降誕(シャーリー視点)
「これは……!?」
「……ハナビ、さん……?」
ハズミラ様とウェルヌ兄が、驚きの声を上げる。自分はといえば、迸る“死”の圧力に声を上げることすらできない。昨日までのハナビさんの死の匂いを指して神様だと言っていたのが愚かしく思えるほどの死の気配。それを纏う発信源もまたハナビさん……そのはずだった。
ウェルヌ兄が投げ渡した起源書の原典を受け取ったハナビさんが立っているはずのその場所には。
「神、様……」
誰かが、彼女を指してそう呟く。ハナビさんであったはずのその人は、髪は銀に染まって肩ほどまで伸び、背丈が自分より高くなり、なくしたはずの左腕まで黒鎧に身を包んで鎌を背負うその姿は死神さま……『冥閻の利鎌』に描かれた冥葬族のルーツ、《誅戮の冥閻》クリムサイズ=ザラ=グラエールそのもの。何より、冥葬族の本能的な部分がそうだと告げていた。
「……捧魂祭、ですか……」
冷たく超然的な視線が、自分たちの方へ向けられる。誰もが衝撃と威圧で口を開けない中、口火を切ったのはこの場で一番の実力者……ハズミラ様だった。
「……あなた様、は……」
「他所の世界で冥王を務めている者ですが」
神様は、自分を神様だとは名乗らなかった。不意に崇めていた対象が現れた自分たちの気も知らず、神様は辺りを見回すと、興味を失ったかのように踵を返した。それを呼び止めるのもまた、威圧に屈していないハズミラ様だった。
「お待ちください、死神さま……! どうか、捧魂祭を見ていってくれませんか? あなたに見送られたのなら、この捧魂祭は特別なものに……!」
ハズミラ様が口にした提案は、とても素晴らしいものに聞こえた。死神さまに見送られて逝けるなんて、これ以上ない幸せを自分が体験できるなんて夢みたいに思えたから。だけど。
「お断りします」
神様は、その提案を冷たい声と視線で拒絶した。
「な、なぜ……」
「祭りを騙る茶番に興味などないからです。死は等しく迎えに来るもの。人間が歩み寄るものではありません。それを無視して別れを演出するなど……」
吐き捨てるように捧魂祭を否定した神様は、ゆっくりと自分たちの方へ歩みを進める。道を空けるようにみんなが左右にはけていき、自分と神様の間を遮るものが無くなる。
「『送死』、でしたか? 貴方がたは私の体験をなぞっているそうですが、人間が死神の真似事をするなど不可能です。そもそも、この祭りは私が体験したそれとは似ても似つかない」
やがて、自分のすぐ目の前までやってきた神様は、背の鎌を抜いて視認もできない速さで自分の首に鎌を寸止めした。
「特に貴方です。シャーリー。私が体験した人の死別というのは、別れを惜しむ見送る者を死にゆく者が案じる想い合い。貴方のように、身勝手な思いで見送る者に傷をつけることを望んで死を選ぶ別れとはほど遠い」
「っ……!」
醜い内心を見透かされて、動揺する。いっそこのまま神様の鎌で罰を与えて欲しくて期待するが、それすら見通したかのように神様は鎌を納めた。
「ですが……止めはしません。命はどこまで行っても当人のもの。逃避の自殺も結構です。こうして持て囃したり祝福するようなものではないと、私は思いますが」
自分は、今度こそ自分たちに背を向け、遠ざかっていく神様の背を呆然と眺めることしかできない。
「待ってください! あなたは……他ならぬあなたが、我々の寄る辺を否定するというのですか!」
「構わない、と言っているでしょう。私の感想など放って、変わらず貴方がたの文化を貫けばよい話です」
「そんな……」
神様相手に食い下がるハズミラ様と、毅然として自分たち冥葬族から距離を取る神様。完全に平行線となったその論戦は、ガラスが割れるような音と、それに伴う光で中断された。この場のみんなの目を眩ます光の発生源は神様で、その光が晴れた時にそこにいたのは、ハナビさん……らしき人だった。
「あ、戻った」
髪色や服装こそ戻ったものの、その身長は元のハナビさんのものと神様のものの中間くらいで、髪も長さは伸びたまま。そして何より、左腕だけが肌色も死の気配も元に戻らずそのままで……まるで、なくした左腕が神様のものに置き換えられたかのような。
「おぉ……腕が生えた……って、これザラさんの腕か? ラッキー」
「ハナビ、様……? 今のは……あなたは一体……」
ハズミラ様がおそるおそるといった声でハナビさんに声をかける。そこで初めて、ハナビさんは辺りを見回して、あの濃すぎる死の威圧感が消えてこの場のみんながハナビさんを直視していることに気づいたようだった。状況を把握したらしいハナビさんは困ったように頭をかいて、嫌味な笑顔を浮かべた。
「あぁ、お前らの神様なら俺の中で寝てるよw」
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