重症だぜ! 希死念慮

 「ん……あれ、ハナビさん……?」

 「あー、起こしちゃった?」


 兄妹二人暮らしの家に、余分な部屋などなく。俺はシャーリーの部屋にこっそり入って端っこを間借りしようとしていたのだが、シャーリーを起こしてしまったらしい。不覚。


 「ふぁー、いえいえ。自分は十分寝れましたので!」

 「そっか」


 思えば、地底には太陽がない。つまり朝とか夜とかもないわけで、睡眠に関しても自由度が高い。別にシャーリーが今から起きるのも普通のことなのかもしれない。


 「その……改めて、助けてくれてありがとうございます!」

 「急に?」

 「それと、無傷でいてくれてありがとうございます!」

 「え、どういう?」


 シャーリーから思わぬ方向での感謝をされて面食らう。


 「自分は……祝詞も初歩しか使えない役立たずで……ハナビさんがいなかったら自分も喉を潰されて、捕まって連れて行かれていたと思います」

 「喉……あぁ祝詞対策か」


 敵もそのようなことを言っていたっけか。確かに喉を潰されたら俺だってどうにもできない。俺がキヌやシャーリーと同じ感覚で祝詞を使っているという保障はどこにもないが、俺はただ決まった文を発音しているだけで、存在力とやらを動かしている感覚もないし原理もよく分かっていない。なので詠唱破棄なんか夢のまた夢であり、喉という弱点から逃れられる道は見えない。


 「そんな自分が今まで生き残っていられたのは、みんなが守ってくれたから」

 「……」

 「こんな自分のために、傷ついたり、殉死した人が何人かいました。自分は……その度に、苦しくて……だから、ハナビさんが無傷で自分を助けてくれるくらい強いことにも感謝してるんです」

 「優しいねぇ」


 そんなところもポイント高いぜ! でもやっぱ気にしすぎだとも思ったぞ。冥葬族の価値観的に、そいつらはハナビのための殉死というものに高い価値を見出して犠牲になったように思える。だから普通以上に独善的というか……負い目まで感じる必要はないんじゃなかろうか。言って自分を責めるのをやめるタイプには全く見えないから口には出さんけどな!


 「にしても、送死。経験あるのか」

 「……はい。普通、五死を経験すれば階梯が上がるって言われてるんです。でも、自分は未だに第一階梯の祝詞しか使えなくて……それに、与死も経験していないので……」

 「敵を殺したことないのか」

 「自分は……役立たずなので」


 ……たしかに、あの鎌は強いけどシャーリーは強そうに見えない。鈍い骨数体を振り切って本体を狙うことができていなかったし、そもそも武器捌きや体術がぎこちなかった。そもそも、ハズミラの口ぶりからしてわざわざ武器を当てなくとも簡単に相手を殺せるような祝詞がもっと上位にありそうなので、イレギュラーが起きない限り彼女の出る幕がないと考えればキルスコア0でも納得がいくか。


 「だから……役立たずだから、捧魂祭で死んで役に立ちたいのか?」


 核心。そのつもりで口に出した問いに、シャーリーは苦笑した。


 「自分は……みんなのことは好きですけど、この世界は嫌いです」

 「……ま、特に好かれそうな部分は……いや」


 こんな世界に好きになるような要素なんかない……と一瞬思ったが、基本的に飢えなさそうっていうのは数少ない取り柄か。……でも、生まれたときから飽食が当たり前ならありがたみを感じないのも無理はない。


 「すまん、続けてくれ」

 「あ、はい……戦いは嫌いです。みんなは自分を置いていくし、その死すら汚される。でも、止められないんです。いざ異種族を前にすると、殺せ、殺せって……死神さまの声がするんです。それに、今更仲間を連れ去ったあいつらを許すことなんてできません」


 ヒョウヤは、起源書に突き動かされているとかなんとか言っていたが、ここまではっきりとそれを肯定する証言が聞けたことはありがたい。これはかなり重要な情報のように思える。この世界の憎み合いが本能的なものならば、俺やヒョウヤがあの村で苛烈な迫害に遭わなかったり、俺があっさりとここに受け入れられたのはその本能が働いていないから、ということになりそうだ。


 「でも、それは相手も同じだと思うんです。憎しみを無視できないのも、声に突き動かされるのも……だから自分はこの世界が嫌い」

 「……なぁ、俺はどうなんだ? ほら、異種族」

 「ハナビさんは……死の匂いもそうですけど、それとは別に何の声も聞こえないんです。やっぱり神様なんじゃないですか?」

 「違うけど」


 それは違うが、リュッケによると俺はどの種族でもないらしい。ヒョウヤが迫害されなかったのは半分同族だからで、俺の場合は同じ種族ではないが異種族ではない……から? あかん、ややこしい。種族って名称が良くない気がするなこれ。


 「えっと……それで、こんな世界から脱出したいから祭りで死ねて嬉しいってことか?」

 「……半分はそうです」

 「半分」


 ま、ただこの世界から逃げ出したいなら自死でいいしな。この様子だとただ名誉とか徳があるからとかじゃなく、ちゃんとした理由がありそうだ。


 「送死って、辛いんです」

 「ま、でしょうねぇ」


 親しい人の最期を看取るのが辛くないわけがない。そこが「これで階梯が上がるぜ!」とかじゃなくて本当に良かったわ。安心安心。


 「というか、辛くないと意味がありません。死んで構わないと思ってる人の最期を見届けたって、それは送死にならないから」

 「……なるほど」

 「だから、送死は辛いものなんですけど……思うんです。それは見送る側の話であって、見送られる方は逆なんじゃないかって」

 「うん?」

 「ずっと……事あるごとに、自分を庇った人の死に顔を思い浮かべることがあります。これって……自分の心の中にみんながいるってことじゃないですか。自分はこんなに苦しいのに、心の中のみんなは笑っていて……羨ましいなぁって思って……自分も、こんなにもっと多くの人の心に残って逝けたらって思って……だから、捧魂祭は最高の場なんです」

 「曇らせフェチみたいなこと言うじゃん……」


 優しいか? この子本当に優しいか? ご家族ご友人に呪いをかけて死のうとしているのは果たして優しいのだろうか……いや、そんなになるまで病んでしまっているんだろうけど。まぁでも……かわいいからいいか。


 にしても、なるほど……さっさと世界から消えたい+みんなの記憶で生きたい+送死の生け贄として役に立ちたいが動機か……うん、こりゃ説得きちーわ。すまんお義兄さん!


 「でも……その日が来る前にハナビさんに会えて良かったです」

 「……その心は?」

 「ハナビさんは強くて格好よくて可愛くて……理想のヒーローみたいだから」


 脈ありみたいなこと言うやん……まぁ一週間後にはなくなる脈なんだけどねハハハハ何わろとんねん。


 「ハナビさんみたいな凄い人は……きっと自分には想像もつかないような凄いことを成し遂げると思うんです。とても自分ではついて行けないかもしれないけど……記憶としてなら、ハナビさんと一緒にいられます。だから……捧魂祭、ハナビさんも見に来てくださいね?」

 「あっはい……」


 こいつ……俺にも呪いをかける気満々だぞ……! 残念ながら、俺はシャーリーが期待するほど引きずってあげられないかもしれないが……最後に一つ、思ったことを口にしてみる。

 「……なぁ、もし俺が本当に神様で、捧魂祭なんて間違っているって言ったら……踏みとどまるか?」


 俺の問いに、シャーリーが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。


 「神様なんですか?」


 そう言って、笑った。


 「いや、違うけど」


 事実なので、俺もそう言うしかなかった。

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