イレギュラーだぜ! 起源書原本
色々衝撃的な説明も一段落。俺が再びハズミラの谷間に頭を埋めてついでに手をサイドの胸に伸ばしてやろうかと逡巡していた時に、ハズミラが思い当たったような声である提案をしてきた。
「そうです! 我々の起源書に触れてみませんか? ハナビ様ほどの方であれば死神さまへの理解が深まるかもしれません」
期待しているハズミラには悪いが、起源書を感じるなんて俺には絶対無理だ。それでも冥葬族の起源書を見せてくれるってのは願ってもない話なんで引き受ける。当たり前だがハズミラは起源書を取ってくると言って部屋を出てしまった。……やっぱちょっと揉んでおくんだったか……。
それはそれとして、日本語のことは……ま、わざわざ言わないでも良いか。
しばし後、戻ってきたハズミラが差し出してきた起源書の表紙には、しっかり漢字とひらがなで『冥閻の利鎌』と書いてあった。焔精族の村で見たようなものと同じように思える。
「どうぞ。これが我らのルーツとなっている起源書です」
「じゃ、遠慮なく……」
ハズミラに勧められるがまま、俺はいつものように躊躇なく起源書に触れて。
『Hglk yvrmt hgfkrw』
「っ!?」
瞬間、脳内を劈くような叫びに襲われ、思わず手を引っ込めた。
「……ハナビ様?」
「……」
気のせい……その可能性にかけて、もう一度手を伸ばす。
『Ovg nv tl』
「ぐぅ……!」
気のせいなどではなく、悲鳴のような呻きのような、悲痛で意味を理解することのできない叫びが脳内をこだまする。今度は数秒の間触れていられるも、やはり苦しくなって手を退けた。なんだこりゃ……明らかに今まで読んできた起源書とは異なる。
「ハナビ様……大丈夫ですか?」
「大丈夫ではない……なぁ、この起源書、普通のやつか? 触ったら悲鳴が聞こえる呪いみたいなのかかってない?」
「悲鳴……? いえ、私は普通に触っていますし……ですが、普通の起源書とは違っているかもしれません。これは原本ですから」
「原本……」
たしか、意外と同じ種類がたくさんある起源書の中でも、巫女が最も感じ取りやすい厳重保管された起源書……だったっけ。そんなことをヒョウヤが言っていたような気がする。
「……なぁ、原本じゃないのはあるか? そっちも見てみたい」
「わ、分かりました……少々お待ちください」
俺の言動を怪訝そうに見ながらも、ハズミラは別の起源書を取りに部屋を出た。
なんだったんだアレは……リュッケさんはなんか知ってます?
──いえ……原本だからってルーツでもない起源書に触って何か聞こえるなんて話は聞いたことないし……その、悪いんだけど、アタシには悲鳴っていうのは聞こえなかったわ。もちろんアンタが嘘をついていないのは分かるんだけど……。
マジ? 俺の感覚を覗いているはずのリュッケにも聞こえないって……本格的に幻聴なのか? ……でも、確認のためにもう一回触る勇気は出ないな。割と辛かったし。
「お待たせしました。これが普通の起源書です」
「お、さんきゅ」
ハズミラが原本の代わりに持ってきた起源書は、見た目はさっきのものと寸分違わず、完全に同じもののように思える。
「……一緒にしか見えないんだけど、ハズミラたちは原本とその他の違いが分かるのか?」
「はい。巫女の素養があれば……ですが、他の種族の起源書については原本を見分けることはできませんね。ハナビ様が識別できないのも当然かと」
「そっか……どれどれ」
ちょっぴり勇気を出して、起源書に触れる。今度は何も起こらず、普通に手に取り、普通に開くことができた。
「……これなら読めるな……」
「読める……?」
「あぁいや……やっぱり感じることはできないけど、さっきと違って変な声も聞こえない……なぁ、頑張れば死神さまを感じることができるかもしれないから、これ借りてもいいか?」
「はい……それなら持ち出しても構いませんが……」
よし。原本について気になることはできてしまったが、これを持ち帰って読み込めば俺は無敵だ。即死連発! 勝ったな……。
──……アンタが読まなくても、《冥閻の利鎌》の祝詞ならアタシが把握してるけど。
たしかに……や、自分で分かってないと応用とか利かないし、死神についても分からないままだし、やっぱり自分で読む必要があるだろう。
「その……ハナビ様? 持ち出すと言っても、どこへ? 村の外は危険ですよ」
「あ……たしかに俺どこで暮らせば……」
忍耐力任せでここまで来た俺だが、実は地底落下時にほぼ気絶みたいな眠りから目覚めて以降寝ていない。さすがにこの状態で野宿は厳しいので、冥葬族を信用してでもぶっちゃけ寝床が欲しい。
「良ければ私と共にここで……」
「えっえっ……マジ?」
ハズミラお姉さんと四六時中一緒生活……!? ちょっと定住しよ……あぁでも……大変魅力的だけども。
「あーでも……ちょっとシャーリーと腰を据えて話したいことあるからさ」
「……そうですか」
散々捧魂祭の話をした後だ。俺がシャーリーと話したいと思っている内容をハズミラは察しているようだったが、咎める言葉は出てこなかった。
「でしたら、シャーリーとウェルヌの家で厄介になれるよう手配をしましょう」
「おぉ……何から何まで……」
そうして、俺はシャーリーの家にしばらく泊まることが決まった。ハズミラは護衛だか使用人だかを呼び戻し、俺についての説明をしてくれた。俺の扱いとか、そういうのを定めた後、解散。俺もそこで屋敷を出ることになったが、去り際にハズミラが話しかけてきた。
「……ハナビ様。本物の死とは、どういう感覚なのでしょう?」
そんな、さらっと聞くのは重めな質問。ハズミラのシリアスな表情からしても、彼女にとって重要な意味のある問いなのは分かった。……そんな重めの期待を寄せているところ悪いんだけど。
「……いやごめん、もう読めない漫画の続きのことばっか考えてて自分の死に集中できてなかったんだよね」
「まんが……?」
ぶっちゃけ、染みついた生き方を変えられなかった時点で、ああいう終わりは決まっていたようなもんだし、覚悟というか諦めはついていた。だから、自分が死ぬこととかはどうでも良くて、病気で長期休載してなければ最後まで追えていたのに……! みたいな世界への恨み言が出てくる始末だった。意識が闇に溶けたかと思ったらすぐ転生だし、死後の世界も知らない。
なんか……ほんと、尽くなんか役に立てなくてすまんね!
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