燻り(キヌ視点)

 なんで私は、あの時バカ正直に起源書の神話が分かる、なんて言っちゃったんだろう。


 いや、そもそもどうして、ハナビちゃんと離れてこんなところに来てしまったんだろう。


 「《火の精の恩寵と試練》《寵愛》《祝福の篝火》」


 祝詞。種族のため、土地のために繁栄をもたらし、味方を癒やし、そして敵を屠る聖なる術。そう教えられたそれを、望まれるがままに放つ。


 「す、すごい、キヌさん……! もう第三階梯を……!」


 私の祝詞に、周囲がざわめく。あの思い出したくもないテストを突破したのは、私含めて数人。選ばれなかった人達は揃って私たちを褒め称え、同じ寺の奴らは私を誇りだと言った。私をいないものとして扱っていたくせに。私をいじめていたくせに。寺の大人たちも、これは名誉なこと、謹んで受けるべきだと言った。あの女に至っては、『ハナビちゃんも喜ぶよ』と言った。なにが、なにが、お前にハナビちゃんの何が分かるの? 私を助けなかったお前が、何を。


 私は拒否した。誉れだとか誇りだとか、そんなものはいらない。ハナビちゃんだけ。ハナビちゃんだけでいい。そんな望みをあいつらは許さなかった。だから私はこんな場所に置き去りにされて、下らない教えを聞き下らない技を磨いている。


 「ね、ねぇキヌさん! どうやって神託を賜っているの?」

 「……」


 彼女は……誰だったか。名前は覚えていないけれど、やたら私に絡んでくるから顔だけは見覚えがある。


 「こんなにも早く第三階梯の祝詞を使えるだなんて前代未聞よ! コツがあるのならわたくしにも教えて欲しいわ!」

 「……あなた誰」


 率直な感想を告げると、眼前の少女は分かりやすく項垂れる。感情が仕草に出やすいところはちょっとだけハナビちゃんに似てるかも、なんて。


 「わたくしはホノカ! いつになったら覚えてくれるの!? この際だから言っておくけれど、キヌさんは自分の才能に自覚が……!」


 そうして、私がどれだけ凄いのかをまくし立てる少女。分かっていない。この人は何も分かっていない。あなたにとって私にどれだけ価値があっても意味なんかない。ハナビちゃん以外に認められることに意味なんかないんだ。なんで……なんでその言葉を私にくれるのがハナビちゃんじゃなくてこの人なんだ。ハナビちゃん。ハナビちゃん。ハナビちゃん……!


 ……でも。私は我慢しなければならない。しかるべき時が来るまで、ここで、このまま。


―――――――――――――


 起源書。神話が記されているらしいその本を渡され、なんとなくその内容が、火の精の想いを感じる……そう正直に話してしまった私は、周りの人達が歓喜に沸いている様子を眺めていた。何をそんなにも騒いでいるのか分からなかったから。


 だが、やがて気づいた。この人達は、当たり前のように私をハナビちゃんから引き離す話を進めている。だから抗議した。そんなことは認められないと。


 「──巫女になりたくない? ハハ、それはそれは……セイラン。どうなっているのですか、あなたの教育は」

 「っ!? す、すみません! すぐに言って聞かせますので……! キヌちゃん!」


 私が拒否したことに、偉そうな男は私たちを管理している女性を叱責した。彼女は青い顔で平謝りをするが、どうでもいい。だって、私を助けてくれなかった人だから。しかも、ハナビちゃんが時たま「お姉さん、いいよねぇ~」と言っていたのがただでさえ気に入らない。

 「絶対嫌だ! ハナビちゃんと離れ離れになるなんて……!」

 「……ハナビ、とは? どの子のことですか?」

 「それが……ハナビは種族不明の拾い子でして……」


 セイランのその言葉で、男の顔色が変わった。分からない理由は分からないけど、強烈な危機感が私の中で警鐘を鳴らす。まずい、とにかくまずい。


 「セイラン、あなたそんなものを飼っていたのですか?」

 「す、すみません!」

 「はぁ……普通の子供であれば付き人として招くことも考えたのですが……セイラン。彼女とそのハナビとやらは、どういう関係で?」

 「それは……親友、という言葉では足りないほど一緒に過ごしていて……率直に言って、ハナビなしではキヌはとても……」

 「それは困りましたねぇ……いえ、逆に簡単である、とも取ることができますか」


 そう言って、男は私に近づいてくる。思わず身構えていると、男は私に悪魔のような言葉を囁いてきた。


 「はっきり言いますよ、キヌさん。そのハナビとやらの処遇はあなたにかかっていると思ってください」

 「っ……!」


 脅しだった。明確に、その男は応じなければハナビちゃんの安全は保障しないと言ってきたのだ。


 私は……折れるしかなかった。


―――――――――――――


 「ハナビちゃん──」

 「あ……またその方の名前……キヌさん、事あるごとに口にしていたわよね?」

 「え……口に出てた?」


 しまった。聞かれてしまっていたのか。分かっていたけれど、四六時中一緒にいるわけでもないホノカにまで聞かれているほど、私はハナビちゃんに焦がれている。


 「どんな方なの?」

 「え……えっと、それはね?」


 いけないと、むなしいと分かっているのに、私は自分の表情が緩んでいるのが分かった。ホノカと話す意味なんてないのに、ハナビちゃんの話ができることに浮かれているんだ。


 「あの、ハナビちゃんは勇敢で格好よくて……私をいつも助けてくれたの」

 「女の子ですの? 素敵ですわね! 是非会ってみたいわ!」

 「そ、それでね? 私の髪もお肌も褒めてくれて、私もハナビちゃんのにおいと黒い髪が好きだよって言って……」

 「──え」


 黒い髪、そう言ったところでホノカの表情が凍り付いた。


 「その方……異種族ですの?」

 「……焔精族じゃない、と思うけど?」

 「だ、大丈夫ですの?」

 「──大丈夫って、なにが」


 自分でも、びっくりするくらいの冷たい声が喉で響いているのが分かる。


 「だって、汚らわしくありません?」

 「──おまえ」


 不快な言葉を通すその首に向かって、手を伸ばしそうになった寸前で押しとどめる。


 「……もう行く。消えて」

 「あ、キヌさん! 待ってください!」


 問題を起こすわけにはいかない。私の目的のために。


 ……セイラン。あの人のことは嫌いだけど、一つだけ感謝していることがある。


 『キヌちゃん。正式な巫女になれば、きっとハナビちゃんとまた一緒に過ごせるわ。それくらい巫女は偉いの……だから、頑張って』


 あの言葉で、私は前を向いていられる。敵を……他の巫女候補たちを全員出し抜いて、私が巫女になる。そのためなら、なんだって……!



【あとがき】

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