ギスギスだぜ! 報連相
目が覚める、夢の中で。そこはいつも通りの不思議空間で、俺はまず本棚にあった『火の精の恩寵と試練』を手に取った。ここには俺とリュッケが今まで触れてきた起源書があるとか聞いたが、見事に細部まで再現されている。当然、一度か二度読んだ本を完全に憶えているはずもないわけで、記憶の具現化というわけではなさそうだ。
「ねぇ、何してんの?」
「これはだね……」
怪訝そうに尋ねてくるリュッケに、起源書から目当ての文言を見つけて指さす。
「《黒焔爆葬》……アンタがよく使う祝詞よね」
「うん……って、そういえばリュッケって普通に日本語読めてるよな」
「アンタと繋がったおかげでね。記憶を読んで学習できたの」
「あぁ~なるほど」
そういうからくりがあったのか。つまり、リュッケに初めて声をかけられて祝詞を教えられたときには既に全部覗かれていたと。こわい……かわいい子だったから良かったものの……俺の内心の自由を守ってくれてありがとう、レフトオーバーお兄さん。あ、待てよ……そう見せかけてアイツが俺の心を盗聴している可能性も……うげぇ。
「で、なんで今更焔精族の起源書なのよ」
「実はさ、レフトオーバーと戦ったときに奴が《黒焔爆葬》を使ってきたんだけど……その時のアイツの祝詞は数字の羅列だったんだよ」
「……それ本当?」
俺が長ったらしく唱えて発動した《黒焔爆葬》と、レフトオーバーのそれは失も規模も同じで完全に打ち消し合った。たしか、《12》《254》《15》だったか。
「そんで、どういう理屈で祝詞を発動してるのか気になって確認してるんだが……謎は解けた」
「本当!?」
「アイツは《12》《254》《15》って言ってたんだが、見てみ。真ん中の《254》はそのまんまページ数になってる」
「ほんとだ……じゃあ《15》の方は……」
「完全に行数だねぇ」
レフトオーバーの祝詞の後二節は引用する事象のページ数と行数を機械的に指定したものと見て間違いはないだろう。
「俺たちの知ってる祝詞と理屈は全く同じだな……そう考えれば、最初の一節が何を指すのかも自然と分かる」
「起源書の指定……」
「どこにも書いてないけど、起源書にはアイツだけが知ってるIDみたいなもんがあるってことだと思う」
「なるほど……」
ま、『火の精の恩寵と試練』が12番ってことしか分かんないし、このやり方を俺がマネして祝詞が発動するかも検証が必要で分からない。故にそれは機会があれば検証するとして。
「んでリュッケ。本題なんだが……」
「……シャーリーのこと助けるって話?」
俺とウェルヌさんの話は聞いていたらしく、リュッケはウェルヌさんに仄めかした考えについての話だと思ったようだ。だが、実のところ俺はシャーリーを助けるための計画なんて練ってはいないしする気もない。成功すればもしかしたら捧魂祭が中止になるかな、程度の話だ。
「いや。レフトオーバーとのことを話そうと思う……んだけど、リュッケ。約束してくれ。冷静に、一旦話を聞いてくれ」
記憶を失う前のリュッケが危険な存在かもしれない。そんな話を……俺はリュッケ自身と共有することにした。実のところ、記憶喪失キャラが敵だったという展開は創作だと然程珍しくない。その経験から土壇場で裏切られる覚悟はできているし、記憶が戻るまでは味方なんだから秘密を抱えてギスるよりは共有した方が良さそうという判断だ。
「そして、それを聞いた後……まずは俺の試してみたいことに手を貸すのを優先してほしい。レフトオーバーのことは後回しだ」
「それは……まぁ、今挑んで勝ち目がある相手じゃなさそうだし、理解できるわ……アンタの試していたいことがなんなのかはちょっと気がかりだけど」
「それに、悪い奴ではなさそうだった」
「はぁ!?」
話を冷静に聞いていたリュッケだったが、俺がしれっと付け加えた一言には反発の声をあげた。
「こんな悪趣味な世界を創って、アタシの記憶を奪った奴が良い奴なわけ……!」
「落ち着けって。別に良い奴だとは言ってないし、良い奴も状況次第で悪いことするだろ」
行動の是非と人格の是非は必ずしも結びつかない。もちろん重要な方は行動で、レフトオーバーの所業は極悪だとは思うが、それでもアイツの中から悪意というものを嗅ぎ取ることはできなかった。
「それは……って、なんであんなやつを庇うの」
「……プライバシーを守ってくれたから?」
「悪かったわね! でも仕方なかったでしょ!」
「冗談冗談。もちろんリュッケには感謝してるって」
申し訳なさが少しだけ垣間見える怒り方をするリュッケをなだめて、いよいよ本題に入る。
「じゃあ本題だけど……アイツとは色々話した。んで、この世界の全体像とか、なんで人々がこんなにも憎み合ってるのかとか、なんで飽食なのかとか、丁寧に教えてくれた。俺がこの世界に転生したのも意図しないものらしくて、巻き込んだことに謝罪もされた」
「……」
「俺に利用価値があるのかもしれないが、それにしたって話せば分かるタイプに見えた」
「そんなの……!」
反論を叫ぼうとするリュッケを手で制す。一旦冷静に最後まで聞く。そういう約束だ。
「そんなレフトオーバーが、リュッケのことだけは異様に敵視、警戒していた」
「……なに、それ……だからアンタもアタシを……」
「疑ってる。記憶を失う前のリュッケが危険な奴なんじゃないかって」
「っ……!」
ここで誤魔化す気はない。俺の言葉に傷ついたリュッケを正面から見据える。
「アンタは……アタシよりアイツの方が信用できるって言うの!?」
「逆に聞くけど、リュッケはなんで記憶を失う前の自分を信用してるの? 何を根拠に?」
「それは……」
言い淀むリュッケは、やがて言い返す言葉を持たないことに気づいたのか黙って俯いてしまう。そんなリュッケを俺は抱き寄せた。普段なら毎度避けられるので実は初めての抱擁だ。
「……悪かった。言い過ぎたし、全部可能性の話だ。俺は今のリュッケのことなら全面的に信頼してる。だからこうして打ち明けてる」
「ハナビ……」
「それにさ、安心してくれ。もし記憶を取り戻したリュッケが俺に愛してるから一緒に世界を滅ぼしてって言われたら喜んで味方す──いてっ痛いっすリュッケさん」
「嬉しくないわ! 台無しよ!」
これは別に冗談で言ったわけではないのだが、リュッケをいつもの調子に戻す効果があったらしい。
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