ファストだぜ! 『冥閻の利鎌』

 「来たよ」

 「お」


 覚悟を決めた表情をしているウェルヌさんの声。どうやら、妹の望みとりも命を取る選択をしたようだ。


 「ちょっと待ってくれ……今そっち行くんで……」


 その妹、シャーリーは俺に抱きつく形で寝ていた。つまり、シャーリー抜きで話をするなら今しかない。ナイスタイミングである。起こさないようシャーリーの拘束をうまく振りほどき、ウェルヌさんと居間へ。


 「それで、シャーリーの望みよりも命を取るってことでよろしいか?」

 「うん……やっぱり、シャーリーを殺したくなんかない。そうしないで済む選択があるなら……聞かせてよ、どんな考えがあるのか……!」

 「じゃあまず、勘違いを正しておく。俺はシャーリーを助ける気なんてない」

 「え……」

 「そもそも俺は死にたがってる奴の自殺を止めることを助けるなんて言いたくないし、する気もない。あくまで、ついで。俺が目的を達成した場合に捧魂祭が無くなる可能性があるって話だ」

 「そんな……」


 ウェルヌさんの表情が陰るが、ここについて譲るつもりはない。そんな僅かな可能性に賭けて俺に協力しろと言っているのは紛れもない事実なのだから。そして、そんなウェルヌさんの感情を敢えて無視して話を続ける。


 「ところで、これ」

 「え……それは、起源書?」

 「俺はこの文字が全部読めるんだが」

 「え…………えぇ!? う、嘘……じゃ、じゃあ最後まで内容が……!」

 「もちろん分かります」

 「えぇ!?」

 「シャーリー起きるんで静かにしてください」


 地味に打ち明けるのはヒョウヤの次だったりする秘密を話し、盛大に驚かれる。静かにしてもらわなきゃ困るんだが……なんか、良いなこれ。もっと明かしていこうかな。今なら力もあるし、ヒョウヤの忠告していたような事態にはならないだろうしな……。


 「で、個人的に内容を研究してるウェルヌさんは、これをどういう物語だと考えていらっしゃる?」

 「どういうって……そりゃ、『五死』だよね。死神さまがその使命の中で様々な人々の生死に触れて成長していく……」

 「あっさい」

 「浅……!?」


 まぁニュアンスでしか感じ取れない上に上位層でも六章までしか分かっていない巫女や託士の話を間接的に聞いただけのウェルヌさんが浅いのは無理もないんだが、やはり『冥閻の利鎌』という物語における『五死』なんてものは主題からはほど遠いものだ。


 「えーとまず、この起源書の世界における死神がどういう存在だかっていうのを分かってます?」

 「それは……たしか、死が近づいた人間を導いたり、外法で延命する人間を処断したり、罪人を冥界で管理する役目を負った存在……だよね?」

 「まぁ大体そうですね」


 『冥閻の利鎌』における死神とは、主人公であるザラだけのことを指しているのではない。世界の流転を滞りなく回すためのシステムを支える、命がない存在のことを言う。


 「生まれたばかりの、命なき死神という存在として生まれた少女ザラが仕事を通して成長していく。ってのが前半の流れなのは確かです」


 作中でも、彼女が情緒を獲得するにつれ力が強くなっていく描写があったし、冥葬族がその影響を受けているのであれば『五死』という概念は確かに意味のあることなのかもしれない。しかし、『冥閻の利鎌』のストーリーにおいてこの前半の六章は前振りに過ぎない。前半は短編集のようにザラの視点で様々な人間の死が描かれるついでに彼女の情緒が発達していく構成になっているのだが、それらは後半の七から十章へ向けての伏線張りパートに過ぎないのだ。


 「この話の肝心な部分はあくまで七章……あー、第七階梯から。その肝心な部分を理解できていないから冥葬族は捧魂祭なんて頓珍漢なことができる」

 「……死神さまは、捧魂祭を良くは思わないと?」

 「むしろ地雷よりだと思いますね」


 俺の言葉に、ウェルヌさんは雷に打たれたかのような衝撃を受けたかのようだった。


 「……でも、証拠がないだろう? ハナビさんの言葉だけじゃみんなには信じて貰えないよ……どうやってそれを……」

 「それについては考えがあります。けど、その前に肝心の後半部分、どういう内容だと思いますか?」

 「え……教えてくれるのかい?」


 ウェルヌさんの目が若干の期待を帯びる。そこはすぐに答えを求めず何か言って欲しかったが、まぁいいだろう。


 「冥王グラエール、って分かります?」

 「あぁ……死神さまの上役で、全ての死神を統べる存在だよね?」

 「はい。その人……人? は部下思いで、ザラに対しても目をかけ……読んでいて親子のように思える描写もある存在だったんですが、七章の『死の浸食』にてグラエールは世界に反旗を翻します」


 その反逆こそ、冥現の逆転。俺が地底に逃げるために使った祝詞はまさにここから取ったものだが、要するに命ある者とない者を入れ替えようとしたのだ。


 「主人公のザラはグラエールよりも使命を優先して、親同然であったグラエールを処断することを決意します」


 しかし、敵は命のない死神。普通は倒すことができない相手だが、ザラは特別だった。たとえ死神が相手でも死という終わりを与える力に目覚めたザラはグラエールを打ち倒した。


 「無事に、グラエールの企みを阻止したザラでしたが、それはグラエールの望みを達成する行いでもあった」

 「望みって……計画は阻止したんだよね?」

 「はい。でも、グラエールの望みは計画の成就してもザラに倒される結果に終わったとしても達成されるものだった」


 グラエールの望みとは、自分や死神たちに終わりを与えること。命ある者とない者が逆転すれば、死神たちも命を手に入れられる。命が手に入ったのなら、それを失うことで死ぬことができる。ザラの特異性が開花してそれに倒される結果に終わったとしても、それはそれで得られなかった終わりが手に入る。


 ……死神たちは前半のザラのように、仕事を経るにつれて人間性を獲得していく。しかし、その人間性というものは命なき死神にとって毒だった。心を得てしまった者にとって死神の役目は苦く、あまりに永い。次第に病んでいく子供たちのためにグラエールは世界に反旗を翻す計画をした、というのが真実だった。


 「……消滅の際に、グラエールはザラに真実を話しました。そして、疲れ切っている兄や姉にも同じく終わりを与えてやってくれと、そう望みを託したんです」

 「……」

 「グラエールに代わって死神の長となったザラは遺言に従って同胞を永遠から解放して……でも死神は誰かがやらなければ世界は回らないから、自らもグラエールを名乗って受け継いだ力を以てたった一人で死神の役目を背負うことになった……これが、『冥閻の利鎌』という物語です」


 末妹であったザラは、死神たちの望みも役目も全て背負って、親も兄も姉も殺し、世界全ての人間の死を導く孤独な冥王となった。《誅戮の利鎌》クリムサイズ=ザラ=グラエールの誕生秘話。それが『冥閻の利鎌』という物語だ。


 「それは……たしかに、浅いと言われても仕方がないね……」

 「それで、そんな彼女がハズミラが持つ起源書の原典の中に閉じ込められている。俺はそれを助けたいんです」

 「……え?」


 俺の言葉に、ウェルヌさんは先ほどまでの驚きとはまた違ったぽかーんという音が聞こえてきそうな顔をした。

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