滑ったぜ! 名台詞

 「ハナビ……!」


 目を覚ます。そこにあった景色は、地球儀、望遠鏡、本棚。見覚えがあるここは、いつも夢でリュッケと話す場所だ。


 「あれ……俺死んでないの?」

 「……死んではいない」

 「なにその含みのある言い方……」


 この場所でいつもと同じく俺を迎えてくれたはずのリュッケは、いつになく表情が暗い。


 「一番大変な目に遭ったアンタにあれこれ聞きたくはないんだけど……何があったの? アタシとの繋がりが切れてから……」

 「何がって……え、記憶読めば済むんじゃないか?」


 初めて俺と繋がったときにリュッケは前世の記憶まで覗いていたし、俺の思考も丸裸だった。たとえ一時的に繋がりが途切れたとしても、もう一度同じようにすれば済む話なんじゃないか。


 「……ダメなの。アンタの記憶も、奥の考えも……読めなくなってるの! アイツに何かされたんでしょ!? 心当たりは……?」

 「……あー」


 奴は……レフトオーバーは、俺が動けない隙を突いて頭に触れながら何か呟いて……おそらく祝詞ではない魔法を使っていた。アレの効果がリュッケの思考盗聴阻止だとするならば。レフトオーバーの言動的に、リュッケとは敵対関係。なぜだか俺を殺すことは選択肢になかったらしいアイツが、敵対するリュッケに情報を渡さないよう俺に細工をした……という風に考えれば辻褄は合う。


 まじか……プライバシーには一家言あるタイプの黒幕だったのか……。


 「心当たりは……ある。アイツ……レフトオーバーの仕業だ。それよりさ、リュッケの起源書。やっぱりアイツが持ってたので間違いないのか?」

 「……うん」

 「そっかぁ」


 レフトオーバーはリュッケを異様に危険視し、警戒して記憶を奪って封じ込めるまでしている。もちろん、俺が二人のどちらに味方をするかと言えばリュッケだが、ここでネックとなる問題が出てくる。


 リュッケは記憶喪失なのだ。命を助けられているし、関わっていて今のリュッケが悪い存在ではないことは分かるが、記憶を失う前の本来のリュッケがヤバい奴である可能性は十分にある。記憶とはほとんど人格とイコールなんだから、本来のリュッケは俺の知る彼女とは別人。当然、信用材料は何もない。


 って、この考えも本当なら全部リュッケに筒抜けだったのか。レフトオーバーはここまで見越しての布石だったのか?


 「って、あー……ごめんリュッケ。アイツとは色々話したんだけどさ……少し整理させてくれないか」

 「……そっか。わかった……」


 良い子や……この子が悪い奴なわけないだろ! いい加減にしろ!


 「それで……俺はどうなったんだ? こうして話してるってことは生き延びたんだよな?」

 「ハナビ……ごめん、アタシの再接続が遅くなって」

 「え……いや、こうして話してるんだからなんとかなって……」

 「……ごめんなさい」

 「え? え?」


 沈痛な面持ちで、謝罪を口にするだけのリュッケと、俺の視界がどんどん離れていく。この感覚は肉体が目覚めようとしているいつもの感覚だが、怖い怖すぎる。なんだその顔は。言ってくれ! 俺は無事だと言ってくれリュッケさーん!


――――――――――――――――――――――――――


 「ハナビさん! ハナビさん……っ!」


 俺を呼ぶ声。目を覚ました俺の耳に響いてきたのは、シャーリーが必死に俺に呼びかける声だった。


 「それ……いいな……」

 「っ! ハナビさん……!」


 どうやら、俺はうつ伏せで倒れ伏していたらしく、地面と触れた顔が痛い。なんとか声の方に首を動かすと、シャーリーの酷い泣き顔と目が合った。


 「今の、シャーリーの俺を呼ぶ声……絶対起きれる目覚ましにちょうどいいな……」

 「ハナビさん……! よく、無事で……!」


 ……見逃されただけなんで、ちょっぴり複雑な気持ちなんだが。まぁ、シャーリーの心の傷を増やさずに済んで良かったか。


 「なんで……自分のためにこんな……」

 「えー、まだその話する?」


 いい加減、しつこくなかろうか。生かしてあげたんだから素直に喜んで欲しいぜ全く。


 「いや、まぁ結果的に俺はこうして無事に生きてるわけだしさ。泣かないでくれよ。ほら、この通り──」


 確かにうつ伏せだと格好がつかないと思い、立ち上がろうと左腕に力を入れてよっこらせ。

 ぐしゃり。


 体重をかけた瞬間。地面に立てた腕が、あっさりと、まるで初めから砂でできていかのように、崩れ去る。


 「ぇ……?」


 腕。絶対の信頼を置いていたその支えが消失し、俺の上体は再び地面と衝突する。いてぇ。

 「ハナビさん……う、腕が……」


 そして、自責と絶望を帯びたシャーリーの瞳と目が合う。俺の腕のように、今にも崩れ去りそうなシャーリーの心を前に、とにかく安心させようと俺の口が動く。


 「……や、安いもんだ……腕の一本くらい……」

 「そんなわけないじゃないですか!」


 …………。




 シャンクス通じなかったわ。


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