第15話 東邦大学総合病院前

 二二五日目、昼。食物を摂取せず、幾日も時は過ぎた。

「ねえ、信。足にぷつぷつが出来た。何かの病気かなあ」

「分かった今行く。山下先生も来てくれ」

「私も駆けつける。専門外だが私が行くまで患部に触れるな!」

 二人の男が看護師の元に急いだ。着いたなり医師は信を舞に近づけない様にし、足の患部をマスクして覗き込んだ。一センチ大の赤い化膿した斑点が足元に広がっていた。

「皮膚細菌感染症か、恐らく。栄養不良に起因する」

 山下教授は自分のカバンから医療キットと少ない食料、水を取り出した。患部を消毒し、開いている患部にワセリンを塗り込み、ガーゼでその周りをあてがい、包帯で巻き保護した。

 私は教授の指示で少しずつ食料を砕き、水を舞に与えた。

 山下教授にこれからどうするのかと、私は尋ねた。

「ここまで七人と二体でやって来た。しかし、病人と栄養不良の者も出て来た。ここから我々はもう先に進めない、行き止まりだ。しかし、悲観するな。助けを呼ぶ。ちょっと失礼する、足のトランシーバーを」と山下は告げて、私の片足からトランシーバーをめくり取り出した。

「救援してくれ、SOS!」山下は叫ぶと、私の片足のGPSの動作確認した。

 山下はみんなを集めて、我々の食料、水の探索は終わったと告げた。今から救援ヘリコプターがやって来て、救助を待つことになり、いつになるか分からないとも説明した。

「しかし救助までは目星四日位だと思う。それまでは日陰に隠れ、完全に空気が乾き切っているとは限らない、サイボーグ〇一、〇二が集めて来る雨露でしのごう、厳しい日々になるが」皆に山下が説明した。


 遅れに遅れた二三一日目、朝。ヘリコプターのローター音が聞こえて来た。皆、ない気力と体力を振り絞って、位置を示す為、ブルーシートを広げて飛ばない様、端を金具で固定した。

 それを確認したヘリコプターはブルーシート目掛けて着地した。皆はまるで手足の長い四足歩行の生き物の様に、救援ヘリコプターに徐々に近づいて行った。その人間達を後ろから押し上げる様にサイボーグ〇一、〇二がヘリコプターの中に押し込んでいった。最後にサイボーグが乗り込むと、ヘリコプターは離陸した。

 機内では水と非常食を配り、みんなが食した。舞が患う感染症の足のガーゼを解き、ワセリンを拭き取り、抗生物質の軟膏へと塗り終えると、また新しい包帯で患部を巻いた。

 ヘリコプター上でみんな疲れから熟睡してしまった。

「なんで救出に遅れたんだ?」山下教授が怒りながら言う。

「根本的ミスをしてしまった。ヘリコプターの燃料を満タンにしてなくて、途中でとんぼ返りしている内に遅くなってしまった、すまない」と操縦士。

「そうだったのか」山下が言うと、彼もまた熟睡してしまった。


 二三三日目、夕刻。信と平田課長を残して、みんな起きて水を飲んで非常食を食べていた。信は舞に膝枕をされていた。舞の患部の予後は良いみたいだった。

「東邦大学病院のヘリポートが見えてきた、二人を起こしてくれ、今から着地に入る」操縦士が言うと、舞は軽く信の頬を平手打ちした。信は背伸びと共に目を覚ました。

「大学病院のヘリポートがすぐ近いのよ」

 平田課長はなかなか起きず、三人ががりでようやく目を覚ました。ヘリポートに着地した時、扉を開けてステップに足を掛け、皆それぞれ降りていった、屋上に。

「振り出しに戻ったがここに来れば安心だ。実は職員用の水、非常食が四年分ある。それを君たちにも分け与える」と山下教授。

「さてここからどうするか?」山下は呟いた。


 当面の水、食料の心配がなくなり、私はほっとしていた。三階に降りて大学病院の窓を開けて外を見ると人々の死臭が漂っていた。我々が助け出す事が出来なかった仲間達だった。しかしまだ生きている者達がいた。

 栄養不良、皮膚感染症などで膝立ちになって這いつくばりながら、こちらに寄って来ていた。

 彼等の苦痛に満ちた表情を見ていると、良心の呵責に耐えられず、窓から外へと私は這い出して行った。

 彼等は私の手足を掴むと砂の中に引っ張り込んで、抵抗が出来ない様に地上から深く五メートル程まで来てしまった。砂の重さで身動きが取れなくなってしまった。半ば深い氷に固められた様だった。

 また開いた窓へ大学病院の中へと水、食料を求めて、這いつくばって入ろうとする全身感染症で真っ赤に腫らした人々が、唸る様に急いで大群となって入って行こうとしていた。

 地上では、ほとんど骨と筋肉と皮になった断食中のカミソリで頭を剃り上げた操縦士が、金属音を立てながら、ショベルカーを操作していた。

その操作で何をしていたかと言うと、人間を殺生していたのである。

 頭がどうかしたのか、ショベルで窓の入り口を塞いで、出入りが出来ない様にすれば良いものを、人を切り刻む様に窓際でショベルを上下させて、命を奪ってひたすら繰り返しているのであった。

 今のところ、暴走した操縦士のお陰で、未だ大学病院の中には感染症の人々は一人たりとも、侵入していなかった。ただ死体の山は積み上がっていった。

 暫く辺りは人が動き出す気配ではなくなった為、操縦士は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱えながら、人々を埋葬する為、死臭を消す為砂漠をショベルカーで掘り返し出した。

 五時間もすると埋葬に充分な穴が現れた。その底に私は現れて息を取り戻し、叫んだ。ショベルカーの運転士に向けて。

「私は死んではない、高本信と言う。まして感染者でもない、助かるべく命を持っている、守り続けた。助けを求める、操縦士!」必死の叫び声で訴えた。

「違う、私は僧侶だ、一時的に操縦をしている。名前もある、安泉和尚だ。助けてもらいたいのか、ここまで自分で這い上がれ」

「駄目だ、話が通じない。くそ和尚、やってやろうじゃないか」呟きながらキレた。

 私は腰まで埋まっている土を両手で掻き分け、少しずつ足を露わにしていった。膝を曲げて出す事が出来、私は立ち上がって仁王立ちになり叫んだ。

「和尚!今からショベルカーの所までいく、待っていろ!」そう叫ぶ中、死した皮膚感染症の人々が、ショベルで掘った穴に少しずつ転がり込んで、死臭を撒き散らし出した。この地獄絵図の中、五メートル落差の砂勾配を駆け上がって行った。

「一人で出来るではないか、わしの元に登って来れたではないか!青年よ、信よ。この大穴に腐敗した死者を埋葬して、地上を浄化する。青年よ、お前は何をする?」安泉和尚が最後に問うた。

 少し考えた後、「パイプ柄ショベルを使って死者達の埋葬をする」と告げた。「わしの邪魔をするでないぞ、はは」

 一時的にエンジンを切っていたショベルカーに動力を戻してやると、和尚は作業に取り掛かった。ショベルカーを一回動かすと、ショベルの中に死者が七、八人入り、大穴の奥底に埋葬する事が出来た。

 私の場合は、パイプ柄ショベルで死者一人搔き集め、大穴の極めて浅い場所に埋葬する事が限度だった。しかし、苦痛はなかった。むしろ爽快だった。私の脳内モルヒネが分泌されていた為だった。自分のペースで苦もなく、淡々と大穴に死者を放り込んでいった。

 安泉和尚は器用にショベルカーを操作し、大穴の淵に溜まって来た私の入れた死者を、奥底へ次々と放り込んでいった。そして、その上に砂を万遍なく振り掛けた。大穴の深さの三分の一位まで埋まった。

 二三五日目の夕刻になっていた。

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