出撃だぜ! 戦いの予感

 あれから三日。俺はその間冥葬族の村でシャーリーやウェルヌと交友を深めたり、なんか崇められたり、色々見学したり、麺麭瘤豚を見たり、寝ている間にリュッケと会議したり、ハズミラに書庫へ入れてくれとお願いしたら普通にやんわり断られたり、やっぱり崇められたり……そして、起源書『冥閻の利鎌』を読み込んでいたりしたのだが。


 「……」


 全編読み通して思ったが、抱いていた偏見とは大きく異なる物語だったというか。『五死』……たしかにその文化の元となったであろうストーリーはあったが、それはメインじゃないだろう。


 これは……孤独の物語だ。


 「ハナビさん、おはよう」

 「あ、どーも」


 なんて考え事をしながら居間へ入ると、ウェルヌさんが挨拶をしてきた。別に居候させてもらってるんだから当たり前なんだが、今日はシャーリーの姿が見えなかった。昼夜がないことで微妙に生活リズムがズレているが、昨日も一昨日もシャーリーはいたので、不思議に思って尋ねる。


 「あれ、シャーリーは?」

 「任務だよ」

 「え、聞いてない」


 どうやら彼女は俺に何も言わずに巫女見習いとしての任務へ出発したらしい。


 「どうやら、敵の残党の拠点が見つかったらしくてね。なるべく早く叩くって、急に決まったらしいんだ」


 敵っていうと……例の三人組みたく、地底の負け組種族で連んでる奴らか。異種族を排除するのが本能的なものなら、よくあいつらは共闘できてるな……と今になって感心する。


 「……シャーリー、祭りで殉死が決まってるのに任務あるんすか?」

 「それはそれ、これはこれってことみたいだけど……一番は、シャーリーがやる気だったみたいで……そこには、非巫女の冥葬族が囚われているらしくて……そこにシャーリーの友達もいるかもって……なら、この手で引導を……尊厳ある死をって躍起で」

 「……」


 理屈は分かるけどさぁ……よく考えて欲しい。引導がどうのってことじゃなく、シャーリーは第一階梯しか使えないのだ。足手まといになりそうなんだから大人しくしておけよ……と呆れる。そう出しゃばりだからよく庇われるんじゃなかろうか……なんて思ってはいけない考えがよぎるが、なんとかそれを振り払う。

 

 「俺も行く」

 「えっ」


 折角望む形での死が手に入りそうなのに、なんでそんなリスクを取るのかとか。そんな文句は直接言うとして。心配なのである。シャーリー以外の強力な即死祝詞で全てが終わるほど容易い任務なのかもしれないが、保険として俺も行かせてもらおう。


 「今から追いかけるの? どうやって……っていうか、ダメだよ! 許可もなしに……」

 「祝詞使えば人の場所くらい分かるんで」

 「祝詞……!? 起源書は感じれないって……」

 「あれ、聞いてなかったんですか? 俺はどの種族の祝詞でも使えるんで、ここで一番強いの俺なんで……あと、まだ縛られた覚えも首輪つけられた覚えもないんで!」


 そう言って、ウェルヌ宅を飛び出して村の外へ。


 ……勢いよく出てきたは良いけど、リュッケさん、いざとなったら存在力貸してくれますよね……?


 ──……ま、いいわよ。


――――――――――――――――――――――――――


 「どうするんだよ! 間違いない、ここが見つかったんだ!」

 「じきに冥葬族の主力が来るぞ……もう為す術が……終わりだ……!」


 骸供族聖地。地底の一角にほんの少しだけ残った、ルーツを『冥閻の利鎌』に染められていない土地の一つ。追い詰められた骸供族唯一の安息の地。そこが、冥葬族に見つかった。少しでも土地の力を強めるため、子供を増やした、それが仇となった。頭数が増えようと、その分の食糧確保は難しくないのが地底であり、この世界。それが分かっていた彼らは故にこそこの計画を進めたのだが、いくら食材が豊富とは言ってもそれらが勝手に集まってくるわけではない。食糧をまかなうために採取の探索範囲を広げ……結果、その尻尾を冥葬族に掴まれて今に至る。


 冥葬族の主力が来れば、彼らは終わりだ。冥葬族の祝詞にはその場を死の世界に見立てるものがあり、その範囲内にいるものを死へと誘う。その対抗手段など彼らは持ち合わせていなかった。


 骸供族は、不死者の使役というこの地底で唯一冥葬族に対抗できる祝詞を扱う種族。彼らの滅亡は、同盟を組む黒陰族や魔瘴族にとっても状況がほぼ詰みから詰みへと変じることを意味していた。


 そんな絶望的状況に、骸供族は恐慌状態になり、作られた赤子は泣きわめき、虜囚は安らぎを期待した。


 そんな混沌の中で。


 不気味な足音が響いているのにも拘わらず、誰もそのことに気づいていなかった。


 「既に……《誅戮の利鎌》クリムサイズ=ザラ=グラエールは招き終えている」


 それは、半身異形の男。聞き惚れる者がいてもおかしくないような通る声で言葉を発しているのにも拘わらず、やはりその存在を認識する者は誰もいない。


 「このまま、冥葬族が一人勝ちをするのは好ましくない……時代を変える時だ」


 男が手を翳すと、そこに魔法陣と呼ぶべき文様が現れ、この場の人々を覆った。


 「延ばせ響け繋げ刻め還れ超えろ──魂身繋糸ソウル・フィックス。調整の時間だ」


 。それを付与する光が、誰にも認識されぬまま聖地へと降り注いだ。

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