対面だぜ! アイスブレイク
「……貴方が……解放してくれたのですか?」
「あ、はい」
人影だった女性が、俺の眼を見て問いかける。驚くほど手応えがなかったにも拘わらず急に拘束が崩壊したため、俺の功績かどうか怪しいのだが、思わず肯定を返してしまう。この雰囲気、そして冥葬族を思わせる服装、やはり彼女がクリムサイズ=ザラ=グラエールで間違いないだろう。
「礼を言いましょう。久々に休めたのはいいのですが。私の声を騙って彼らに語りかけるのは不快でしたから」
……休めた、って……これが冥界ワンマン運営の闇か。見た目や雰囲気でも薄々感じていたが、この彼女は『冥閻の利鎌』の物語が終わってかなりの時間が経った世界から連れてこられたようだ。
「その……この世界だったりご自身の状況はどこまで把握してます?」
「外がどういう世界かは概ね。こうしてこの世界の言葉で貴方と話せる程度には把握しています……面白くもないので、最近は見るのもやめていましたが」
たしかに……ここで地球の言葉が通じないように、ザラさんにもこことは違う母語があるはずで、こうしてこの世界の言葉で話せるのは普通のことじゃないのか。あれ、じゃあなんであの追体験での言葉は理解できたんだ? うーん、わからん。
「あー、えっと、ここって酷い世界ですよねー」
「そうですね」
「……人間の醜態に絶望したりしてません?」
「愚かな人間も賢明な人間も多く知っています。今更人間の闘争を見せられたところで私の人に対する所見は揺るぎませんよ」
おぉ……すごい神様っぽいことを仰る。話していてとても円熟しているというか、達観している印象だ。『冥閻の利鎌』のザラさんにあった弱さや未熟さは全く見えてこない。
「それで……解放できたのは良かったですけど、元の世界に帰れるんですか?」
「無理そうですね……今の私は元の世界の私の力を何者かが少しずつかすめ取っていき、その力がある境で自我を取り戻した存在です。このままではいずれ元の世界の私とこの私の力が逆転し、私が本体となっているところでしたが……今はその寸前と言ったところですね」
「えっと、つまり?」
「その何者かをどうにかしなければ帰還は叶わないでしょう」
要するに、結局レフトオーバーをどうにかしないといけないってことかぁ。まぁ、レフトオーバーのことは後回しにすると決めたばかりだ。
「ところで、冥葬族ってどう思います?」
雑談の一環。折角なので、気になっていたことを聞いてみる。ヤバ文化カルト種族の冥葬族のことだ。彼らの持つクリムサイズ=ザラ=グラエール像は解釈違いだと改めて思うが、やっぱり主神っぽいポジションにあるザラさん本人が彼らをどう思っているのかは気になる。
「『死神に生者の気持ちは理解できない』」
俺の問いに、ザラさんは起源書や追体験に登場した罪人の言葉を引用した。
「この言葉は、私が昔ある罪人に言われたものですが……今では、その通りだと心底思います」
「それは……あなたからすれば冥葬族もそれ以外の人間も理解できないものだと?」
「それもありますが、同じように人間の身で私の……死神のことは理解できないし、形をなぞろうとすれば破綻します。それが彼らといったところでしょう」
「あ、やっぱり破綻してると思います?」
「当然です。散り様に価値を見出す人間は少なくないですが、彼らのそれはあまりに生を軽視している」
悲報。冥葬族、御本人に苦言を呈されてしまう……まぁ、生きることが死ぬことのおまけというか引き立て役、みたいな価値観はそりゃ歪なのはそうなんだけど。
「ちなみに、冥葬族に何か言いたいこととかって……」
「特には」
「そうっスかぁ」
「彼らが私の力を宿しているのは私をここに縛っていた別の何者かの仕業。彼ら冥葬族に罪はありませんし、また道を正す義理もありません」
うーん、『あのイカレ祭りを止めてください!』ってお願いは突っぱねられそうだ。やっぱり忘れて正解だったわ。
「それで、貴方は? 私に何か用が……」
「はい。是非、俺とお茶でもどうですか?」
「……はい?」
瞬間、黒が弾けて白一色だった景色が、小洒落た喫茶店に一変する。
「……は?」
「……貴方が驚くんですか? これは貴方のイメージですよ」
「そうなの?」
何かした感覚は全くないが、この光景の変化は俺の仕業らしい。お茶しようって言ったからか? 俺にそんな力が……いや、そもそもここってどういう場所なんだ。精神世界っぽいよな……そういえばリュッケと初めて話したときの光景も忌々しい無菌室だったな。よく見れば、この喫茶店の光景も前世のチェーン店だ。俺の記憶を映すのが精神世界の特性、なのか?
……いや、今はそんなことどうでもいい。とにかく、ここからが勝負だ。必ず……彼女を口説き落とす……! 実際に会ってみて、めちゃくちゃ綺麗だったから……!
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