ハードだぜ! 世界観
「二人っきりだね……何故……?」
「……」
いつもの孤児寺……そこで俺は、キヌ……ではなく、とんがりボーイのヒョウヤと二人だけになっていた。この状況は当然俺たちが望んだものではなく、他の子供達はお姉さんたちやなんか偉そうな人に連れて行かれたのだ。キヌなんかは俺と離れ離れになることに相当ゴネていたが聞き入れられず、俺も諭してやっと行ってくれた。そして、ハブられた俺とこのイケメンくんは掃除を命じられている。雑だ……扱いが。
「みんなどこ連れてかれたんだろうなぁ」
「……はァ……」
「お、その反応は知ってる感じ?」
「知らねぇのはてめぇくらいだろ。大人の話も聞かずにあの根暗の相手ばかりしてるからそうなる」
「あ! キヌをバカにするのは許さんぞ! そんなにカノピが羨ましいか!」
キヌを馬鹿にされたことで、俺がそう言い返すと、イケメンくんは本当に、心底面倒くさそうな顔で俺を見返してくる。
「……お前、女が好きなのか?」
「そうだが……? あ、バカにしてくんの? 言いふらしてくんの?」
「興味ねぇよ。お前にな」
でしょうね。……と、通常運転で困らせてやったが、情報を知っているなら教えてくれないと困る。
「で、なんなの? みんなどこ行ったん?」
「……次の巫女選びだろ。今代が死んだから。アイツらの中に才能がある奴がいればラッキー、くらいに思ってんだろ」
「ほう……? あれ才能が必要なんだ。みんなは今テストみたいなのしてるってこと?」
「そうだろうな」
「待って、巫女なんだよね? 男の子も行ったけど……」
「性別は関係ねぇ。呼び方が変わるだけだ」
ふむ……要するに、巫女の才能のようなものがあって、それを計測する手段があって、孤児にもその才能が宿っている可能性があるから、とりあえず全員連れて行かれたと。うん? 待てよ。
「じゃあなんで俺らは置いていかれたのさ」
「そりゃ俺たちが焔精族じゃないからだろ」
「えん……せい……?」
俺が聞き返すと、イケメンくんは信じられないものを見る目で俺を見ながら絶句した。今まで結構な回数ダル絡みしたが、こんな反応は初めてだ。そんなに? そんなに非常識なこと言ったか?
「なんなん、それ」
「…………この村の奴らのことだろ。髪が白くて、焔を宿した」
「あぁ!」
納得だ。どうやらここに住む謎種族にはちゃんと名前があったらしい。そして、何々族という括りがあるからには、この世界のみんながみんなその焔精族ではないということも分かる。良かった良かった、世界規模のマイノリティってわけじゃなかったんだね!
「はァ、付き合ってらんねぇ……用事がある。俺はもう行く」
「え、いや掃除掃除」
「んなもん方便だ。どうせ掃除の出来なんか見られてねぇよ。てめぇも勝手にサボりやがれ」
そう吐き捨て、イケメンくんは出て行ってしまった。もちろん、俺だって掃除やりたがりの真面目ちゃんではないし、暇を持て余す俺たちに適当な仕事を与えたに過ぎないことはその通りなんだろう。なので、堂々とサボり宣言をしたイケメンくんを責める気はさらさらない。が、しかし。
如何せん暇なのである。本当に久しぶりにキヌにくっつかれていないとはいえ、誰もいないんじゃ他の女の子に絡みに行くこともできない。もうおひるねぐらいしかできない……そこで、だ!
イケメンくんの後をつけようね! だってみんながいないときに、なんてエロ本見に行ったに決まってるしな! あれぐらいの歳の男子の隠し事なんてエロに決まってるんだぜ! 俺もソーダッタノ。(唐突な自白)
というわけで尾行を始めたわけだが、外を出歩いていて改めて今日は人通りが本当に少ない。その巫女を選ぶテストはそれくらい重要なんだろうか。
さて、イケメンくんがどこに行くのかと思えば、倉庫のような場所。孤児寺のお姉さんには近づくなと言われているわけではないが、たしか普段は見張りが一人はいるような場所だった記憶がある。普通、子供が近づくような場所でないのは間違いない。
まさか、あそこが18禁スペースだから……!? などと茶化すのはそろそろ辞めておいて、どうしようか。さすがの俺も、イケメンくんが今日を狙って計画的にここに来ていることくらいは察しがつくし、あそこにあるのはエロ本ではないだろう。
うーん、でも気になるな、よし行こう!
「っ!? 誰だッ!?」
「よっす」
「……てめぇ、なんでついて来やがった」
「なんか気になって」
「失せろ。そして死ね」
「冷たいこと言うなって……ん?」
普段よりも一層語気を強めて反発してくるイケメンくんを適当に流して倉庫を見回す。ここはどうやら書庫のようで、イケメンくんが漁っていたのも本のようだった……が、そのイケメンくんが大事そうに抱えている本を見て、今世で二番目の衝撃が走った。
「《いかづちのさえずり》……日本語!?」
そう、イケメンくんが抱えた本の表紙には、それはもうバッチリ日本語で『いかづちのさえずり』と書いてあったのだ。
「!? 読めるのか!?」
「えぇそれはもうバッチリ……なんで日本語が……」
「《ニホンゴ》……それがこの文字の……」
「お、おう。それは俺の前世で使われていた言語でだな……」
「前世……? よく分かんねぇが、一応忠告するぞ、これが読めること、他の奴らには言うな」
「はぁ……なぜどす?」
「フン、一生首輪つけられたいなら勝手に言いふらしやがれ」
「なにそれこわい」
説明はしてくれなかったが、これが読めることはマズいことらしい。俺は嫌われている……いや嫌われるのは割と当然なんだが、やっぱりイケメンくんの根は良い人っぽいんだよな。
「で、なんなのここの本?」
つまり、ゴネればちゃんと説明してくれるのだ!
「……本気で言ってんのか?」
「あ、これも常識だった?」
さっきと同じ呆れた声色で聞き返してくるイケメンくん。どうやら俺はまたも間抜けな質問をしているらしい。まじすまん、こちとら言語の壁でしばらくはフィーリングだったし最近はキヌの相手で勉強できてないんや。
「起源書だ、ここにあるのは」
「起源書?」
「……そういやお前、種族のことも知らなかったのか。はぁ……本当に一から話せってのか……?」
「頼むわ!」
「……起源書ってのは、土地に宿ってる種族のルーツになるものだ」
「ルーツ……?」
「例えば、この辺り一帯、焔精族」
言って、イケメンくんは棚から本を一冊抜きだして投げ渡してくる。
「《火の精の恩寵と試練》……これは?」
「それも読めんのか……その本に記された神話がこの土地に宿った結果、生まれたのが焔精族なんだよ」
「はぇ~……って、《火の精の恩寵と試練》……どっかで……」
どこかで聞いた言葉だ……って、そうだ!
「あの巫女様の……の、海苔……祝詞? で言ってたやつじゃん! なんか関係あんの?」
「あぁ……巫女が使う祝詞ってのは、自分のルーツである起源書の内容から引用することで事象を呼び出している……って代物だ」
「ほぇ~、じゃあさっき話した巫女になるためのテストってのは? 日本語の勉強の才能?」
「何から何まで人に聞いてくんなてめぇは……」
「答えてよ~減るもんじゃないし~」
「俺の時間は減ってる」
終始邪険にされるも、イケメンくんはなんだかんだで疑問に答えてくれる。俺としても絶対に手に入れておきたい情報なもんだからありがたい限りだ。
「巫女の才能はその……ニホンゴ? を読めるかどうかなんかじゃねぇ。そもそもこの文字を読める人間なんか聞いたことがない」
「え? でも読めなきゃ引用もできんくね?」
巫女の使う祝詞は、日本語の本の内容を引用するものなのに、日本語が読めるかは関係ないなんてのはおかしな話のように思う。
「巫女は……起源書を読んでるんじゃねぇ。自分の種族のルーツの起源書の内容を感じ取ってるんだ。その感じ取る才能に長けた奴が巫女になるんだよ」
「ほぇ~、感じ取るか……」
なんともオカルトな話だが、もうこの目でオカルト現象を見てしまった後なのだ、飲み込むしかあるまい。
「ん? え、マズくね? そんな貴重なものがこんなザル警備なのマズくね?」
「別に貴重じゃねぇ。起源書は同じものがいくつも見つかるし、最も内容を感じ取りやすい原本はもっと大事に扱われてる。それこそ今頃試験に使われてんだろ」
「またオカルトな……」
「それに、起源書は壊せねーんだ。試しにページ破いてみろ」
「破く……? あれ……ぬおおおお!」
破けない。言われるがまま、渡された本のページを破こうとするが、どれだけ力を込めようがうんともすんとも言わない。手触りは紙のはずなのに、どうなっているんだ。
「や、破けん……」
「だから、大して貴重でもないし壊されもしないから気合い入れて守るような代物じゃない。分かったか?」
「まぁ大体?」
いろんな疑問点をとりあえず置いておけば、イケメンくんの説明は筋の通った話のように聞こえる。なんで日本語なん? という最大の疑問なんかは、イケメンくんも知らないんだろう。
「んで、ヒョウヤは何してたん? その本はなんなの? それもどっかの種族のルーツになってるん?」
「…………」
とりあえずイケメンくんでも……イケメンくん本人だからこそ知っているであろう疑問を投げかける。「分かるわけねーだろ」されて機嫌を損ねないように選んだ問いだったのだが、割と地雷よりだったらしく、いつものプロレス(勝手な認識)とは比べものにならないほど険しい視線が俺を射貫く。な、なんじゃい。
「……聞きたいか?」
「まぁ、気になるけども」
思わせぶりな問いをされ、率直な返答をする。どうしても聞き出したいわけじゃないが、気になるものは気になる。これが正直な思いだ。
「話す前に、一つ言っておく。俺はてめぇの弱みを握ってる。起源書が読めること。バレたらお前は間違っても他の種族に渡らないように徹底的に管理されるのがオチだ。てめぇの命運は俺が握ってる」
「あ、あぁ~……だから他言無用なのか」
正直、この世界の情勢とかミリも分かんないけど、起源書が読めるってことがアドバンテージなら、囲い込んで独占しようとするのは想像に難くない。それは困る……俺のことが好きな美少女をたくさん用意してくれるなら考えるけど、どういう扱いされるか分からないのに安易に明かすのはダメだろう。
「だから、今からする俺の話を漏らしてみろ、お前も道連れだ」
「あー、了解了解。絶対言わないよ。どうせ言う相手いないし」
友達いないんでな! キヌはイケメンくんの話しただけでキレそうだし。そもそも、既にこっちの秘密は握られてるんだから実質ただでイケメンくんの弱みを知れるに等しい取引だ。そりゃ応じる。
「よし……俺は、焔精族と青雷族の混じり者だ」
「まじりもの……ハーフってこと?」
あぁ、なるほど。イケメンくんの見た目が他と違っていたのはハーフだからだったのか。納得納得……と思っていたのだが、イケメンくんから出たのは否定の言葉だった。
「《ハーフ》……? どういうことだ?」
「いやだから、お父さんお母さんのどっちかが焔精族で、どっちかがその青雷族なんでしょ?」
「……どこで得た知識なのか知らねぇが、そんなんで混じり者は生まれねぇ」
「えっ」
違うの……? ハーフと混じり者、違うの?
「言っただろ、起源書は土地に宿り、それがルーツになって種族が生まれるって。どんな種族の親でもこの場所で子供を産めばその子供は焔精族になる。……混じり者はな、その境目、土地と土地の合間で二つの起源書の影響を受けた子供のことだ」
「ほぇ~……」
遺伝じゃないんだ……ファンタジーだぁ……いやまじで。ん? じゃあ俺はなんなんだ? 純粋な焔精族じゃないのは間違いないんだろうけど、俺も混じり者なのか?
「あ、分かった。その《いかづちのさえずり》って本、青雷族の起源書でしょ? 故郷を思って……的な?」
「……故郷なんざねぇ」
地獄の底から響くような冷たい声色の否定。あまりの変わりように思わずイケメンくん……ヒョウヤの方を見れば、その瞳はどこまでも深く昏い色をしていた。要するに目がイっちゃっていた。
「……青雷族は焔精族に滅ぼされた。もう世界に青雷族の土地はねぇ!」
「え、滅ぼされたって、ガチのマジ? ジェノサイド的な?」
「……この世界は呪われてやがる。起源書に突き動かされてんのか知らねぇが、土地を求めてどこも争う……そして、土地を奪うには、敵のルーツを弱体化させなきゃなんねぇ」
「ルーツの弱体化って……まさか」
「そうだ、皆殺しだ! 敵の種族が減れば減るほど敵のルーツは弱まり、自分のルーツが土地に浸食して広くなる」
えぇ……やばぁ……えぐ……ちょっと世界構造の意地が悪い……悪くない?
「俺が生かされたのは、半分が忌々しい焔精族だからだ! 混じり者はルーツへの寄与が相殺されるからな!」
相当ヒートアップしているらしく、普段のクールが嘘のように溢れ出る怨嗟。境遇からして人にこんな本音を吐き出すのは初めてだろうし、無理もないか。
「奴らは……焔精族は、俺の母さんを、兄さんを……!」
「わお……」
「必ず……必ず復讐する。この、青雷族の起源書をなんとしても読み取って、この手で! 焔精族は、いつか必ず滅ぼす……!」
おおう、重い……キヌとは全然違う意味で重い……過去が……。
「うーん、ヒョウヤの思いはよーく分かった……そりゃみんなと馴染めないわけだわ」
「ハ、お前も同じようなもんなんじゃないか?」
「うーむ、否めない……ってか、実の家族の記憶がないからなんとも言えん……あ、でもその復讐、キヌは見逃してくれよ。頼むって」
「……良いだろう」
「え、いいの?」
ヒョウヤの口ぶりからして、焔精族は絶対皆殺しかと思ったが、意外や意外、キヌは見逃しても良いらしい。
「……俺にとっててめぇは、ウザくてどうでもいい奴からウザいが危険な奴に変わった。敵に回したくはない」
「それほどでも……?」
「あの文字が読めるってことは、誰よりも祝詞が使えるかも知れない、ってことだからな」
「! あ、そうかもじゃん!」
あの巫女様がやっていたように、日本語の本の内容を日本語で引用するだけなら、この世界で俺の右に出る者はいないだろう。勝ったな。
「とにかく、話は終わりだ。くれぐれも、俺の邪魔をしてくれるなよ」
「オッケーイ。こっちこそありがとな」
ヒョウヤに習い、俺も起源書をいくつか見繕う。結構色々な種類があって試せるものが多そうだ……これ全部焔精族が滅ぼした種族の起源書だったりしたらゾッとしないんだけど。
「……それだけか?」
「え? なにが?」
本を漁っていると、書庫の扉の前でヒョウヤがこちらを見ることもなく話しかけてくる。向こうから話題を切り出されるなんて新鮮だな。
「俺の復讐計画を聞いて、もっと……何かないのか」
「えー? 別に俺が何言ってもヒョウヤ聞かないでしょ?」
「……そうだな」
「じゃあ意味ないじゃん」
なんだ急に……ちょっと止めて欲しかったみたいなこと言うじゃん。ヒョウヤの言うことが事実なら割と正当な復讐に聞こえるし、何より否定したらしたで「お前に俺の何が分かる!?」とか言いそう(偏見)。めんどい。
「俺は……殺そうとしてるんだぞ、この村の奴らを」
「いや、キヌは見逃してくれるんでしょ? だったらまぁ……あ、でもかわいい子だったら助けに入っちゃうかもしれないんで、そこんとこよろしく」
「……」
俺がそう言うと、ヒョウヤは得体の知れないものを見るような目で数秒俺を見つめた後、走って行ってしまった。あれだな、何回か引かれてるけど、今の感じは初めてだな。
「……よし、こんなところか」
遅れて、俺も興味の湧いた本を持ち出して帰路につく。でも、どうしようかな。キヌがいるのにこれを読むタイミングあるかな……どうやって隠そうか……。
と、そんな心配をしていた俺だったのだが、この懸念は杞憂に終わった。いや、終わってしまった。
キヌは、帰ってこなかった。
巫女に選ばれたのだ、と。お姉さんから聞かされ、それを知った。
【あとがき】
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