第16話 患者と死者
ふと我に返った私は大学病院の窓をくぐり抜け、病院内に入ると大きく声を張り上げた。
「おーい!みんな手助けしてくれ。病院の外に死臭を漂わせながら数えきれない死者達が転がっている。成仏し切れずまた衛生的に悪い。砂の中に埋めているところだ。これを手伝って欲しい。マスクがいる程の臭いだ。あと、ショベルカーが使える者が出来るだけ欲しい。後は病院の外に来てくれば分かる」
「我々は何をしたらいい?」と振り返ると医者が言う。
私は彼等に、「助かる命の者達から救ってやってくれ」と告げた。
外に出ると相変わらず乾いた空気に、強い日差しの太陽が砂漠一面に照り付け、死臭が漂い鼻腔を刺激して、転がる死者には蝿がたかっていた。ショベルカーの音が響き渡り、安泉和尚が変わらず、死者と生ける者を選り分けて死臭を出す者を大穴に運んでいた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱えながら。
少しずつだが大学病院から手助けする者達が集まりつつあった。病院から出て来た者達の外部に対する反応は様々だった。
光景を目の当たりする前にその死臭にやられている者、皮膚感染症に侵された死者の身体のさまに驚いている者、大穴の中に積み上がっている死者の山に圧倒されている者、平常心を保っている者、念仏唱えながら進む者、怯えている者に檄を飛ばす者、本当に様々だった。
意識が正常に戻った者達の中にいる特にショベルカーを操縦出来る者達を、私は先ず呼び集めて、穴を掘削する部隊、埋葬する部隊に分けさせた。
掘削部隊のショベルカーは大穴を広げる事を優先して、穴の淵から砂をショベルで掬い上げ、外に放り投げた。
埋葬部隊はほとんどがそうなのだが、呼吸してない者、死臭が漂う者、動かない者を選び、ショベルに乗せると、大穴の中に入れていった。そして砂を被せていき、埋葬していった。
どちらの部隊も根気のいる作業だった。時々医師の声が入る。
「おい、その人は息が少ないが未だ足が動いている。こっちに引き取らせてくれ」と。
医師は引き継ぐと患部を治療して、口に水分を含ませると飲ませた。彼等は大穴から離れた位置に生き残った者を集めることにした。少しずつ患者を見つけ出し、治療エリアとなって来た場所に、彼等を集めて治療を重ねて行った。
大穴の周囲に医師が増え医療体制が整ってくると、先ず埋葬前に生きてる患者を見つけ出して選別し、医療エリアに運んだ上、死者を大穴の中に運び込むという流れが出来た。
死者を埋葬するのに効率があるなしはないのだが、医療体制が整ったのは良かった。
また掘削チームも、埋葬チームも同様に体制が整い、大穴を掘る目処がある程度見えて来た。医療チーム側が掘削の停止を私に提案してきた。
「おーい、救助する患者の数におよそ目処がついてきたと医者が言ってきた。なので掘削は止めてしまおう」と大声で呼び掛けた。
少しずつ掘削側のショベルカーの動きが停止していった。そしてその全てのショベルカーの群れは止まった。
埋葬チームは医師に患者の選別をしてもらい、残った死者を続けて大穴に振るい落とし、その上に砂を被せた。死臭は段々と薄らぎ、地上にある死者の数も減って行った。
大学病院内に患者を運ぶ作業に移り出した。手が空いた者達が呼び集められ、院内の担架を運び出す作業に移った。病院の三階入り口の鍵は開けられ、開放されていた。
私と二十数人の手の空いた者達は、入り口の中に入って行った。その途中、舞と山下教授とばったり会った。
「お疲れ様、担架は救急室にあるの、運んで来た患者は待合ホールに連れてって」と舞が指示した。彼女の何かが無意識に気に障った。返事をした私は救急室にみんなを誘導した。
一階の奥、道路側に救急室はあった。そこへと辿る道すがらすれ違う職員達の表情を見ると、自分達比べて緊迫感がない印象を持った。外部での地獄絵図の経験、それを知らない院内の職員。
ここはどういう病院なんだと、ふと私は思った。しかしそうは思っても患者優先。みんなと救急室に急いだ。担架を五十台程担ぎ出して、あまたある外部の医療エリアまで運んで行った。その間に死者達の埋葬は終わり、死臭の漂いはなくなっていた。
時間は二十時頃。夜は深まりつつあるとしたら、残業時間の作業となっていった。病院前はライトアップされた。
二三五日目。
各々の治療エリアに散った仲間達は、担架に少ない数、患者を乗せると病院の入り口へと向かって急いだ。そこを通り過ぎると待合ホールに患者達を並べて行った。
医者と看護師達が待機していたので、彼等の処置の続きを引き継いだ。
仲間達は随時また外へと戻り、未だ運ばれていない患者を担架に乗せた。そして病院に向かうというルーティンを、何度も繰り返す内に外の患者達は無事、大学病院内に収容出来た。
安泉和尚は病院に来る訳でもなく、去って行った。私は彼に着いて行く訳でもなく、大学病院内に戻って行った。ひとつ大きな仕事を達成した様な気分だった。
病院内に入って人達の顔見ると自分と違うと違和感をまた感じてしまった。みんな穏やかに目は見開かれて、食事をしていた。私は未だ外で埋葬していた時の緊張感と切迫感に覆われた目をしていた。
この対峙する関係に孤立と不安、怒りを禁じ得なかった。患者達は静かに治療を待合ホールでぎゅうぎゅう詰めになって、治療を受けていた。
さっきすれ違った舞と再び出会った。彼女は私に怯えた目をした。そして咄嗟に私は彼女に掴み掛かり、首を鷲掴みにしようとした。
「はあ・・・」舞の怖れる声とも付かない呼吸音。
「何でみんなそんな目で私を見るんだ!精一杯頑張ってたじゃないか!」私は待合ホールに響き渡る様に吠えた。
すると男の看護師達が五、六人やってきて、抑え込みながら危険物を私から全て取り除いた。そして上の階へと引っ張って行った。長い廊下の先に「精神科保護室」と下り壁に書いてある扉の内ひとつを開けて私は抵抗出来ず入れられてしまった。狭い部屋だった。
「私が何をしたというんだ」と一人呟き、私はコンクリートの真っ黒な壁に頭を二回ぶつけた。
「みんなの為に食料と水を探し回り、極限の体調不良を味わった。そして倉庫に何もないのを見て愕然とした。病院にもどったらその前には死者と栄養不良の感染症の者だらけだった。力の限り振り分けた。助かる命を、死臭を嗅ぎながら、地獄の様な砂漠の中から助け出した」狭い室内で大声を吐きながら叫んだ。
入り口扉がノックされた。
「水と食料を持って来た。どうする?」看護師が言った。
「適当にこっち側に突っ込んでくれ」と私。
物の開け渡し口から細長いトレイに乗せた食料と水が運び込まれた。いつまで続くか分からない保護室での生活が始まってしまった。
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