第12話 水と食料
隊列を追って進んで行くと生き残った住人達が、職人達に次々と合流して、人々の数が増えていくのだ。私と舞は離れ離れにならない様に、しっかり手を繋いだ。
暫く進むといつも利用していたコンビニエンスストアの建物が見えて来た。そして残念な事にお店の方は丸々、砂防擁壁ごと埋まってしまい、利用出来なくなってしまっていた。ここでも職人の隊列に人々が合流して行く流れは止まらなかった。
私は隊列がこのまま進むと東邦大学総合病院の前を隊列が横切ると考えた。またそれが何か問題を生むだろうかと想像した。病院と特別な関係があるのは自分だけだろう、舞や行進する人々には関係していないだろうと考えた。
しかし念の為、隊列の後ろの方へ移動して、みんなから出来るだけ離れる事を舞に告げた。しかし彼女は私と同行すると話を聞かなかった。結局、彼女の強引さと熱意に負けて、一緒に行動する事となった。隊列の後方と言っても、随時住人達が進む程、合流してくる為、後方を舞とゆっくり歩く事で何とか人々が少ないエリアを保とうとした。
二一四日目、昼。次第に東邦大学総合病院が見えて来た。総合病院は外壁タイルが白く輝き、綺麗なままに前と変わらず建っていた。なぜ、砂嵐や外壁が剥がれ落ちる現象の影響を、全く受けてないのか不思議でならなかった。職人を先頭とする細長い重機と住人が隊列をなしている大きな流れは、順調に総合病院の前を過ぎて行った。
東邦大学総合病院に距離的に私が接近した時、まるで水平に重力が発生したかの様に、私は総合病院のタイル壁に吸い寄せられ、壁に衝突した。激しく。舞は心配して後を追い掛けてきた。しかし、会話をする間もなく、私は外壁の中に身体が埋もれて行ってしまい、外壁の外側から見えなくなってしまった。
そこはまたリハビリテーション室だった。室内は再び重力の方向が垂直になり、リハビリ器具、トレーニング器具、食料、ベッド、シャワールームがあった。そして教授陣が立って居た。
「まだ君の実験データが欲しい」
「諦めたんじゃなかったのか?何の為だ!」
「それは我々の都合故に話せない、秘密だ」
「埒が明かない。前にここに来た時と進展がない。協力出来ない、それより急ぎたいのだ」私は呆れた。
「スポーツをしよう」と教授陣が言うと奥から見慣れたサイボーグが出て来た。
「三分、ボクシング」と言うと教授陣は、私とサイボーグにグローブを渡し、両手に付けた。
「カンッ」と鐘がなるといきなり試合が始まった。お互い間を取り、間を詰め、ジャブ、ストレート、アッパー、カウンター、ボディと繰り出し続けた。見てるのとやるのでは大違い。たった三分だったが、汗と荒い息が出た。
「カンッ」と鐘がなる、試合終了。
「近似実験データが今の試合でようやく取れた。もう君の彼女の元に戻ってくれ」と教授陣が言うと、重力が水平方向になり、外壁に身体がぶつかった。身体が外壁に埋もれて行くと外に向かって飛び出した。重力が元に戻ると、そこには舞が居た。
「いつから、いるの?」
「ごめん、起きた事を説明するととても長くて、複雑で。だから私が元気でいるこの現実を信じて欲しい。お願い」
「この病院でいろいろあったのね。変な所だし、分かったわ。あなたを信じてみるから」と舞が答えた。
「ありがとう!」と舞に感謝した。
「それにこの隊列はまだまだ増えているの。私達もついて行きましょ。先頭はどこを目指しているかわからないけど、ね」と言うと、私を引っ張り上げ、隊列に合流させた。
後ろを見るとまだ隊列は生まれて来ていた。数時間と歩いていると、砂漠の大通りを右方向に隊列は大きく曲がり出した。曲がり切りまた数時間進むと、隊列は止まった。
二一四日目、三時頃。そこは無傷の自治庁舎の前だった。庁舎のデザインはアールデコ調で、外壁には硬質な石が一面に張ってあり、その黒々とした外観は強い権威を象徴していた。建物の階数は十五階建てで街の中で最も高さのある建築物であった。
それに対して集合した職人達の隊列は、それぞれ配置についた。
中央前列には重機数百台、ショベルカー、ベルトコンベアーを配置し、その後列には数千の職人が並び、最前列には拡声器を持った職人中堅の衆の集まりが並んでいた。自治庁舎に向かって左右に分かれて住人達数万人が立ち、庁舎に向かって胸を張って眺めていた。
私も含め、彼らは「デモ」をしようとしているのだ。相手は自治庁舎の本体。職人の最前列中央の一人の男が拡声器を持ち上げてしゃべり出した。ここのリーダーか、手にはメモを持っている。
「名前は品山と言う。我々は何か攻撃を加えようとしているのではない。要望を伝えに来た。それは街の復興だ。先ずは私達が生きる為の水と食料がいる。次に仮の住まいとなるダンボールで組んだハウスを作る。その為の資材を供給して欲しい。先ずは以上だ」
品山の話は終わった。
「分かった。以前のコンクリートの砂防擁壁を作るレベルでは対応出来なくなってしまっている。他国、他自治体も様子は良くない。我々で出来る最善の努力をしよう、こちらは石神と言う」彼は答えた。
暫く時間を待たされた。食事にあり付けてないみんなは、空腹でイライラしていた。
すると、砂漠面とほぼ同じ高さの庁舎の窓が一斉に開き、食料と水の詰まったダンボールを抱えた黒いサイボーグが、外に出てみんなの元へ迫って来た。
黒い人間と同じ背丈、形をした人形が数百体と歩いて来るのだから、現場は混乱した。その中の数十人は、恐怖心からショベルをサイボーグに振り回した。しかし、サイボーグはそれが当たっても動じる事なく、ダンボール箱を職人達の前に置いて行き、庁舎に戻って行った。
これを何往復かしている内に、黒いサイボーグは人畜無害だとみんな認識していった。
サイボーグはこの往復を一千回近く淡々と延々と繰り返し、数千というダンボール箱を、夕暮れ時までに庁舎から外へと運んだのである。庁舎から運び出された水と食料の数は、暫くは足りる量となった。
庁舎に帰って行く黒いサイボーグを見ながら、私は自分のデータが平和的に利用されている事に安堵し、明日以降の庁舎の動きを気にした。また三分間ボクシングデータがどう今後使われるか憂慮した。
ダンボール箱を解体すると水、食料以外にガムテープと底にダンボールが六枚入っていた。これらを組み合わせてガムテープで繋ぐと一人分の仮説ハウスが出来上がった。しかし、数はまだ圧倒的に不足しており、お年寄り、子供に使われた。
私と舞を含めてダンボールをもらえなかった人々は、出来るだけ近くの軒下を見つけて、食料を抱えて避難した。
二一五日目、朝。自治庁舎の動きがまた始まった。砂漠に面した庁舎の窓が一斉に開くと、また黒いサイボーグがダンボール箱を抱えて、迫って来た。箱の中にはダンボールが九十枚入っており、六枚一人分の十五セット入っていた。そしてガムテープも。外の箱も使い十六セット、十六人分のダンボールハウスが揃った。
これを夕暮れまでサイボーグは、一千回程も往復して積み出した。それと合わせて職人が中心となって、ダンボールハウスを組み立て、作り上げ、今日の時点で一万八千棟の仮設ハウスが完成した。
食料は足りていたので、翌日から四日間、ダンボールハウスの材料が入った箱を、ひたすら黒いサイボーグは庁舎から運び出し、合計四千箱、六万四千人分、トータル八万二千人分のダンボールハウスを用意した。
この数は家を失った人々にとって十分な数だった。しかし、一方で食料が尽きかけていたし、ハウス内の汚水、汚物処理問題も発生していた。
二一九日目、朝。職人のリーダー品山は、問題について話し合う為に、単身、自治庁舎の中に入って行った。
庁舎の中は街が砂漠化しているのとは、関係が切れているのでは、と疑う程クリーンな印象の白い空間が広がっていた。暫く歩くと一人の男に会議室に通された。そこには前、一度会った石神部長が一人テーブルを前に座っていた。品山も向き合って椅子に座った。
二人で話し合う事、二時間。当面の道筋を立てた。庁舎地下貯水施設を使用し、トイレについては庁舎内トイレを自由に使用して良い。飲料水として手洗いの水を供給できる。食料、ミネラルウオーターは一人一日二食分で七日間が供給限界である事。汚水、汚物は砂漠を掘り起こし、その穴に埋めて砂を被せる事にする。
石神部長は状況として現実的に救援物資、救援隊、ボランティアなどが来ない限り、約八万人の命を守るのは困難と考えていた。品山は何とかしてみんなの命を守る事、その方法を考えていた。
そこで港湾にある物流倉庫に食料があるのではないかと考え、そこを調査する調査隊を編成して向かう事を提案した。
石神部長はその提案を前向きに受け止めた。編成メンバーはどうするのかは、休憩を入れて話し合う事にした。
休憩明けに新しく二人ともう二体連れて来た。一人は防災課長で名前は平田と言った。歳は三十代でがっしりした体型が特徴だった。もう一人は東邦大学教授、サイボーグ開発責任者兼リハビリテーション担当の山下だった。そして私の肉体そっくりの黒いサイボーグが二体入って来た。
品山、平田、山下とサイボーグ二体が先ず調査隊の人員である事、職人側でも移動手段としてショベルカーが考えられる為、人員を用意して欲しいとの事だった。
それと膝下サイボーグの私の名も上がった。これは山下教授の推薦だった、それに看護師の舞も。また石神部長は年齢的に五十代後半ということもあり、調査に参加するのは困難だと言った。
ショベルカーは三台手配し、一台に運転手含め三人を定員として、特設の座席を後部に設けてそこに二人座る様にし、総勢九人の調査隊が作られる計画となった。
会議室にいた面々は早速みんなと合流する為、庁舎の外に出る事にした。砂漠化した外に出ると、品山リーダーは自分以外の運転手二人を確保する為に奔走した。山下教授は私と舞を見つけ出す為、GPSを使用した。
食料とミネラルウオーターなどはリュックサックに詰め込み、更にショベルカーの座席の隙間に押し込んだ。運転手を見つけに行っていた品山リーダーは、色黒の男と女を一人ずつ連れて来た。男は背が高く細身で操縦の腕が優れているとの事で選ばれた、山添という者だった。
女は背が高めで細身だが筋肉質で力を持っており、操縦能力は職人の中で一、二を争い、そして自ら調査隊に志願した梨名という者だった。
私の足に埋め込まれていたGPSで、私と舞は簡単に山下教授に見つけられると、調査隊の輪の中に連れて来られた。続けて黒いサイボーグ二体が山下教授の傍らを歩いて来た。
サイボーグは余りにもそっくりなので、「〇一」、「〇二」と胸、背中に白でペイントされた。
お互いに自己紹介を済ませて、目的の「食料水確保」を再確認して、ショベルカーに乗り込んだ。
先頭を品山リーダー運転手、山下教授、平田課長。
二番目を梨名運転手、私と舞。
最後尾を、山添運転手とサイボーグ二体。
この配列で南の港湾地帯を目指した。
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