別れだぜ! 新たなる戦い

 ザラさんと軽率に将来を誓った俺、ハナビちゃん。その結果身体の主導権をザラさんに一時的に奪われてしまったが、亡くした腕の代わりをくれたので結果オーライ! 心なしか背も伸びたか……? なんて思いながら自分の身体を確かめていると、冥葬族の皆様から凄く見られていることに気づいたぜ。その状況に気づいた俺はつい。


 「あぁ、お前らの神様なら俺の中で寝てるよw」


 『冥閻の利鎌』解釈バトルで公式(本人)からのお墨付きをもらい大勝利した嬉しさからつい煽ってしまったぜ! そんな俺の言葉に、目の前のハズミラや冥葬族たちは完全に停止する。……もしかしなくてもこれ悪手だった?


 「……なんつって! 神様降臨、なんてあるわけないじゃないっすか! なんか集団幻覚でも見たんとちゃいます? あ、起源書返しとくね」

 「あ、はい……」


 まくし立てるように言って、用済みとなった起源書をハズミラに押しつける。ザラさんを引き受けたのは良いが、この状況は良くない。何がマズいって、冥葬族を否定したザラさんを彼らが受け入れようが受け入れまいが、どの道俺の重要度が跳ね上がってしまっているということがマズい。先送りにしたとはいえ、俺はリュッケに報いるためにもう一度レフトオーバーと会わなきゃならない。ので、ここに縛られてるわけにはいかないのだ。


 「じゃ! 俺はこれで!」

 「お、お待ちを!」

 「ですよねー」


 誤魔化せなかったわ。勢いでこの場を去ってそのまま村から逃げようと試みたが、案の定ハズミラに引き留められる。


 「幻覚のはずがありません……! 気配、佇まい、力の片鱗……あの方は間違いなくクリムサイズ=ザラ=グラエール様……! それに、ハナビ様の今の左腕! それは間違いなくあの方の……!」


 言われて、ザラさんがくれたと思しき腕を見る。その腕の肌は人間のものにしては病的に見えるほど青白く、時折ぼんやりと発光している。うーん、完璧な物証である。


 「まぁうん。だったらどうする?」

 「決まっています。あの方に最も近づいたハナビ様こそ、冥葬族の巫女に相応しい。あの方が我らを認めてくださらないのなら、認めて貰えるようハナビ様に導いていただきます」

 「なんそれだる……」


 我らの神を騙る偽物が殺す! とはならなかったが、冥葬族の巫女になるというのは受け入れがたい。確かに神降ろし的な意味ではこれ以上なく巫女っぽいのかもしれないが……人を導くとか無理だよ俺は。あとザラさんは本当に君たちに興味なさそうだったから頑張るだけ無駄じゃね?


 「私が支えます! この身を自由に使っていただいて構いませんから、どうかこの地に……!」

 「えっ……ま、まじ?」


 ハズミラの身体を……!? た、たしかにレフトオーバーは冥葬族を狙っていたわけだし、ここで待ってれば向こうから来てくれるかも……いや、落ち着けハナビ。騙されるな……ハズミラは説得が無理そうなザラさんとニコイチで比較的チョロそう(事実)な俺を誘惑しようとしているんだ……! なんて卑怯な……騙されんぞ!


 「い、いや……すまん、やっぱり無理」

 「そうですか……ならば、仕方ありません」

 「実力行使か? どうやって? たしか、俺に即死は効かないんだろ? そもそも、殺さずに捕縛する手段を持ってるのか?」

 「っ……」


 いつか、冥葬族自慢の即死祝詞は俺には効かないんじゃないかという考察を述べていた。検証はできていないが、どの道俺を殺さずこの場にとどめるのが目的なら十八番の即死が使えないことになる。いくらハズミラでもこの条件でリュッケの存在力供給アリの俺に勝つのは無理だ。そう言外に告げると、ハズミラは悔しげに顔をゆがめ、そして。


 「お願いします……! 行かないでくださいっ……!」


 抱きつき泣き落としのコンボを仕掛けてきた。でっっ……ひ、卑怯な……! 落ち着け、ハズミラは俺じゃなくてザラさんを求めているだけ……! この誘惑も計算で……やっているかはちょっと微妙でよく分かんないけども。やっぱり俺にはやることがある。


 「……すまん、ハズミラ。俺にもやることがあるんだ」

 「……やること、とは」

 「えーと、あれだ。この前冥葬族の部隊を襲撃して俺の腕を奪った奴がさ、実は俺を狙っててさ。俺がここにいるとみんなに危険が及ぶんだよ。でもって俺も奴に用があるからさ。迷惑はかけられないっていうかさ」

 「そう、だったのですか」


 半分嘘だけど。方便というやつだ。


 「だからまぁ、それが済んだら顔を出すんで、それで勘弁してくれ。な?」


 守る気はちょっとしかない約束を口にして、ハズミラを納得させる。そのまま大人しくなったハズミラの頭を撫で、歳も背も上のお姉さんの頭を撫でるのええなぁ、なんて思っていると。


 「~~~~っ!」


 ハズミラがビクンビクンと震え、崩れ落ちた。へたり込んだハズミラの顔は紅潮し、その瞳は先ほどまでのものとは明らかに別種の……肉体的な反射による涙で潤んでいた。その画はエロゲのパケ絵みたいであった。俺プレイしたことないけど。


 「えっえっ……ど、どした?」

 「はっ……ぁ……い、今のは……一体……」


 ハズミラも自分の身に起きたことを把握してないようで、困惑している。一体何が……と、そこで俺はハズミラの頭をザラさんの左腕で撫でていたことに気づいた。これか!? この腕があかんかったのか!? 人に触れちゃあかん腕なのかこれ!?


 「え、えーっと……じゃ! 今度こそ俺行くから!」

 「ハナビさん! 待ってください!」

 「おぉ……今度はシャーリーか」


 動けなくなったハズミラに代わって、俺を引き留めたのはシャーリーだった。今度はどういう理屈で俺を引き留めるのかと思えば、シャーリーの口から出た言葉は少し違っていた。


 「自分も連れて行ってください……!」

 「……」


 頭を下げるシャーリーを見下ろす。残念ながら、俺の答えは決まっていた。


 「理由を聞こうか」

 「ハナビさんの役に立ちた……」

 「はいダウト」

 「え……」


 俺の力になりたいと、そんな旨のシャーリーの言葉を遮る。あんまり指摘したくないが、まぁそれは九割嘘だろう。それに、ぶっちゃけシャーリーの実力じゃ俺の役に立つのは無理だ。


 「本当のところはさ、俺のために死ねたら……とか思ってるんじゃない?」

 「っ……」


 この死にたがりやさんめ。自分はこんな世界から脱出して、その後はみんなの心で生き続けたいってのがシャーリーの望みだ。その最高の機会を台無しにしたザラさんもとい俺への腹いせかは分からないが、シャーリーは俺の役に立つ形で死んで俺の心に居座ろうとしている。


 「な、なんで……」

 「まぁ一回相談されてるし? でもさ、それは無理な願いだ。もし二人で旅をすることになって、またピンチに陥ったら、俺は絶対にシャーリーを庇う」

 「……!」

 「絶対にシャーリーを犠牲にはしない。だってシャーリーがかわいいから。だから、シャーリーの望みは叶わない」


 あと、弱くて死にたがりの壁役なんて役立たずとか来られても困る。普通に。癒やし枠も既に二人いるしな! ちゃんと会えるの夢の中だけど!


 「なんで……なんで止めちゃったんですか! 祭りを! 最高の機会だったのに! 見守ってくれると思ってたのに……!」

 「それはザラさんに言って欲しいけど……それはまぁ、ウェルヌさんがシャーリーに生きてて欲しいって言うからかな」

 「ウェルヌ兄が……?」


 話題にあがったからなのか、当のウェルヌさんがこちらに近づいてきた。


 「シャーリー……ごめん」

 「本当、なんですか……」


 少しだけ恨めしそうに兄を見るシャーリーと、その視線を甘んじて受け入れるウェルヌさんを見かねて俺は話を纏めにかかる。


 「ま、それだけウェルヌさんもシャーリーに生きてて欲しかったってわけよ。それもエゴだけど、シャーリーもエゴで死のうとしてたわけだし?」

 「っ……」

 「シャーリーもさ、遺される側の苦しみを知ってるのにそれを人に味わわせようとするのは良くないって」


 この言葉にはさすがに思うところがあったのか、項垂れて黙り込むシャーリー。俺はそんなシャーリーに手を置いて、せめてもの別れの言葉を贈ることにした。


 「ハズミラにも言ったけど、用が終わったら俺はそのうち顔を出す。そんなに俺に死に目を見せたいんならさ、それまで生きてろって。シャーリーが往生しそうってなら、今度こそ見送るからさ」

 「あの、ハナビさん」


 俺が良い感じのことを言っていると、ウェルヌさんが横から声をかけてきた。何かと思えば、ウェルヌさんはシャーリーを指さす。見れば、シャーリーはビクビクと震えながらトリップしていた。俺はザラさんの左腕でシャーリーに触れていたことに気づいた。


 「やっべ。やっちまったぜ」


 なんだ、エロ同人なのか? エロ同人の能力を持っているのかザラさんは。


 「と、とにかく……俺は今度こそここを出るんで……」

 「うん……本当に、止めてくれてありがとう」


 ウェルヌさんは感謝を述べるが、俺にそれを受け取る資格はないだろう。宣言通り俺はシャーリーのことを忘れて行動した。それに、結局シャーリーのメンタルを改善しなきゃ意味がないのだ。俺はその役目は背負えないからシャーリーを拒絶した部分もあるが、ウェルヌさんは向きあわなければならない。ウェルヌさんはこれからが大変だ。そんな彼を応援するように握手のために手を差し出す。


 「いやあの……ハナビさん右利きだよね? 右手出してよ」

 「バレたか」


 男相手でも同人腕が有効なのか試したかったのに。


 そうして。俺はウェルヌさんに別れを告げて、《迅閃》を使い爆速で村を後にした。ここから、俺の新たな戦いが始まるのだ!


―――――――――――――


 「巫女様! ご無事ですか……!?」

 「えぇ……ただその、腰が……誰か支えてくださいますか?」


 ハナビが去った後の冥葬族の村。そこでは“神”の威圧に気圧されていた者、ハナビという存在をよく知らずに見守るしかできなかった者たちが一斉に巫女ハズミラに駆け寄っていた。


 「それでその……捧魂祭は……」

 「中止です。いえ、廃止ですね……次にやることは無いでしょう。それが死神さまの意思ですもの」


 そんなハズミラの言葉に、肩を震わせる者が一人。シャーリーである。焦がれていた機会を永遠に失ったことを改めて思い知ったからなのか、彼女は身体を細かく震わせ泣いていた。そんなシャーリーに寄り添ったのは、兄ウェルヌ。


 「ハナビさん……!」

 「……シャーリー。ハナビさんをあんまり恨まないでくれ。これは僕が望んだことなんだ。贖罪に……なるか分からないけど、シャーリーがもう一度生きる理由を……この世界を好きになれるように何でもするから、だから……」

 「許さない……!」

 「……そんなに、シャーリーはそんなにも捧魂祭で……」

 「それもそうですけど、みんなの前でこんな、こんな……!」

 「え……あ」


 そこでウェルヌは、妹の怒りと涙のもう一つの意味を察してしまった。


 「な、何か拭くものを……あと、替えのパンツとか……」

 「ぐすっ……もういや……死んじゃいたい……」


 そんな、また違った意味で泣きだす妹と、慌てふためく兄をよそに。


 「巫女様。あの者……ハナビと言いましたか……一体……それに、どうするおつもりです?」

 「敬称をつけなさい。彼女は我らの真の巫女ですよ」

 「で、では……」

 「決まっています。可能な限りの捜索を行い、なんとしてもハナビ様に我らを導いていただきます」


 そうして、冥葬族の方針は決まった。


 だが。彼らが自らにかけられた呪い、『他種族を憎み排斥する本能』が消えているという事実に気づくのは、もう少し先の話だった。

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