とにかく押すぜ! 殺し文句
「それで……その、もう一度聞きますが、私に何か用ですか?」
「失礼ながら……ザラさんの記憶を見せてもらいました」
「っ!?」
俺は彼女の過去を知っている。まずはそのことを、しっかりと表明する。彼女の過去を読んだり体験したりして、勝手にも共感と哀れみを覚えたということを、正直に話す。
「同族が一人もいなくなって、たった一人で死神の役割を担って……そんなあなたがこんな場所に無理矢理閉じ込められて利用されている。それが我慢ならなかったから……あなたを助けたいと思ってここまで来ました」
正直に、誠実に……精一杯そう心がけて話しているつもりだが、地雷を踏んでないだろうか。こう、人間が私を語るな、みたいな……もしそう感じていたらすぐに弁明しようと思い、ちらりとザラさんの様子を窺う。だが、予想に反してザラさんは目を見開いたまましばらく面食らっていた。
「その……面映ゆいものですね、身を案じられるというのは。ザラ、と……その名前を呼ばれるのも久しいですし」
やがて口を開いた彼女は、恥ずかしげに目を背けながらそう言った。か、かわいい……そして、身を案じられるのが初めてのことだと言外に言っていることが、悲しい。
「それでその……すぐに元の世界に帰れないのなら、俺と来てください」
本命の誘い。帰還の手段がないのなら、リュッケと同じように俺と共に在りながら協力してほしいと、頭を下げて頼み込む。俺の言葉はまたもザラさんにとって予想外だったようで、すぐに答えは返ってこない。催促することもなく待ちそして、返ってきた言葉は。
「申し訳ありませんが、お断りします」
「なぜ」
「死神が生者に干渉するのは……」
「俺はザラさんの世界の人間じゃないのでそっちの世界の死神のルールは適用されないと思います!」
「!」
断る理屈として死神の規則を持ち出してきたザラさんを遮るように俺という異世界の人間はルールの適用外である可能性を指摘する。ザラさんは、遮られたことに驚いたのか、俺の反論を否定する材料が見つからないのか、或いはその両方なのかしばらく呆気に取られていた。
「なる、ほど……確かに、死者や魂の扱いも世界ごとに異なります。貴方には私の世界のルールなど関係ないというのも分かります。ですがその……今や私は冥王です。人の身で私と共にいれば、悪影響が……」
「ここだけの話、俺一回死んでます! あと冥葬族にも死の匂いがやばいって言われます! 多分大丈夫です! むしろお似合いだと思います!」
「お、お似合い……」
勢いだ。押しまくればなんとかなるぞ! 若干引かれている気がするが、思いは伝わっている。
「……何がそうまでさせるのか見当もつきませんが、貴方の想いの強さは伝わりました。建前を使って断ろうとしたことを謝罪します」
「建前……?」
「本当は……怖いのです」
「怖い?」
「もしも、無事に私が帰れたとして、その時にあなたの手を取った記憶で永く苦しむことになるんじゃないか、と……私はそう恐れているのです」
追体験の世界にいた、未熟な死神ザラ。ザラさんがその恐怖を語り、弱みを見せてくれたことで、ようやく感覚的に目の前の今の彼女と物語の彼女が繋がった気がした。
「ザラさんは……あの老人の娘以降、人間とは……」
「本当に良くご存じで……人とは関わりを持たないようにしています。一介の死神だったあの頃とは違い、冥王の纏う空気は人間には毒というのも、そもそもルールに反する、というのもありますが……私は、あの時人と話したことを後悔しています。今でも人の手の温かみを思い出して、時折虚しくなる」
俺が『冥閻の利鎌』を読み終えた時の書評。“孤独の物語”。それは間違いなんかじゃなかったと、ザラさんの哀しげな表情を見て確信する。同時に、意地でもその傷を癒やしてやりたいという思いも強くなっていく。
「……俺はその冥王の空気っての感じてませんけど」
「そのようですね。貴方が特別なのは分かりますが……それでも」
彼女の言葉を待たずして、俺はザラさんの手を掴んだ。自分が傷つかないよう遠ざけようとする温もりを押しつけるように、強く掴んで離さない。
「何を……」
「なら、冥界に帰るときに俺も連れて行けば解決ですよね」
「は……?」
「俺がここで死んだ時にでも、一緒に冥界に帰る。そうすれば、ザラさんは寂しい想いをせずに済む」
うん。我ながら完璧なプランだ……死んでも美女といれるってマジ? さすがにこれは勝ちだろ……。
「なにを……人は死ねばそこで……」
「知ってるんですよ? 冥王の力を分ければ死神を作れるんですよね? 俺を死神にすれば解決です」
ザラさんより先に作られた死神は疲弊し叶わない消滅を望んだ。そんな境遇の者を増やさないために、冥王になったザラさんは死神を作らなかった。でもまぁ同意ならいいっしょ。人間からなることってできるのか……は知らないし、できればブラック労働はなしでヒモ枠が理想だが……とにかく。ザラさんのあらゆる反論を勢いで封じていく。実際人間が死んでも終わらないケースあるしいけるいける。ソースは俺。
「仮に……仮にそれができたとして、死神の責務に終わりはありません。あなたはそれを……永遠を甘く見ている」
「心配ないです」
狼狽えるザラさんに接近して、俺の想いを囁く。
「俺の存在でザラさんが笑ってくれるなら、永遠ぐらいなんてことないです」
「な……へ……?」
何を根拠に。そう言いたいであろうザラさんはしかし、俺の告白じみた殺し文句に機能不全を起こす。紡ごうとする言葉が渋滞して唇を上下するだけになっているザラさん。よし、今しかない。畳みかけるんだ俺……!
「俺の手、温かいですよね?」
「は、はい」
「これは俺が生きてるからじゃない。ザラさんを思っているからです。だから、この熱は俺が死んだって変わらない」
実際ここは精神世界っぽいし、温度を感じるってならそれは物質的なものじゃないだろう。まぁ死んでも俺の手は温かいの根拠は別にないんだけど。
「もう一人にはさせません。だから、一緒に来てください」
今度は、頷いてくれるという確信を持って誘う。
「私は……一度手にしたものを諦められる自信がありません」
「いらないですね。諦める必要ないので」
彼女の揺らぐ瞳をまっすぐ見据え、その不安を溶かす言葉を囁いていく。
「私、は……人間とは違います。どこまで行っても、貴方と相互理解することはできないかもしれない」
「それ、人間同士でも無理なことなので、そんなにハードル高いことをかんがえる必要はないですね」
俺の答えに、ザラさんも心当たりがあったのか、彼女は初めてくすりと笑った。そんなザラさんの姿は、ようやく観念した人のそれに見えて、そして。
「貴方の、名前は……」
「ハナビです」
「これから……よろしくお願いします、ハナビ。どうか……永久に」
そうして、契約は成立した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます