝采をあげた。


「大公フリード様万歳」


「ユーベル領万歳!」


「大公様の統治に幸あらんことを」


「大公様と4人のご子息に神の恩寵があらんことを!」


 家臣の返答に満足した大公は、手をかざして静まるよう促した。


 家来達はピタリと声を張り上げるのをやめて、直立不動の姿勢になる。


「皆、ありがとう。では、早速、紹介していこう。まずは長男アルベルト」


「はっ」


 身に付けた鎧からもわかる広い肩幅と優しげな面立ち。


 いかにも正義の騎士といった容貌の持ち主、長男のアルベルトが前に進み出る。


「アルベルトよ。お主は公明正大にして他者を思いやることのできるまさしく領主の器の持ち主。功ある部下には恩賞を与え、下々の者を労うことも忘れない。その責任感と人望において他に並び立つ者はおらず、兄弟達の長としても模範的な人格の持ち主だ。父として誇りに思う。成人の儀において与えられたギフトも【聖騎士】と申し分ない。お主には敵国アングリンと境を接する我が国守りの要フルーゲン城をすでに与えておる。聞くところによると、一軍の将でありながら最前線に立って、何度も一騎打ちで勝利を収めているそうだな。今回、その功績に報い、新たにバヌス城の守りも任せよう。この領地を引き継ぐ第一後継者としてますます精進すること期待しているぞ」


「はっ。父上のご期待に応えられるよう、精一杯頑張らせていただきます」


 アルベルトのシンパ達から喝采が上がる。


「アルベルト様万歳!」


「フルーゲン城に栄光あれ!」


「戦の神よ。我らが次期領主に勝利を与えたまえ!」


 大公は家臣達の反応に満足して深く頷いた。


「では、次にいこう。次男イアン」


「はい」


 進み出たのは法衣を着てメガネをかけた細面ほそおもて、痩せ型の学者肌な青年。


 このいかにも秀才を思わせる容貌の持ち主、次男イアンが前に進み出る。


「イアンよ。お主は学業に優れ博識で、その知見は海より深く、山よりも高い。聖職者として地位を得ることは確定している。その優れた知恵を内政に活かし、アルベルトを補助して欲しい。成人の儀において与えられたギフトも【大賢者】と申し分ない。お主にはすでに我が領地きっての大聖堂のある領地とラウン城の統治を任せておる。聞くところによると、すでにその卓越した内政能力で領地の税収を2倍に増やしておるそうだな。今回、その功績に報い、新たにニルス城の城主にも任じよう。その知見でこの領内の内政を司り、兄弟姉妹や家臣、領民達のよき助言者となること期待しているぞ」


「はっ。謹んでお引き受けいたします」


 次男イアンのシンパ達が喝采を上げる。


「イアン様万歳!」


「ラウン城に栄光あれ!」


「知恵の神よ。我らの賢者に常世の叡智を授けたまえ!」


 主に牧師や学者など宗教・大学関係者からの声援だった。


 大公は家臣達の反応に満足する。


「次に3男ルドルフ」


「はい」


 豪華な羽飾りのついた帽子をかぶった青年が、軽やかな足取りで進み出た。


 才覚はありそうだが、やや鼻につく狡猾そうな面持ち。


 このいかにも鼻持ちならない貴公子を思わせる彼が3男のルドルフである。


「ルドルフよ。お主は機知に富み、利に聡く目から鼻に抜けるような頭のよさだ。その変化に即応する様はまさしく臨機応変。生まれが貴族でなく庶民であれば大商人になっていたであろう。幸いにも世は戦乱。昨日の敵は今日の友となるのが常の時代、変化への対応力はますます重要になっておる。お主にはその才覚を活かして我が国の外交を担当してもらいたい。聞くところによると、すでに各国の重要人物に働きかけ、10もの国と友好同盟を結ぶ算段をつけておるそうだな。今回、その努力を評価し、我が領地きっての国際都市コスモとその城の統治を任せるつもりじゃ。我が国の将来はひとえにお主の外交能力にかかっておる。期待しているぞ」


「はっ。父上の期待を裏切らぬよう、心してお引き受けいたします」


 3男ルドルフのシンパ達が喝采を上げる。


「ルドルフ様万歳!」


「コスモ城に栄光あれ!」


「幸運の神よ。我らの導き手の先行きを照らしたまえ!」


 主に商人や外国からの使節など外部関係者からの声援だった。


 大公は彼らの反応に満足する。


「さて、最後になったな。ふう」


 大公はそれまでの朗らかな口ぶりから一転、重苦しい口ぶりになる。


 それに伴い室内にもどんよりした陰鬱な空気が流れ始める。


「末息子のノア」


「はい」


 前へと進み出てきたのは、飄々とした雰囲気の末弟ノア。


 その眠たげな顔つきからは、ようやく話が終わったかと、いかにも退屈そうなのが伝わってくる。


 それは早くも大公をイライラさせた。


「ノア、お主はなんというか、昔から奇矯なことばかりする、うつけ……じゃなかった。その……メイドに剣を持たせたり、メイドに魔女の技を覚えさせたり、メイドに竜と会話させたり……。奇抜というか、何を考えているか分からぬというか……」


 それまで澱みなく家族愛を語っていた大公が奥歯にものが挟まったような言い方になる。


(だ、ダメだ。どうしてもこいつを褒める言葉が思い浮かばん)


 ノアは兄弟達の中で唯一特段の功績も才知も見せていなかった。


 武勇、知力、才覚どれをとっても特筆すべきものはない。


「お疲れの叔父様に代わって、ここは私が引き受けましょう」


 大公の姪にして家中きっての花形、イリーナ嬢が進み出る。


「ノア様は気宇壮大にして奇想天外。その発想の壮大さはとても余人の想像の及ばないところ。その独創的な着想は奇想天外そのもの。それほど有り余る才だけにまだまだ未完の大器。きっとこの中で一番遅く、されども一番大きく華を咲かせることとなるでしょう」


「うむ。そう。そうだ。ワシもそんな感じのことが言いたかった。よくぞ言ったイリーナよ」


(本当に上手いこと言うなこいつ。流石にお世辞は言い慣れておる)


「まあ、とにかくお主の才はいまだ計り知れぬ。かといって磨かなければ才は錆びるばかりだ。たゆまず精進し続けるのだぞ」


 ノアはしばらくぼーっと父親の顔を見つめ続けたが、おもむろに周囲が静かなのに気付いて、ハッとする。


「……ん? ああ、話終わりました? じゃあ、失礼しますね」


(くっ。このうつけが。せっかくイリーナが上手くフォローしてくれたというのに)


「ノア、お主に分け与える領地は今のところ保留しておく。この後に行われる成人の儀、そこでお主のギフトを確かめてから、それに相応しい役職と領地を下知する。それまでそこに控えておれ。勝手にどこかへ行くなよ」


 大公はどこかイライラした様子でそう言った。


 ノアは聞いているのか聞いていないのか、ただあくびを1つ噛み殺している。


 室内はシーンと静まり返っていた。


 ついぞ家臣達から「ノア様万歳!」の声が上がることはなかった。

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