記憶(シャーリー視点)

 「わぁ……」

 「に、似合ってるよシャーリー……!」


 鏡の中の、死に装束を着た自分。綺麗だと思う。自分ではなく、この衣装が。栄誉ある、捧魂祭の主役にだけ許された衣装。自分には釣り合わないくらいに気品がある。でも、これは自分のための衣装なのだ。毎回、血に濡れる捧魂祭の死に装束は必ず一点物。今日の自分にだけ許された特別なもの。


 「シャーリー……」

 「ウェルヌ兄、そんな顔しないでよ」

 「僕は……だって!」

 「……分かってる、ウェルヌ兄が苦しんでること……でも」


 必死に涙を堪えるウェルヌ兄。俯くたった一人の家族を自分は強く抱きしめた。


 「だからこそ、嬉しいんだ。ウェルヌ兄が、みんなが自分のことを想って泣いてくれる。それが実感できるから、幸せ」

 「……シャー、リー……」


 嗚呼、本当に捧魂祭で選ばれたのが自分で良かった。みんなの涙を一身に浴びてそう思う。外では、戦場では、誰にも看取られない寂しい死で満ちている。結局、自分の死は誰しも一度きり。冥葬族は基本的にどんな死でも尊いものとしているけれど、確信できる。今日の自分の死が一番すてきだと。自分は、あんな寂しい死は嫌なんだ。


 そうして、この捧魂祭の準備時間の間、ウェルヌ兄や友達と最期の語らいをしていれば、捧魂祭が始まるのは本当にあっという間だった。


 ハナビさんは、約束通り来てくれるんだろうか。そう、ハズミラ様の開会の言葉を聞きながら思っていると、来た。


 「ちょりーす」


 流れていたしんみりとした空気を一切読まないハナビさんの声。誰よりも濃い死の匂いを漂わせ、多様な祝詞を操り、初対面の時から、今でもとても年下の女の子には思えない、かっこいいハナビさん。


 彼女の登場に、周囲にいた人達が声を抑えながらも興奮を抑えきれない様子でハナビさんを囲んで話しかけている。ハナビさん自身は予想外だったのか少しうろたえているけれど、当たり前だ。もうハナビさんは自分だけの恩人じゃない。冥葬族の祝詞が効かない相手を蹴散らした姿。そして、突如現れた謎の男から自分たちを身を挺して守った姿。そんなハナビさんを多くの人が見たのだ。それに、あの死の匂い。みんな、ハナビさんのことが気になっていた。今日までの間で良いから独占したくて、彼女を家から出さなかった自分は、その光景を見て……やっぱり暗い気持ちが心によぎった。今日の主役は自分だ。だから、ハナビさんに自分だけを見てほしい。


 自分のために泣いてほしいわけじゃない。腕。ハナビさんの左腕。あれは自分を守って失ったものだ。他の人達のためじゃない。だから、ハナビさんに負い目を感じる資格があるのは自分だけ……そうだ、恨まれたっていい。ハナビさんの腕を奪った自分が、今日処刑される。そんな風に思ってくれたっていい。とにかく、自分を見てほしい。そして、今も自分の心に巣くうみんなと同じように、長くハナビさんの心に残っていたい。


 「シャーリー。ウェルヌ。前へ」


 ハズミラ様の声に従って、ウェルヌ兄と前へ出て向きあう。血が出そうなほど強く唇をかむウェルヌ兄の手には、儀式のためのナイフが握られていた。


 見守るみんなの方を見ると、いつの間にかハナビさんが最前列に移動していた。一瞬、ハナビさんに近くで見てもらえることを喜んだけど、すぐに違和感を覚える。ハナビさんの視線が、自分に向いていない。その視線は、どういうわけかウェルヌ兄に向いていた。そして、その視線に気づいたウェルヌ兄と、何やらアイコンタクトを送りあっていた。なんだ、主役は自分なのに、一体何を。


 やがて、アイコンタクトを終えたウェルヌ兄は唇をかむのを止めて、意を決した顔で自分を見た。その覚悟は、なぜか自分を刺す覚悟には見えなくて。


 「……シャーリー、ごめん」


 そう言ったかと思えば、ウェルヌ兄はこっちが何か言う前に駆け出し、自分とウェルヌ兄の丁度真ん中に置かれていた起源書の原典を手に取り、そして。


 「ハナビさん!」

 「ナイスパス!」


 ハナビさんの方に、起源書を投げ渡した。ハナビさんは、残っている右手で器用にそれを掴む。


 「ぐっ……うぉぉ……リュッケ! 頼む! ……っ! …………」


 起源書を掴んだハナビさんが、苦悶の表情をして誰かを呼ぶ。自分もハズミラ様もみんなも一連の流れについて行けず、呆然とそれを見ていると、急にハナビさんは何も言わなくなり、やがて。


 迸る“死”を肌で感じた。

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