煮怨(キヌ視点)
「おめでとうキヌさん!」
「ありがとう、ホノカ」
あれから、たったの一週間と少し。その僅かな時間で、私は焔精族の巫女になった。前の巫女が死んで、暫定的なリーダーだったあの男がハナビちゃんに殺されてから焔精族は酷い混乱に陥った。その混乱を収めるために、焔精族は早急に正式な巫女を決めるべきだという結論を出した。
そして、私は……ハナビちゃんを失ってからというもの、過去に例を見ないらしいスピードで階梯を上げていき、ついには前人未踏の第八階梯の祝詞を扱えるようになった。まるで元から自分の力だったかのように祝詞が馴染む感覚は何かに取り憑かれているみたいで怖かったけど、これは好都合だった。
ヒョウヤくんにハナビちゃんの顛末を聞かされてから、私は決めたのだ。私とハナビちゃんの世界を邪魔する奴らをみんな片付けると。だから、力はあればあるほどいい。ハナビちゃんが傷つけられない世界を作るために必要だから。その為に、私は巫女という立場を受け入れた。
「もちろん、わたくしも負けないわ! いくらキヌさんが火の精さまに愛されているといっても、すぐに追いついて見せるんだから!」
「うん。期待してる」
作り物の笑顔を浮かべて、作り物の言葉をホノカに返す。あの日から、私はずっと本心を隠して穏やかな人物を演じている。それを、周囲は憑き物が落ちただなんて表現する人もいる。ハナビちゃんを憑き物呼ばわりするその人は、必ず惨たらしく殺すと改めて誓った。
……ハナビちゃんなら。ハナビちゃんなら、こんな偽りの私なんてすぐに見破ってくれるのに。
「にしても、立ち直ってくれて良かったわ! キヌさんにはこれから、わたくしたち焔精族を導いてもらうんだもの! あんなスパイなんかに騙されたままだったら務まらないわ!」
「……そうだね」
ホノカ。私を理解した気になることだけは一丁前の愚物。大した祝詞も使えない無能。ハナビちゃんを、ハナビちゃんが使った火の精さまの怨炎を悍ましいと評した節穴。いつか私が、ハナビちゃんを貶めることしか知らないその喉を焼いてやる。だけど、それは今日じゃない。
「そういえば、キヌさんが住んでいた村にいた混じり者の男も追放されたらしいですわ」
「そうなんだ」
ヒョウヤくんのことだ。ヒョウヤくんが焔精族の村を飛び出したこと自体は、特に驚くようなことじゃない。なぜならば、あの日。ハナビちゃんがいなくなった夜に話したからだ。
ハナビちゃんのことを聞かされて、私はどうするのか聞かれて……私は、どす黒い本心を彼にぶつけてしまった。ヒョウヤくんは意地悪で、無駄にハナビちゃんと近くて嫌いな人。そんな人に本音をこぼしてしまったことは少し後悔しているけれど、あの時の私は耐えかねていたのだ。知りもしないのに、助けてくれたハナビちゃんを悪く言う人々が多すぎて、ついそんな人達への恨みが溢れてしまった。
そこで、私はハナビちゃんを迫害する他の人達が許せないと語った。よく知らないし興味もないけど、その思いはどうやらヒョウヤくんも同じだったらしい。あの人も焔精族への復讐を目標としていて、けれどもハナビちゃんを敵に回したくないという理由で私に手を出せないと困っていたらしい。そんな私たちは協定を結んで、お互いを邪魔せず、それぞれで焔精族と戦うことに決めたのだ。
「まさかとは思いますが、キヌさんはその男とも……?」
「まさか。混じり者なんてどうでもいいよ」
そのヒョウヤくんは、自由に動くために村を抜け出したのだろう……が。もし……もし自由に動ける彼の方が先にハナビちゃんを見つけたら……と、思うと。
「っ……」
ハナビちゃん。ハナビちゃんが死ぬわけない。ヒョウヤくんなんかより、私の方がハナビちゃんの生存を信じている。だから、本当は私が一番先に彼女を捜しに行きたいのに。それを、周りの敵たちは許さない。焔精族のため、火の精さまのために。そんな普通を演じていなきゃ、彼らはすぐに私を縛ろうとする。
「キヌさん、大丈夫……? しっかりなさい! これからは、わたくしがキヌさんを支えてあげるわ!」
「ささ、え……?」
ホノカが? 私の支え? ……ふざけるな。それができるのは、それが許されるのは……!
「……うん、ありがとうホノカ」
煮える怒りに蓋をして、私は笑顔を浮かべた。
【あとがき】
ストックはここで終わりとなります。今後の更新は不定期となってしまいますが、変わらず応援してくださる方は⭐️での応援をよろしくお願いします。非常に励みになります。
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