処刑だぜ! 黒炎つえー

 「この辺りでいいか」

 「……ハナビちゃん、でしょ?」

 「あぁ」


 ヒョウヤお手製の覆面を脱ぎ、キヌに顔を見せる。すると、キヌは我慢の限界とばかりに俺に抱きついてきた。いつもこうしていたはずなのに、久々の抱擁は随分と感慨深い。


 「……びっくりしたよ。ハナビちゃんがあんなに強いなんて」

 「最近強くなった。やっぱり俺はキヌを守る側でいたいからさ」

 「ハナビちゃん……えへへ」


 安心しきった声で俺の名前を口にするキヌは、前と変わらないように聞こえる。キヌが変わらず俺を好いてくれるのは嬉しい。が、確認したいのはそこじゃない。


 「……キヌ。あまり時間がない。一つ、確認させてくれ」

 「う、うん」

 「巫女の勉強はどうだ? 上手くできているか? 他の子と仲良くできているか?」


 たとえキヌが俺と一緒にいることを望んでも、今のキヌが俺と共に来ることはタダでは実現できない。払う犠牲と飲み込むリスクがあまりに多い。それはキヌの為にならない。


 ……でも、今のキヌの環境がそれ以上に辛いんだったら、俺はキヌをこのまま連れ出す。


 「あ……あのね、私! 第三階梯の祝詞まで使えるの! 新人なのにここまでできるのは凄いんだって……!」

 「おぉ、すげーじゃんキヌ」

 「や、やっぱりハナビちゃんには敵わないみたいだけど……えへへ、凄い? 私凄い?」

 「うんうん、偉い偉い」


 第三階梯……ってのは、起源書の三章の引用って理解で良いんだろうか。それだったらヒョウヤの方が凄いことになってしまうが、それでもキヌは凄い。だって生きてるだけで凄いんだぞキヌは。


 「なんか、順調そうだな」

 「う、うん……そうかも……」

 「じゃあ……これからも巫女、目指すか?」

 「あ……」


 俺の問いに、キヌの瞳が迷いを帯びる。逡巡の後、キヌの出した答えは。


 「……うん。私、正式な巫女を目指すよ」


 力強い、覚悟の籠もった答えだった。なんか、成長を感じるなぁ……しみじみ。……これで俺も用済み、か。


 「そっか」

 「だって、そうなったら酷い目に遭うハナビちゃんを……」

 「……見つけましたよ。あなたでしたか」


 キヌの言葉をかき消すように、横からの不快な声。当然、例の踏みつけおじさんであった。

 ……やっべ。顔割れちったわ。すまんヒョウヤ、お前の懸念当たってたのに無駄にしちまったぜ。逆に遠慮する必要もなくなったわけだけども。


 「はぁ~、感動の再会の邪魔すんなよおっさん」

 「舐めた口を……」

 「どっちが? 俺、一応君たち無能共にとっての命の恩人なんですけど?」

 「黙りなさい! あんな魔獣など邪魔さえ入らなければ我らの炎で……!」

 「はいはーい、負け惜しみはやめてくださーい」

 「こ、この……!」


 俺の煽りにみるみる顔を赤くする男。よく鳴るおもちゃだこと。これでせめて美少年だったらもっと遊んでやったんだけどね。


 「……こほん、ですがその減らず口もそこまでです。皆さん!」

 「「「《火の精の恩寵と試練》《寵愛》《炎戒の聖域》!!」」」


 ……と、どうやらさっきの口喧嘩は時間稼ぎを兼ねていたらしく。既に俺を囲んでいた連中が一斉に祝詞を発動させる。《炎戒の聖域》って言ったか? たしか、火の精が人間に与えた加護つきの土地で、効果は……。


 「この結界の中では、我らが炎でない祝詞は大きく効果を落とします! あなたの命運はここで尽きているのですよ」

 「ふぅんあぁそう……」


 効果言ってくれたわ。そんな便利なのなんで魔獣戦で使わなかったん? と一瞬思ったが、おそらく既に発動済みの祝詞には効果がないんだろう。いや、凄いな創獣族。徹底的に焔精族潰しに来てんじゃん。パーにしちゃってすまん。


 「キヌさん! こっち!」

 「あ、え……ホノカ……?」

 「今のうちです! 早くそいつから離れて!」


 駆け寄ってきた少女に、未だ状況を呑み込めていなかっただろうキヌが半ば無理矢理連れられていく。……これでいい。キヌにはもう俺は必要ない。そっち側で生きられるならその方が良い。


 やがて、キヌがここからは見えない場所に下げられると、おっさんが高笑いを始めた。


 「ハハハハ、これで舞台は整いましたねぇ。彼女にあなたの死に様を見せるのはさすがに忍びないですからねぇ……!」

 「いや、それこっちのセリフな?」


 それは俺も同じことだ。さすがにキヌに人間の死体は見せたくない。いずれ目にすることになったとしても、それは遅ければ遅いほど良いだろう。


 「何を……ここはあなたの処刑場なのですよ!」

 「へー、楽しみだわ。やってみろって」


 俺が全くビビっていないことが面白くなかったのか、おっさんは笑みを消して徐に手を掲げる。祝詞か、まぁそうだよな。こんな結界を用意したんだから、一方的に『火の精の恩寵と試練』の祝詞を使えば勝てる、そう思い込むのが普通か。


 「《火の精の恩寵と──」

 「《火の精の恩寵と試練》」

 「な……!? 焔精族の祝詞!?」


 何驚いてんだ、俺が別の起源書の祝詞使ったの聞いてなかったのか? いや、自分の起源書の祝詞じゃない日本語は聞き取れない……のか? ま、なんでもいいけど。


 「は、ハッタリに決まって……!」

 「《怨炎》」

 「そ、その響きは……まさか、第七階梯!?」


 一々うるさいな……それ辞世の句になるけどいいんか? あ、それとやっぱり階梯ってのは章分けのことで間違いないっぽいな。なんせ『怨炎』は第七章。階梯の数字と一致するし、そして……焔精族歴代最高の到達点と同じ域の祝詞。


 「《黒焔爆葬》」

 「な……ガッ……」


 おっさんに、ついでに俺を囲む一部の巫女候補に襲いかかる黒い炎。人間に裏切られた火の精が怒りと憎しみによってその火を黒く染めて人に罰を与えんと文明を燃やした様を引用したそれは、奴らの結界によってさらに増幅され、焔を宿すとされる焔精族を蝕む毒としてその身体を燃やし尽くす。


 「な……ぜ……」

 「残念、俺の方が火の精さまに愛されてましたーざこおつー」

 「き、きさまぁぁぁ!」

 「はい、じゃあ死んでね」


 気持ちの良い負け顔が見れたので、黒炎の火力を強めて終わりにする。見事おっさんだったものは灰になったが、不意に身体がフラつく。


 「ぐ……やっぱ七章はきついか……」


 七章……いや、第七階梯は俺がノーリスクで発動できる範囲を超えた技。当然、身体が苦痛を訴えてくる。まだここから逃げなきゃいけないのに、少し欲張りすぎたか。


 「い、いまだぁぁぁ!」

 「げ……」


 そんな身体の不調は当然隙になるわけで、黒炎を免れた巫女候補が好機だと一人突っ込んでくる。マズい……なんとか迎撃をと、身体に鞭打つが、このままでは無傷ではすまない。そんな状況で。


 「《いかづちのさえずり》《鳴禽の稲妻》《纏電》!」

 「ぐぁっ……!」


 俺に襲いかかろうとしていた巫女候補は、雷を纏った人影によって貫かれた。


 「逃げるぞ、ハナビ!」


 ヒョウヤだ。覆面をしたまま、俺を助けに割って入ったらしい。


 「……了解!」


 ヒョウヤが作った包囲の穴に向かって走り出す。


 ところでヒョウヤさん、俺に甘いとかなんとか言ってませんでしたっけ。



【あとがき】

レビューのとこから☆ください(素面)

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