チートだぜ! 日本語話者

 「はぁ~~~」

 「オイ、失せろ。絡むなら他の奴にしろ」

 「仕方ないだろキヌがいないんだからー」


 幸か不幸か……いや十割不幸なことに、キヌには巫女の才能……つまり起源書の内容を感じ取る才能があったらしく、引率に行ったまま帰ってこなかった。これから一族の為の英才教育を受けなければならないらしい。まぁ……間違いなく、キヌはそんなこと望んでいないだろう。できるなら助けてやりたいが、残念ながら俺にできることがない。無理に動けばキヌの今後に悪影響だし、しくじれば俺自身が……ヒョウヤの話が本当なら、二度とキヌに近づけなくなる位で済めばラッキーくらいの処罰を食らうだろう。第一実現する力もない。


 祝詞が使えれば話は変わってくるのだろうが、アレはまだ検証中だ。


 というわけで、俺はカノピロスで傷心中の身なのだ。新しい子に声を掛けようかな……なんて思っても、完全に避けられている。友達すらできる様子がないんで、カノピがどうのなんてとても言ってられる環境じゃなかった。だがこの扱いも、あのハードな世界観を聞いた後では無理もないように思える。前までは「村社会なんだから現代日本感覚での差別なんかそりゃあるよね」くらいに思っていたのだが、人種……つまり種族の持つ意味は想像よりずっと重く、溝が深い。逆によく避けられるだけで済んでいるなとか、よくお姉さんたちが平等に接してくれるな、という疑問の方が強い。


 「はぁ~、分かるまい。君には分かるまいよ、彼女と会えない寂しさは」

 「死ね」


 そんなわけなので、俺の話し相手はヒョウヤしかいないのである。


 「欲しいなぁ癒やし、俺の心の穴を埋めてくれる子いないかなぁ」

 「……てめぇ、女なら誰でも良いのか」

 「いや、できれば俺のことが好きな美少女がいい」

 「……」


 そんな目で見んなって。しょうがないじゃん美少女不足が深刻なんだから。鏡の中のハナビちゃんだけじゃ満足できない身体になっちゃったんですぅ。死にそうなんでなりふり構ってられないんよ。


 「……あ、良いこと思いついた。ヒョウヤ、女装──へぶっ!?」

 「死ね」


 妥協案を口に出した結果、ついに手を出されてしまった。もちろんグーパンである。くっ、さすがにライン超えだったか。結構似合いそうなもんだが。


 「……良いのかよ、あの根暗……キヌは」

 「いてて……そりゃ良くはない。けど……」

 「けど?」

 「俺がキヌを愛でられなくなった、という意味じゃ完全に良くないことだけど、キヌにとってはそうじゃないかもしれないってこと。今だから正直に言うと、俺はキヌの世界の狭さにつけ込んでた部分がある。あいつの俺への依存を見過ごしたのも、美少女に愛されたいって俺の都合だったわけだし」


 ヒョウヤの俺への嫌悪は正当だ。超美少女で分かりやすく孤立していたキヌの存在を、内心都合が良いなって思ってしまうくらいには俺はどうしようもない人間。そりゃ、今頃のキヌは俺に会いたがっているだろうし英才教育なんか望んでいないだろうが、もし別の場所で色んな人と関わって世界を広げて、俺への依存も脱したら、それはあのまま俺みたいな人間と閉じた世界で過ごすのなんかよりずっとマシなんじゃないか……なんて至極勝手に思う。

 「……フン」


 という旨の、俺の考えを聞いたヒョウヤは何か言おうとして、やっぱりやめて去って行った。口を挟もうとしたが、自分が何か言う事柄じゃないと思い直したってところだろうか。


 ま、そりゃそうだ。聞けば巫女は当然軍事に使われるらしいから、復讐の道を行くヒョウヤに今のキヌと戦わない道はない。そりゃ、口なんか挟んでも意味がない立場だろう。


 ……つっても、俺は正直ヒョウヤが復讐を完遂できるのか怪しいと思っているんだが。だって無駄に優しいもん、アイツ。



―――――――――――――


 「って、結局ここで鉢合わせしちゃうんですね」

 「チッ……」


 もう話すことはないぜ、とクールに去って行ったヒョウヤだったが、それからすぐに俺とヒョウヤはばったり顔を合わせることになった。と言っても、これはいつものことでほぼほぼ必然だ。


 俺たち子供の行動範囲内で、大人や他の子供にそうそう見つからない場所。つまり、盗んだ起源書の解読や祝詞の検証ができる場所はここくらいなのだから。


 「で、旦那の首尾はどうなんで? 《いかずちのさえずり》、読めました?」

 「……まだだ」


 ここでヒョウヤがやっているのは、本を足に置いての座禅。それ意味あんの? とか、それここでやる必要ある? とか思わなくもないが、後者に関しては寝室が個室じゃないこともあって仕方がないところがあるだろう。


 「てめぇはどうなんだ」

 「俺? ま、だいたい分かってきたかな」


 盗んだ起源書の読み込みから始めた俺だったが、その時点でも分かったことはある。焔精族のルーツとなっている『火の精の恩寵と試練』の内容と、前に先代の巫女が使っていた祝詞の内容を照らし合わせ、見えてきたものがあった。


 「このページ、なんでしょう」

 「分かるわけねぇだろ、読めねぇんだから」

 「いや、これくらいレイアウトと数字で……いや、数字も違うし普通の本も馴染みがないか……」

 「……?」


 とにかく、あの日の巫女が言っていた日本語は、《火の精の恩寵と試練》《邂逅》《恩寵の種火》という三節。最初は間違えようもなく起源書のタイトルで、二番目の《邂逅》が、これ。


 「目次だ、これは。この物語の内容が十個に分けられていて、それぞれに章題が付けられている」

 「目次……」


 『火の精の恩寵と試練』の章分けは十個……これは他の起源書とも共通していた。そして、その十の章の名は『邂逅』『崇焔』『寵愛』『増長』『裏切り』『縛鎖』『怨炎』『愛灰』『回帰』『天照』。内容としては、精霊が人間に火を与えて感謝されて崇められて仲良くなって良い感じだったんだけど、人間の世代が移ってくると人間は感謝を忘れてあろうことか精霊を支配下に置こうとして……って、まぁよくあるやはり人間は愚か系の話だったのだが、注目すべきは章題。


 「『火の精の恩寵と試練』の第一章、『邂逅』。それが巫女が使った祝詞の第二節と一致している。つまり、祝詞は最初の一節で起源書を、次の一節でどの章かを指定しているんじゃないか、ってことだ」

 「……ところどころ聞き取れない言葉が混じっていて分からんが、じゃあ三節目は?」

 「それはだな、ここだ」

 「……見せられても読めねぇよ」


 三節目、《恩寵の種火》。これは第一章『邂逅』の中で、火の精が人間に最初に与えた炎のことを指している。つまり、三節目は単語の抜き出し。呼び起こす事象を直接指定していると考えられる。


 「ここまで分かれば簡単だ。《火の精の恩寵と試練》《邂逅》……えーっと、《威嚇の火柱》!」


 そう唱えると、俺の前方で小さな火柱が扇状に現れる。これは人間を警戒した火の精が牽制として放った脅かしの攻撃だ。


 「っ!? ……まさか、本当に……!」

 「ふっふっふ。いや、俺もマジで使えた時は感動したもんだわ」


 まさか、日本語話者であることがチートになる世界とは、マジありがてぇ~。とは言え、これでキヌを救い出せるかといえば怪しいだろう。こんなにも簡単に祝詞を扱える存在なんて高確率で腫れ物なんで、強引な手段を取れば最悪キヌまで追われる身になりそうだし、それだけは避けたい。


 「ってわけで、『いかづちのさえずり』、ちょっと貸してみ」

 「…………ほらよ」

 「どうもどうも」


 俺の凄さを目の当たりにし、割と素直に起源書を渡してくれるヒョウヤ。俺はその一章目に軽く目を通し、良さげな単語を見繕う。


 「よし、これで行くか。《いかづちのさえずり》《晴天の雷鳴》《いかづちの予兆》!」


 俺が祝詞を口にすると、バチバチといかにも電撃属性っぽい光と音が俺の手に宿る。これは雷の生まれ変わりらしい主人公が初めて異能の片鱗を見せたシーンを抜き出したもので、すぐにその効果は消えてしまった。


 「な……嘘、だろ……」

 「ん? あ、なんかすまん。わら。一族の誇り先に使いこなしちゃってまぢすまん」

 「てめぇ……」


 煽りはともかく、これで焔精族のものでない起源書の祝詞も使えることが分かった。俺、ガチのマジで最強なんじゃ……と過信する前に、今日は検証したいことがあるのだ。


 「んじゃ、これは返すけど……二つ、試したいことがあるんだが付き合ってくれよ」

 「……ふざけた内容なら断るが」

 「いんや、真面目なやつだ」


 俺の雰囲気から真剣な空気を感じ取ったのか、聞く姿勢になったヒョウヤに、俺は検証の内容を説明した。


 

【あとがき】

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