ピンチだぜ! 二重の意味で

 「アレが魔獣か……でっけー」

 「魔獣にもいろいろいる……情報が正しければ、あれは特別大きいもののはずだ」


 俺が小学生みたいな感想を述べると、ヒョウヤがすかさず補足と訂正をする。思うんだが、ヒョウヤのこの物知りっぷりはどこから情報を仕入れてきているんだろうか。さすがに俺が無知ってことを踏まえても詳しすぎじゃないか? それとも本当に俺がキヌとイチャイチャしていた時にお姉さんがみんなに教えていたことなんだろうか。


 そんなことを考えながら、でか魔獣と……それに向かい合うように陣形を組んだ巫女候補隊を遠巻きに眺める。村の外はほとんどが森で、故にこそ身を隠す場所には困らなかった。俺とヒョウヤは茂みに隠れながら戦場を覗いている状態だ。


 「……ハナビ。あの魔獣……お前なら倒せそうか?」

 「え? うーん……んなこと聞かれてもなぁ。どんな初見殺し持ってるか分かんねぇし……まぁでも何もできずに殺されることはないな」


 無理して最高位の祝詞を使おうとして痛い目を見たあの日から、俺は検証を進めて自分がどこまで祝詞を使えるのかを把握し終えた。結果としては、第五章までの引用なら苦しくなることなく使えて、ちょっと無理をすれば第八章まで発動できる、といった感じだ。その検証と同時に、『火の精の恩寵と試練』『いかづちのさえずり』以外の盗んできた起源書も読み込み、使えそうな祝詞を覚えてきた。引用元の起源書が違う祝詞のコンボは凶悪なものがいくつかあって、はっきり言って今の俺は相当強い。ヒョウヤも渋々お墨付きをくれるくらいだ。


 そのヒョウヤも『いかづちのさえずり』を第五章まで感じ取れたらしい。あっちで陣形を組んでいる巫女候補たちやキヌがどこまでやれるのかは知らないが、焔精族歴代最高が七割らしいんで、ヒョウヤも相当デキル側だろう。


 「お、始まったな」

 「「「「《火の精の恩寵と試練》《崇焔》《撃火》!」」」」


 キヌたち新人も含め、巫女候補たちが一斉に炎の弾を魔獣に浴びせる。《崇焔》ってことは第二章か。撃火って言うと……たしか、人間の対応に気を良くした火の精が人間の敵を火の力で撃退した時の力か。キヌも含めて全員がこれを発動できていることから、第二章あたりが巫女候補の基準なのかね。シンプルで使いやすそうだけども、七章の『怨炎』に完全上位互換みたいな祝詞があるんだよなぁ。


 さて、そんな火の弾を大量に浴びせられた魔獣はというと、全くの無傷であった。


 「……っ!」

 「ありゃ……ひょっとして耐熱装甲的な? 火属性メタられてんのか? え、そんなことできるんだったら創獣族強すぎない?」

 「……少なくとも、あんなタイプの魔獣の存在は聞いたことがない。俺にとっても、焔精族にとっても初見だ。炎が効かないとなれば奴らに打つ手は……っ!」

 「あ……」


 攻撃が効かなかった、戦いがそこで終わるはずもなく、魔獣は慈悲もなく反撃を行った。ただ、足を動かす。蟻にとって人間のそれが巨大で迅速で逃れようのないものであるように、あっけなく前線の数人が踏み潰された。


 ヒョウヤの分析は、どうやら的を射ていたらしい。《撃火》による包囲攻撃で全くダメージがない、なんて相手は彼らにとっても初めてだったらしく、巫女候補隊は一気に恐慌状態へ陥る。


 「お、落ち着いてください! 冷静さを欠いている場合では……!」

 「う、うわぁぁ! 《火の精の恩寵と試練》《寵愛》《日照りの籠》!」

 「《増長》《地上の黒点》!」

 「《寵愛》《炎鎧》!」


 指揮系統は崩れ、指示も待たずに使える祝詞を叫んで発動する巫女候補たち。周りを見ずに範囲攻撃を放つ者、息を合わせずに自分の持つ最大威力を放とうとする者、身を守る祝詞を発動する者。これではダメだ。バラバラに攻撃するくらいなら、第二章の《撃火》を息を合わせて放った初撃の方が威力があった。まぁ、どの道それでダメだったから今こうなっているわけだが、とにかく。


 「……マズい」


 今大事なことは、キヌが危ないということだ。


 「ヒョウヤ。お前はもう帰れ。俺は行く」

 「お、おい……」

 「《いかづちのさえずり》」


 このままでは、間違いなくキヌの命が危ない……いや、今すぐ動かなければキヌの命はない。と、今まさにキヌたちのいる場所に振り下ろされようとしている魔獣の足を見てそう修正する。


 「《飛燕の電光》」


 見つからないよう大事を取って、ここから戦場にはかなりの距離がある。普通なら間に合わないだろう。だが、俺なら間に合う。


 「《迅閃》」


 大切な友達を守るため、雷の力で限界まで加速した『いかづちのさえずり』の主人公。その力を宿した俺のスピードは、まさに電光石火。一瞬でキヌたちのもとへ。無論、それだけではただ一緒に潰されて終わってしまう。


 「《ギガンと僕》《守人》《巨腕の盾》」


 純朴な少年を守った心優しい巨人の腕。その力を宿した腕で、振り落とされる魔獣の足を受け止める。このままではジリ貧だが、決め手はもう見当がついている。この魔獣の耐熱装甲だが、一際防御が手厚い場所があるのだ。そこにあるのは、おそらくこの魔獣の心臓。コアのようなものが守られていると、そう見当をつけた。


 「《鉄と正義と》《装鋼》」


 その心臓を、ここから一撃で破壊する。そのための祝詞を声に出し、足を受け止めている手とは反対の手を魔獣の心臓に向けて掲げる。


 「《ぺネトレイト・レイ》」


 全てを貫く閃光が、俺の左手から放たれる。『鉄と正義と』は、パワードスーツを身につけた主人公が正義に葛藤する特撮チックな物語で、『ペネトレイト・レイ』はそんな彼の必殺技だ。……っていうか、こんなSFに寄った起源書もあるんだな。こういうタイプの起源書をルーツにした種族なら焔精族よりももっと文明が発展してそうなものだが、そういう話でもないんだろうか。


 と、肝心の魔獣だが、完全に沈黙している。どうやら俺の読みは当たっていたらしい。


 キヌは……呆気に取られているが、無事だ。声を掛けたい……のだが。


 「い、今の……異種族の祝詞……?」

 「異種族の巫女だ! しかもあの化け物を倒したぞ!」

 「お、落ち着け! 人数ではこちらが優位だ!」


 ……残念ながら、ここまで俺の読み通りなんだよなぁ。


 普通に考えれば、ここはまた《迅閃》あたりを使って逃げ切るべきだろう。しかし。


 「キヌ」

 「え……」

 「行くぞ」


 この機を逃せば、もうキヌと話す機会はない。そう判断した俺は、キヌを抱えてからその場を逃げ出した。

 

【あとがき】

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