交渉失敗だぜ! 原典貸与

 「き、起源書の原典に死神さまが……?」

 「ハズミラに貸してもらった時に聞こえたんだ。声が」


 あの時はノイズのようにしか聞こえなかったが、ちゃんと『冥閻の利鎌』を読んで、レフトオーバーの企みに思い当たってからはあの声が彼女なんだという思いが強くなるばかりなのだ。……そもそも、違ったとしても別に、だ。


 「……にわかには信じられないけど……はは、もう今更だね……それで、僕に何をさせる気なんだい?」

 「ハズミラから原典借りてきてください」

 「……え、それだけ?」

 「はい」


 冷静に考えれば、大したリスクのある計画じゃないのだ。失敗してもまぁ……予定通り捧魂祭が行われるだろうが、俺やウェルヌさんに危険が及ぶようなことではない。それに、ハズミラも一度は原典を気軽に貸してくれたのだ。気軽に借りてきてさっさと試すべきだろう。

 「わ、分かったよ。掛け合ってみる……その、さ。もしも……本当に死神さまと話せたとして、捧魂祭を止めてくれなかったら……」

 「諦めましょう」


 彼女なら嫌悪感を示すのは間違いないと思っているが、積極的に止めてくれるかで言えば怪しいのは違いない。


 「……本当についで、なんだね。シャーリーのことは」

 「まぁはい。というか、シャーリーのことは一旦忘れます。俺はあくまでその……ザラさんがあそこに閉じ込められて利用されて苦しんでいるなら助けたい。それだけを思うことにしましたから。だから……」


 今も苦しんでいるだろう人に向かって盛大な自殺を止めたいから一言お願いします! だなんてさすがに誠実さに欠けるだろう。だから、俺はひとまずシャーリーのことは考えずにあの声と向き合う。それに……再三言うが、自殺を止めることを助けるだなんて呼びたくないし、止める気もないのだ、俺は。シャーリー自身が消えたがっているのに生きていてほしいなんてエゴを押しつけることはしたくない……だから、俺は今ウェルヌさんにエゴを押しつける役を押しつけようとしている。卑怯ですなぁ。


 「シャーリーのことは、ウェルヌさんが俺の分まで考えといてください」

 「……!」


 俺の卑怯な魂胆を理解したのか定かではないが、ウェルヌさんは笑った。


―――――――――――――


 「もう、ダメじゃないですか! 危ないですよ、一人でベッドから出て……」

 「ごめんて」


 ウェルヌさんを見送った後、俺は起きてきたシャーリーに連行され、またベッドに寝かされてしまった。


 「ちゃんと起こしてください! 自分はハナビさんのお世話をしなきゃならないし、それに……」


 シャーリーはそこで言葉を切ると、切なそうな表情で言い淀む。


 「……今日が、最後ですから。だから……目一杯お世話させてください!」


 捧魂祭は明日である。必然、シャーリーが俺を介護できるのは今日限りなわけで、だから彼女はこうも張り切っている。それが自分が死した後のことを考慮しない無責任な親切であることに目を背けているところもかわいいが、そうだな。


 「確かに、最後だもんな」


 捧魂祭が中止になろうがなるまいが。シャーリーが死のうが生きようが、どの道こうしてシャーリーと過ごすのは最後になるだろう。


 「じゃ、ご飯を用意しますね!」

 「たのむー」


 そう言って、一旦部屋を出て行くシャーリー。ご飯の用意と言っても、手の込んだ料理をするわけではないっぽい。そんなことをしなくてもこの世界の食材は十分に美味いので発展していないからだと思われる。実際、まぁそれでもいいかと現代舌の俺ですら思ってしまう出来で、ハーデスの実のジャムとパン(豚のコブ)の組み合わせは絶品である。これ絶対レフトオーバーのデザイナーズコンボだよな。


 「ハナビさん!」


 と、そこで起源書の原典を借りてくるよう頼んだウェルヌさんが帰ってきた。ヒョロいのに走ってきたからか肩で息をしている。その様子を見るに、嬉しくてはしゃいで戻ってきたというわけではなさそう……となると。


 「……ダメでした?」

 「その、それが……」

 「私が説明しましょう」


 声と共にウェルヌさんの後ろから現れたのは、冥葬族巫女ハズミラ。やはりその手にも起源書はなく、何やらトラブルがあったらしい。


 「ハナビ様が求めている原典ですが、あれは明日の捧魂祭で使うのです。ですので、申し訳ありませんが、前日に持ち出すのは難しく……」

 「ハズミラ様! 少しだけで良いんです……!」

 「ウェルヌ」


 ハズミラの、俺と話していた時には決して見せなかった鋭い視線がウェルヌさんを射貫く。

 「そこまで言って、何故原典を?」

 「っ……!」

 「ハナビ様。なぜもう一度原典を? そして、そこまで急ぐだけの理由があるのでしょうか?」

 「……」


 うーん。どうしようか……説明するか、しまいか。以前見たハズミラの鶴の一声から言って、彼女さえ説得してしまえば原典は手に入るだろう。それに、以前の話では捧魂祭の成否にも大した拘りはないように感じた。


 けどなぁ……ハズミラは話の分かるえっちなお姉さんだけど、信仰の部分は未知数なのだ。原典に死神さま本人がいます! あと冥葬族のクリムサイズ=ザラ=グラエール像は解釈違いなんできっと捧魂祭には反対します! とか言ってへそを曲げない保障はない。そしてもし地雷を踏んでしまえば強硬手段以外の選択肢がなくなってしまう。


 ……考えた末。


 「……いや、ごめんハズミラ。無理を言ったよ。次の機会でいい」

 「……っ」

 「そうですか。ハナビ様……捧魂祭が終われば、ここに用もなくなるでしょう。是非、私の元へ。その時に、ゆっくりと原典を読めば良いでしょう」


 そう言って、ハズミラは足早にウェルヌ宅を去って行った。最高権力者だし、そりゃ忙しいんだろう。そして、完全にハズミラが去ってから。


 「……ハナビさん! それじゃあ、それじゃあシャーリーを助けるのは……!」

 「ウェルヌ兄? 自分がどうかしたんですか?」

 「っ……いや……」


 声を荒げるウェルヌさんだったが、シャーリーが部屋に戻ってきたことでキャンセルされた。落ち着け青年。


 「いやいや、まだチャンスはあるでしょ」

 「え……」

 「……何の話ですか?」


 ハズミラはしっかりと言っていた。


 「シャーリー」

 「はい?」

 「明日の捧魂祭、俺もちゃんと行くよ」


 原典は、捧魂祭で使われるって。


 「ほ、本当ですか? 自分の最期を、見て……」

 「あー、うんタブンネー」


 邪魔しに行くんだけどね!

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