立ち向かうぜ! 負けイベント

 させるか……!


 「《火の精の恩寵と試練》《怨炎》《黒焔爆葬》……!」


 今はリュッケと繋がっていない。このまま祝詞を使えば命はない。だが、全ては優先順位だ。後ろにシャーリーがいるなら俺の命など些末なことであり、躊躇う理由はない。


 俺が放った黒炎とレフトオーバーの放ったそれは性質規模ともに全く同じだったらしく、共に打ち消し合って消失する。


 「……今の、祝詞か? しかも焔精族の」

 「そうだが……何故邪魔をする? 《9》《352》《11》」

 「っ! 《ギガンと僕》《守人》《巨腕の盾》!」


 俺に質問をしながら平気で攻撃してくるレフトオーバー。今度の攻撃は複数の方向に放つレーザーで、瞬時に腕を巨大化させてシャーリーを守ったは良いが、異なるレーザーは当然のように他の冥葬族を貫く。負傷者が出たことで彼らもようやく新たな敵の存在に気づけたらしく、動揺が広がっていく。


 「シャーリー、逃げろ! 他の奴連れて早く!」

 「に、逃げろって……ハナビさんは……!」

 「コイツは俺が食い止める! ぐっ……!」

 「は、ハナビさん! 怪我を……!」


 いや……レフトオーバーの攻撃は今のところ全て防げている。だというのに、俺はよろめき血を吐いた。これはつまり、存在力の枯渇か……!


 『存在力はこの世界で存在を保つために必要なもの』らしいが、この感覚はヒョウヤの前で無茶な祝詞を使おうとしたときの感覚に似ている。十中八九、この症状は存在力不足による俺の死が近づいているせい。なんで吐血すんのかは分からん。


 「見ての通り……持たないかもしれないから、早く……!」

 「じ、自分も一緒に……!」

 「いやそれじゃ意味ないだろ! 俺はシャーリーに逃げて欲しいの!」


 巨人の力を宿したままの腕でレフトオーバーの攻撃を防ぎながらシャーリーを説得する。みんなのために犠牲になれるっていうのはシャーリーの本懐なのかもしれないが、俺が逃げ延びて欲しいのはシャーリーなのだ。他はついでである。あとぶっちゃけ役に立たない。レフトオーバーが即死の対策をしていないとは思えないし、そもそも第一階梯しか使えなくて戦闘技術も拙い奴とかいらない。


 「なんで、ですか……」

 「は? なんて?」

 「自分は! どうせもうすぐ死ぬんですよ!? そんな自分のためにハナビさんが傷つく必要は……」

 「みんなに看取られたいんだろ?」

 「っ!」

 「こだわってんだろ、死に方! 捧魂祭が最高の場所なんだろ!」

 「それは……!」


 あの夜。シャーリーの内心を聞いた日に、多くの人の心の中に残る死に方をしたいと言った。それを聞いてしまった以上、叶えてやれるように最善を尽くすのが俺の目的だ。だって美少女の願いだから!


 「自分は、ハナビさんにそんなになってまでそれを……!」

 「うっさいなー! 邪魔だから早く行ってくださーい!」

 「っ……う……うぅ……!」


 俺の強めの言葉で、ようやくシャーリーはこの場を後にした。これで俺が死んだりしたらより一層病みそうなんで、なるべく死にたくないなぁと思いながらレフトオーバーを睨む。シャーリーとの会話に気が向いている俺なんかどうとでもできる手段を持っていそうなレフトオーバーだが、奴は俺とシャーリーが話している様を不思議そうに眺めているだけで苛烈な攻撃を仕掛けては来なかった。


 「不可解だ」

 「あ? なにが?」

 「なぜ彼らを庇う?」

 「なぜって……」

 「説明しただろう?」


 レフトオーバーは俺が冥葬族に肩入れしているのが本気で理解できないらしく、攻撃の手も止めて尋ねてくる。


 「キミのような汚染されていない人間からすれば、彼らは理解の及ばない本能と思想に基づいて動く気色の悪い存在に見えるはずだ。ましてや冥葬族など……自ら死に近づこうとするなど、限りある命を持つ存在として破綻している。勝手に死んでおけ──と、そのように思うのが普通じゃないかい?」


 ……なんだ、ここは葛藤している風の表情でもすればいいのか。だが残念なことに、俺の表情は動かなかったし、心にも響かなかった。たしかにレフトオーバーの言いたいことは分かるし、冥葬族のことは何度も「やば民族じゃん……」と思った。けれども、俺はその問いの答えを出しているからここに立っている。


 「だってかわいいからぁ!」


 レフトオーバーが目を見開く。無理もない。今のセリフには「それでも仲間だからだぁ!」とか言って「下らん」とか「理解できん」とか返される流れだったし、こいつもそういう予想をしていたからこそ驚いているのかもしれない。だが、俺の答えは『シャーリーが美少女だったから』だ。それだけで命を張っている。こいつに人の心があるかは怪しいものだが、別にあっても理解できないだろうからレフトオーバーは悪くない。でもその呆け面は明確に隙なので突かせてもらう。


 「《いかづちのさえずり》《飛燕の電光》《迅閃》!」


 最も信頼している祝詞、《迅閃》を発動し、急接近。そのまま破れかぶれであるかも分からない心臓を狙うが、完全に見切られ躱されるどころか腕を掴まれる。ぐ……こりゃ万全でも勝ち目がなさそうである。さすがはラスボスといったところか。


 「! キミ……存在力が……」

 「あ……?」


 今更かよ。だが、その驚きは俺が突ける最後の隙と見た。


 「《いかづちのさえずり》《鳴禽の稲妻》《纏電》……!」

 「なっ……!?」


 腕を掴まれて拘束されていることを利用して、全身に電撃を纏う攻撃を浴びせる。レフトオーバーは思わず俺の腕を放して後退する。これで仕切り直しに成功……したが。


 「ぁ……」


 理解した。理解してしまった。今ので、俺は存在力を使い切った。視界が白んでいく。


 「……キミの希少性に免じて、冥葬族からは手を引く……が」


 地面に倒れていく身体をレフトオーバーに支えられ、何か囁かれる。内容は……分からない。耳ももはや機能していなかった。

 

 「リュッケ。あの存在は絶対悪だ。次に会うときまでに手を引くことだ」


 段々と、一つ一つ感覚がなくなっていき、やがて俺は最後に残った思考すらも失っていった。

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