ラスボス戦だぜ! セーブはできていない
さて、《鉄と正義と》の祝詞で普通に探知して追いつくことに成功して、前世由来の尾行技術で冥葬族の部隊に付いてきたわけだが。ちゃんとシャーリーの姿も確認した。ハズミラは見当たらないので、防衛に回って待機をしているようだ。
ま、即死の使い手があんだけいれば負ける未来は見えない。無駄足だったのかもな。そういえば、シャーリーが普通に祝詞で武装していたわけだが、俺も武器を出せばいざという時にリュッケの存在力供給がなくても戦えるんじゃなかろうか。
──ちょっと、アタシが手を貸さないようなマネをする予定があるってこと!?
イヤ、念のためにね? そうだな、適当なアサルトライフルがあれば俺もかなりデキルと……あ、ダメだ。今の身体じゃ反動で死ぬわ。身体強化と併用……は結局祝詞使ってるから意味ないし。
──そもそも、祝詞で武器を出しても出している間はずっと存在力を消費するわよ。
ダメじゃん。閉廷! はい解散!
「……と、始まったか」
いつの間にか到着していたようで、彼らが囲んでいるところの地下に敵の拠点があるらしい。地底で地下とはこれいかに。
「ん……あれは……《死界の顕出》か? ……もしかしてあれで全滅終了か? うげぇ……」
《死界の顕出》。『冥閻の利鎌』の六章で、あの世とこの世がひっくり返りかけた時の描写を持ってきたものだろう。効果範囲が見ての通りで、効果がハズミラの言葉通りなら、中の敵が全員死んで終わりである……はずなのだが。
「……様子が変ですねぇ」
どうやら戦いは終わらなかったどころか敵に何の被害も与えられなかったらしく、冥葬族にはパニック。敵の方もはじめは死なない自分たちに驚いていたが、それを事実と受け入れた彼らは攻勢へ。だが、もちろんそうはいかない。残念、ハナビちゃんいました!
「《いかづちのさえずり》《飛燕の電光》《迅閃》」
最強祝詞、《迅閃》発動! これでピンチに駆けつけるの、もう何回かやってる気がするけど、それは《迅閃》が便利すぎるのが悪い。
電撃を宿し、その速さは稲妻のごとし。武器を出して明らかに押されているシャーリーのもとへダッシュ。全力で逆転劇に水を差させてもらおう。恨むなら俺と先に美少女をエンカウントさせることができた冥葬族の運の良さを恨むんだな!
「……ハナビさん!?」
「よっ!」
シャーリーの部隊を襲っていた敵を瞬く間に貫き、シャーリーたちの窮地を救う。目立つ光と音を立てて現れたシャーリーだけでなくこの場の全員が驚く。無理もないが、その隙は遠慮なく突かせていただこう。
「《火の精の恩寵と試練》《怨炎》《黒焔爆葬》!」
火の精の怨嗟が宿った黒い炎が敵を灼く。焔精族の祝詞第七階梯……あの時は一発で存在力が切れかけた技だが、リュッケが肩代わりしてくれるのなら出し惜しみはしない。なぜだか冥葬族の祝詞が効かなかっただけで、敵は俺の炎に為す術もなく灼かれていく。
「《鉄と正義と》《リープ・ザ・マークツー》《ジェットスラッグ》!」
鋼鉄のヒーローの強化形態、その追加機能である飛翔能力を再現して飛び上がる。空中から戦況を観察して、撃ち漏らしを《ペネトレイト・レイ》で仕留める。出てきている敵を貫くか焼いたかしたことを確認して着地。まだ拠点の中に敵がいる可能性はあるが、囚われた人がいるかもしれないことを考えれば確認も無しに焼くわけにはいかない。
「ふー……なんとかなったか」
「ハナビさん! どうして……」
「心配で付いてきた。そしてそれが的中してしまったわけだ」
「本当は……隊長の奇襲で全て終わるはずだったんです……でも、なぜか効果がなくて……こんなこと一度もなかったのに」
案の定というか、やはり冥葬族の必殺(文字通り)祝詞が効かなかったことは想定外であるようだった。
「ま、なんにせよ無事で良かった」
「本当に……ありがとうございます。しかも一人で自分たちみんなを助けて……やっぱり神様なんですか?」
「それは違うけど」
とにかく、またもシャーリーのピンチを救えたようで何よりだ。……なんか、周りで遠巻きにこっちを見ているシャーリーの同僚たちからも「やっぱり神様なんじゃ」って声が聞こえてくる気がするが、気にしない気にしない。仕事はまだ終わっていないのだ。十全に力を発揮できるのが俺しかいない以上、敵拠点突入の先陣を切るのも俺が適任だろう。
ということで、この部隊の隊長っぽい人に近づこうと歩き始めた一歩目。
「興味深い……キミ、ニュートラルだろう?」
聞き慣れぬ、底冷えするようなイケボ。背筋が凍るような感覚を自覚しながら声の方を振り向けば、いた。冥葬族に紛れて、そこにいるのが当たり前のように世界に溶け込んだ半身異形の男が、こちらを見ていた。
あんなにも目立つ風貌の男だというのに、シャーリーもみんなも誰もその男を認識していない。今のこれを異常事態だと判断した俺の警戒レベルが跳ね上がり、そして。
──アイツは……! 間違いない! アイツがこの世界の黒幕、支配者よ!
マジ……? ラスボス戦の前には進むと戻れないよって警告出すのがマナーなんじゃないですかね……?
とは言ったが、戦う気はないぞ。奴の眼を見れば分かる、アレは自分の命をベットしていない奴の眼だ。覚悟の有無とかそういうことではなく、自分は絶対の安全を確保できているって認識している奴の眼をしている。こういう明らかに視座の違う手合いにはまず同じステージを探して立つことから始めなきゃ勝負にならないと決まっている。
「ニュートラルであるにも拘わらず祝詞が使える……となると、答えは一つか」
「……なんか色々言ってるけど、まずは自己紹介からなんじゃないですかね」
意を決して、男に声をかける。リュッケ曰く世界の黒幕らしいが、こいつやその計画にとって俺やリュッケがどういう存在なのかが全くの未知数。とにかく会話できるなら情報が欲しいと思っての判断。
「ハナビさん……?」
突然虚空を見つめ、虚空に声をかけ始めた俺をシャーリーが心配そうに見つめる。可哀想だが、そっちを見てはあげられない。少しでも目を離せば何かされそうな、そんな気配が男からは感じられる。そして肝心のその男は、自己紹介はせずに黙って俺の方を観察していたかと思えば、不意に口を開く。
「キミは興味深い……が、着いている悪い虫だけはいただけないな」
「……悪い虫?」
え……悪い虫って……もしかしてシャーリーのことか? なんだなんだ、俺に気があるのか……? 趣味じゃないから困るんだが……。
「わざわざ望界書苑を使ってまで封じたというのに……まさかそこからニュートラルにパスを繋げるなんて抜け道があったとはね」
──……まさか、アイツがアタシを……!
「……リュッケのことか……!」
バレている。どうやってかは分からないが、俺がこうしてリュッケと話していることが看破された。そして、口ぶりからしてリュッケの記憶もこいつが関わっている可能性が高い。マジかよ……世のためとか興味なかったけど結局世界の黒幕と戦うことになりそうじゃん……!
「リュッケ。知らぬ名だが、名を奪ったのであれば当然か……して、そうまでして探しているのはこれか」
男はそう言って、手元に黒い起源書を出現させた。その起源書はまるで邪教の経典みたいな悪そうなデザインをしていて、遠目に見える表紙にはおどろおどろしいフォントでタイトルが書かれているように見える。
──間違いない……! あれ、アタシの起源書だ……!
え……まじ? なんか……ちょっと邪悪じゃない? 趣味悪くない?
──それは……思ったけど、でも感じるの! あそこにアタシの力を……!
「そ、そうかぁ……あのぉ~、それ、俺の彼女のものみたいなんですけどぉ……返して貰えたりって……」
NTRの導入のような、まるで美人彼女をナンパされたときのオタクのような低姿勢で、穏便に譲って貰えないか尋ねる。
「無理な話だ。それを許したのではこの世界の意義の半分を否定することになる」
ダメだった。ってか、この世界の意義……?
「さて……別れ断て切れ遠ざけ隔て」
──これ……本……異世……魔……気……つけ……。
「
「リュッケ? おい……どうした……!?」
リュッケから聞こえてくる声にノイズが掛かったかと思えば、男が何かしたのを境に全く聞こえなくなる。
「何が……どうなって……」
「接続を切った」
やはりというか何というか、リュッケの声が聞こえないのもこの男の仕業……さっきの、詠唱の効果らしい。
「……今の、祝詞か?」
「まさか。
本物の魔法。リュッケは、起源書の出来事は異世界での事実だと言った。その中には当然魔法が存在する世界もあって、つまりこの男は。
「さて……まず謝罪しよう来訪者。こんな世界に巻き込んでしまったことを深く詫びる。改めて、私はレフトオーバー。この儀界の主だ」
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