大きいぜ! 身分の差

 ってなわけで、その日がやってきた。その日というのはつまり、キヌが一瞬だけ里帰りをする日である。


 俺はずっと勘違いをしていたのだが、先代巫女は確かに死んだけれども巫女候補はそれなりの数いるらしい。先日の巫女候補探しも、現役トップが急逝したから時期を早めただけで子供を対象に定期的にやっている行事なんだそうだ。お姉さんが言ってた。あとなんか申し訳なさそうな顔で「残念だけどハナビちゃんは巫女には……」とかも言っていた。分かっとるわい。


 「来たなー」

 「アレが……チッ」


 良さげな服を着た集団が村に入ってくるのを出迎える中で、眺めながらキヌを探す。隣でヒョウヤが険しい顔をしているが、まぁ巫女は言ってしまえば軍事力なんだろうし、ほとんどヒョウヤの直接の仇ってことになるわけで、しゃーない。


 それはともかく、この行軍は新人研修も兼ねた顔見せ巡業みたいなもんで巫女候補隊がここの他にもいくつかある焔精族の村を回っているのだそう。ま、権威を誇示するためなのかね。


 「あ、キヌ発見」


 さて、どうするか。止められるかもしれないけど、ここは一旦正直に突撃かな。実はどうしてもキヌと話して確かめたいことがあるのだ。


 それというのは、彼女の意思の最終確認。そっちで上手くやれているのか、そのままでいいのか、エトセトラ。それなりの暴力の手段を手に入れたことだし、彼女が本気で今の環境が苦痛なら無理にでも連れ出してやるつもりだ。そうでもなかったり、意外と馴染めそうなんだったら……ま、俺はここでキヌの人生からフェードアウトですかね。


 「おーい、キヌ!」

 「あ……ハナビちゃ……っ……」


 俺に気づいていつものように顔を輝かせるキヌだったが、それも一瞬のこと。彼女の表情はすぐに陰り、そのまま黙って俯いてしまう。と同時に、俺は地面へ叩きつけられた。


 「貴様! 巫女様の卵に向かって頭が高いぞ!」

 「あ、あなた達! ハナビちゃんに何して……」

 「……ほう、彼女がハナビ、ですか」


 護衛っぽい人間に押さえつけられながらも、声を掛けてきた男を見上げる。俺を見下ろすその男の瞳はまさしくゴミを見るような、といったもので、改めて強烈な差別意識を感じる。


 「そうですけど、この拘束は一体?」

 「当然。あなたのような下賤の者を貴重で尊い巫女候補に近づけるわけにはいきませんからねぇ」

 「あーね……反省してまーす」


 とりあえず今キヌと話すのは無理そうだと判断し、大人しく引き下がろうと適当な反省の言葉を口に出したが、返ってきたのは足だった。


 「なんですかッ! その態度は……ッ! 我ら一族の温情で生かされている分際で!」

 「ぐ……」

 「ハナビちゃん!」


 容赦なく踏みつけられる俺。いってぇなー、キヌの声が心に沁みるわぁ。と、キヌの前だし殺されそうな気配は感じなかったので冷静におっさんの癇癪が収まるのを待っていたわけだが、思わぬ方向から助け船を出された。


 「やめてください!」

 「……セイラン」

 「この子はただ友達に昔と同じように話しかけようとしただけなんです! だからどうか……」


 俺を守るために声を上げたのは寺のお姉さんであった。や、やさしい……! しかもボインである。この人に欠点はないのだろうか。


 「……良いでしょう。今はキヌさんもいることですし……ですがいずれ……」


 お姉さんの一声で、男は去って行った。意味深な視線を俺に向けながら……というかキヌにバレないように始末しますと言ってるようなもんだよねアレ。


 同時に、俺の拘束は解かれてお姉さんがかけ寄ってくる。


 「ハナビちゃん……!」

 「お姉さん……」

 「あのね、もうキヌちゃんと話してはダメ。あの子は巫女候補で、ハナビちゃんとはもう……」


 俺とキヌはもう完全に身分が違う、お姉さんはそれをオブラートに包んで伝えようとしてくれている。ロミジュリ始まったな。(?)


 「うん……わかったよ」


 大人しく受け入れる姿勢を見せると、お姉さんは無言で抱きしめてくれる。お……おぉ……でけぇ。柔らけぇ……本当は全然諦めてないけど引き下がるフリをして良かったぁ!


 しばらくそうしてから、お姉さんは俺の頬に口づけをして他の子供の引率へと戻っていった。これには俺もしばらく呆然するしかなかった。


 「ハナビ」

 「おぉ、ヒョウヤ。なんだ、お姉さんの抱擁が羨ましかったのか? すまん……ほんとにすまん……」

 「俺の心配を返せ」


 俺のいつも通りの冗談でヒョウヤの俺へのいたわりは引っ込んだようだが、その顔には先ほどのもの以上の巫女候補達への嫌悪が宿っていた。あのおっさんの俺への所業は、少なからずヒョウヤの憎悪を増幅させてしまったらしい。


 「そんな顔すんなよ。あのおっさんだってお前と同じくらい異種族への恨みがあったからこその態度かもしれないだろ」

 「……甘い、お前は」

 「甘い、ねぇ……」

 

 別に、だから許すとは一言も言っていないんだが。ま、わざわざヒョウヤに訂正することでも……ん?


 轟音。村の外、かなり遠い……が、ここまで音が聞こえてくるほどにデカい音。


 「なんだ?」

 「さぁ……大人たちなら知ってるかもしれん。聞き耳立てに行くぞ」

 「あ、あぁ」


 バレないように気配を消し、ギリギリ声が聞こえるほどの距離で巫女候補隊を中心とした集団に近づく。


 「報告します! 創獣族の尖兵がこの村に侵攻中とのこと!」

 「そうですか……しかし、我々がいるタイミングで、というのは不幸中の幸い……迎え撃ちます」


 部下っぽい人がさっきのおっさんに報告している内容によると、この村に他の種族の軍勢が侵攻してきているらしい。となると今も鳴ってる音はそれか。いつ止むんだこの音は……って、やっぱりあのおっさん偉い立場だったのか。


 「ヒョウヤ、創獣族だって。知ってる?」

 「……たしか、魔獣を創って操る種族だ。焔精族の土地とは隣接していて、焔精族にとっては仮想敵だったはずだ」

 「え、魔獣とかいる世界なのここ」

 「いや、あくまで創獣族が扱う兵器だ。自然にいるわけじゃねぇ」


 ふーん……じゃあ、もしかして今も鳴ってるこの音は爆発音とかじゃなくて足音か? 心なしか段々と大きくなっているようにも聞こえる。音の間隔も規則的だし……マジ?


 「折角です。早くに実戦の空気を味わってもらうのも良いでしょう……新入りも連れて行きます」


 ……は? 聞こえてきたおっさんの言葉に耳を疑う。こんな大規模な侵攻に対してちょっと前まで完全に素人だったキヌを連れて行くってことか? おいおいどんだけ人手不足なんだよ。


 そして、俺の耳が間違っていたわけでも何でもなくキヌたち新人っぽいグループも何やら準備を始める。その光景を見て、俺の意向は固まった。


 「……ヒョウヤ、お前はお姉さんのとこに戻れ」

 「行くのか?」

 「キヌにもしものことがあるかもしれない。まだ本音も聞けてないんだ」

 「俺も行く。奴らの戦力を把握したいからな……これを」

 「これは……覆面か?」


 ツンデレか本音か微妙に判断しづらいことを言って同行を表明したヒョウヤが手渡してきたのは強盗犯の目出し帽みたいな覆面だった。


 「顔が割れたらマズいだろ。これぐらいはしておくべきだ。服も着替えてから行くぞ」

 「なるほどね、用意が良い。じゃ、さっさと準備してキヌたちを追いかけるか」


 そうして、俺とヒョウヤは着替えるために一旦孤児寺に戻った。



【あとがき】

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